最終話 約束の結末
八月に入り、私は「宇都宮スマートモビリティ構想――U-SMaRT」のプロジェクトメンバーにアサインされることになった。
U-SMaRTとは、Utsunomiyaの「U」に、「Smart Mobility」「Renewable」「Tourism」を掛け合わせた造語で、LRT(次世代型路面電車)を軸に、エネルギー管理と観光を絡めたスマートモビリティ都市化計画。
簡単に言えば、宇都宮中心街再生プロジェクトだ。
予算は150億円規模。
九条商事としては大きな案件ではないが、研修期間を終えたばかりの私にとっては、経験を積むには格好の場として判断されたのだろう。
そして私と一緒にアサインされたのは、もっと大規模なプロジェクトを幾つも成功させてきた先輩たち。
いわば将来の幹部候補生だ。
万が一でも私にプロジェクト失敗という汚点をつけさせないために、選ばれたエリートたちなのだろう。
「九条さん、今回は僕がプロジェクトマネージャーを務めるので、PMがどのように動くか、実際に見て学んでもらえれば大丈夫です」
「分かりました。勉強させて頂きます」
「予算の割に関係者は多いので、根回しなど、その辺りは少し注意した方が良いかもしれませんね」
明らかに、私に気を遣ってくれているのが分かる。
新人なのだから、もっと雑用を回してもらっても構わないのに、今回の私の立ち位置はプロジェクトリーダー。
経験豊富な先輩たちに指示を出し、各種調整まで任されている。
正直、荷が重い。
仮に私がミスをしても、誰も文句など言ってこないことは分かっている。
だが、それとこれとは話が別だ。
「今日は外部のコンサルとのキックオフもあるけど、名刺は持ってきましたよね?」
「はい、用意してます」
協働するコンサルも、今回のプロジェクト規模には全く似つかわしくない世界トップクラスのファーム。
彼らの人件費だけでも赤字になるのではと心配になる。
本社の会議室で、彼らの到着を待つ。
ガラス張りの窓の外には、高層ビル群が視線の高さに並び、隣のビルの壁面や屋上設備が目の前に広がっている。
「失礼します」
受付アシスタントに案内され、コンサルと思しき二人の男性が入室してくる。
いかにも体育会系といった雰囲気の、大柄な三十代の男性と――
え?
まさか――
私の目は、もう一人の若い男性の姿に釘付けになった。
彼もまた、驚いた表情で私を見つめている。
本能的に駆け寄りたい衝動を必死で抑えた。
名刺入れから名刺を取り出そうとするが、手が震えてうまく抜き出せない。
何とか取り出し、彼と挨拶を交わす。
「九条商事、エネルギー・都市開発部の九条です」
「マッケンジーの出口です。今回は宜しくお願いします」
世界最高峰のコンサルティングファーム、マッケンジー。
東大を出ていても入社が困難な、まさに超エリートの集団。
その後のミーティングは、頭にほとんど入ってこなかった。
出口君はすました顔で、パソコンをカタカタと打ち込み、議事録を取っている。
――ちょっと待って、動揺してるのは私だけなの!?
会議が終わると、私たちはエレベータの前まで彼らを見送った。
「出口君……!」
止められなかった。
出口君は落ち着いた様子で上司に一言伝えると、エレベータには乗らず私たちの方へ歩いてくる。
「すみません、九条さんは高校の同級生だったんです。このまま、彼女をお借りしても宜しいですか? 久々の再会なので、一緒にランチでもと思いまして」
「あ、そうなんですね。九条さんは大丈夫ですか?」
「はい……!」
◆◆◆
エレベータの中では、他の社員の目もあるので、会話は交わさなかった。
「中華とイタリアン、どっちがいい?」
出口君は、高校の頃と変わらない気軽さで問いかけてくる。
「え? 今日の気分は中華かな」
「そう……じゃ、鳳凰楼って店の場所分かる? 方向音痴は全然直ってなくて」
そう言ってはにかむ顔は、あの頃と何も変わっていない。
「ナビ見れば分かるけど……分かるけど……何で、そんな普通な感じなの!?」
「え? 普通って?」
「私はめっちゃ動揺して、さっきの会議、全然頭に入ってこなかったんだけど!」
「あー、今回のプロジェクトにアサインされた段階で色々シミュレーションしてたから。九条さんが今回のプロジェクトに参加してる可能性までは、あまり想定してなかったんだけどね」
到着した鳳凰楼は、街中の高層ビル街の中にあって落ち着いた佇まい。
濃い赤と金の装飾が印象的な外観で、扉の前には花が整然と飾られている。
入口を入ると、天井が高く、柔らかい光が差し込む大理石の廊下が続き、奥には間仕切りで仕切られたゆったりとした個室が並んでいた。
「ねぇ……大丈夫なの? 凄い高そうだけど」
「うん、大丈夫。会社の金だし」
受付に案内され、個室に通される。
テーブルには上質な陶磁器の食器が並び、ランチながらも静かで落ち着いた空気が漂っていた。
「完全にランチの範疇を超えてるんだけど……」
「まぁ、たまにはいいでしょ。せっかくの再会なんだし」
メニューを確認し、それぞれオーダーする。
水を一口飲むと、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
「……聞きたいことがありすぎるんだけど」
「え? ああ……そうだよね……」
私は出口君を睨みつける。
「アメリカ着いたら、すぐに連絡するって言ってたよね?」
「うん、そのつもりだったけど……空港でスマホを盗まれた……」
「は?」
「家の連絡先も分からなくなって、めっちゃ苦労した……」
「何してるのよ……」
「で、大学行って何とか親の連絡先は分かったから、無事は伝えた。九条さんにも俺の無事を伝えてって言おうと思ったけど、恥ずかしくて言い出せなかった」
「恥ずかしいって、何が?」
「いや……親に彼女がいるって伝えてなかったし、それに初っ端からこんなアホなことやって九条さんに呆れられそうとか思ったりして」
「思うわけないでしょ! てか、空港で抱きついちゃったしバレてるでしょ!? あと高校に連絡入れるとか他にも手段あるじゃない!」
「それも思ったんだけど、一旦退学して無関係になったわけだし……あと、九条さんの会社のホームページから問い合わせ入れるとかも考えた。でも、九条さんの親にバレたらヤバいことになると思って、出来なかった」
「……どれだけ、私が心配したか分かってるの!? 五年も心配してたのよ??」
「マジでゴメン……。授業始まったらレベルが高すぎて、勉強以外のことなんか何も出来なくなるほど余裕が無くなった」
「……」
「九条さんと一緒に過ごした日々と、あの時の約束だけを心の支えにして、何とか頑張れた。マジでキツかった……」
「……向こうで女の子と遊ぶ余裕もなかったってこと?」
「あるわけないから、マジで……。もう一回、あの大学生活を送れって言われたら、断固拒否するレベル」
「……そう、じゃ許す。でも、次に同じ事したら、うちの会社の力で出口君を社会から抹消する」
「怖……てか、五年だもんな……。九条さんに彼氏が出来てても、俺には何も言う権利はないって覚悟してた」
「連絡が全く来ない相手を五年も待ち続け、華の大学生活まで孤独に過ごす羽目になったんだから、ちゃんと責任取ってよね」
「もちろん。マッケンジーの社員だったらご両親も認めてくれるよね?」
「……多分。というか、認めてくれなかったら諦めるってこと?」
「いや、そんなつもりはさらさらないけど。むしろ今すぐにでも結婚したい」
「じゃ、週末、うちに来て」
「え? いきなり?」
「嫌なの?」
「嫌なわけないけど……心の準備とかあるじゃん?」
「今すぐ結婚したいって、今言ったじゃない」
「そうだけど……九条さんはそれでいいの?」
「いいわよ。待たされた分、私だって今すぐ一緒になりたいし」
料理が到着すると、週末の準備について話を進め、一通り決め終わると、お互いの五年間の出来事を報告し合った。
せっかくの高級料理なのに、味よりもお喋りに夢中になっていた。
「そういえば、上戸と中澤さんって、結局どうなったの?」
「ああ、あの二人は――」
そして店を出ると、会社近くのオフィス街だというのに、私たちはあの頃のように自然と手を繋いで歩き出していた。




