第2話 恋愛において学歴や家柄は重要か
「じゃあ始めましょうか。まずは立場の確認。私は肯定派――恋愛において学歴や家柄は『重要』だと主張するわ」
いきなり始まった。
「え? じゃあ俺は……重要じゃない派、ってことか」
「そう。そして『重要』の定義を決めましょう。今回は『恋人選びの意思決定に有意な影響を与える程度の意味を持つこと』とするわ」
なるほど……よく分からんけど納得するしかない。
「次に論点を提示します。価値観の適合、将来設計の安定性、家族間の摩擦低減。この3つで肯定側が優れていることを示せば私の勝ち」
頭で理解するより先に、話がどんどん進んでいく。
俺が勝てば交際が始まるというのに、九条さんの声は落ち着き払っていた。
冷たい光を宿した瞳が微動だにせず俺を見据える。
美しい……けど、なんかちょっと怖い。
「ではまず立論。第1に、価値観の適合。学歴や家柄が近いほど教育観や金銭感覚が似通い、日常の摩擦が減るわ。第2に、将来設計の安定性。高学歴や安定した家柄は、結婚後の経済的・社会的安定に直結する。第3に、家族間の摩擦低減。家柄が近いほど冠婚葬祭や習慣面で衝突が少なくて済む」
「え? いやいや恋愛の本質は感情だと思うけど。好きになるのに学歴や家柄なんてフィルターは要らないじゃん。むしろ、それに縛られると本当に好きな相手を見失うんじゃないの?」
俺は即座に切り返す。
「感情論ね。客観的な根拠は?」
「えっと……例えば、違う価値観の相手と付き合えば、相手の世界を知ることになる。違いは摩擦じゃなく、成長の材料になるかもよ?」
一瞬、九条さんの瞳がわずかに細まった。
「……成長の材料、ね。面白い視点だわ」
よし、少し刺さったか――そう思ったのも束の間、すぐに反撃が飛んでくる。
「でも、その材料が原因で別れるカップルも多い。価値観の隔たりは離婚理由の第2位よ。厚労省の調査でも、金銭感覚や生活習慣の不一致は30%以上を占めているわ」
え? 厚労省ってそんな調査までやってんの?
税金使ってまでやることか!?
「で、でもそれは、価値観の違いを受け止められない人たちの話でしょ? 『お互いを理解しようとする力』の方が大事じゃないの?」
「その『力』を育てるには時間と労力も必要。その間に摩擦で疲弊し、感情が先に擦り切れることも多いということ。実際、条件面で最初から適合している方が長続きしやすいというデータがある」
「くっ……」
俺は何とか食い下がろうともがく。
「で、でも、それって無難な相手を選んでるだけじゃないの? 安全運転しかできない恋愛は、退屈でしかないはず」
「退屈でも、壊れるよりはまし。恋愛は短距離走じゃなく長距離走よ」
恋愛は短距離走じゃなく長距離走……。
何だこれ? 名言?
九条さんが考えたの、これ?
「いやいや、安定なんて、心が満たされて初めて意味を持つものでしょ? もし相手が刺激的で、自分を変えてくれる存在なら、そんな安定なんて勝手に後から付いてくるよ」
「――変えてくれる方向が必ずしも幸せとは限らないわ。心理学的にも、大きな環境変化はストレスを生み、幸福度を下げるとされているの。しかもそれが自分の価値観と衝突する変化なら、尚更よ」
俺が考えている間にも九条さんの言葉は止まらない。
「例えば相手の影響で浪費癖がついたら? 貯金がゼロになっても、それを『刺激的』と呼べる? 仕事観が合わずに転職を繰り返すようになったら? 『変化』は必ずしもプラスじゃない」
そんな悪い変化だけ挙げられてもな……何かプラスになる変化はないか?
考えろ、俺!!
「じゃあ聞くわ。『刺激的で成長できて、かつ安定した生活を送れる相手』と出会える確率は?」
速い、畳みかけが速いよ、九条さん!!
「……それは……」
「統計的に、似た学歴・経済背景を持つ者同士の結婚は離婚率が低い。つまり学歴や家柄は、恋愛の成功率を上げるための有効な条件なの。感情は一時的、安定は持続的。だから恋愛において学歴や家柄は重要なのよ」
何か――何か、反論できる材料は無いのか??
しかし頭に浮かんだ反論は、全部さっきの理屈や数字で封じられてしまう。
「……っ」
「反論できない? あなたの負けってことで良い?」
九条さんは淡々と告げると、背筋を伸ばして立ち上がった。
逆光の中、勝者の微笑みがやけに眩しい。
「でも、『違いを成長に変える』って発想は悪くなかったわ。あなた、筋はいいかも」
「……まだだ。俺は諦めない……! 近い内に再戦を申し込ませてもらう!!」
「ふっ……今のままでは何度やっても私には勝てないと思うけど」
「じゃ、どうすれば勝てるようになる?」
俺がそう言うと、九条さんのその美しい瞳がほんの少し柔らかくなった。
「そうね、もしあなたが本気で私に勝ちたいのならディベート部で腕を磨いてみたらどうかしら?」
「ディベート部?」
「そう、私が部長を務めてるの」
「入る」
考えるより先に言葉が勝手に口から飛び出していた。
「英語の勉強もしないとダメだけど大丈夫?」
「大学受験でも必要になるし問題ない」
夕陽の中で九条さんはにっこりと微笑み、俺に右手を差し出す。
その笑顔は、ついさっきまで俺を圧倒していた冷たい切れ味を、すっかり隠してしまっていた。
「そう……どうやら本気のようね。宜しく、出口君」
「改めて宜しく、九条さん」
俺は九条さんの華奢な手をそっと握り返す。
「では、一緒に日本一を目指しましょう」
「ん? 日本一?」
「全国大会もあるの、ディベートって」
「へぇ」
「私、負けず嫌いだから足を引っ張らないようについてきてね」
「…………」
「他の部員はみんな私の熱量についてこれずに辞めちゃって。今は私一人しかいなかったの。ありがとう」
「…………」
――え?
これってガチで日本一を目指す感じ?
おい待て、交際条件クリアより面倒なことに巻き込まれたんじゃないの!?
校舎の外からは、ブラスバンドの間延びした音色とカラスの鳴き声、そしてサッカー部か野球部か分からない野太い掛け声が混ざり合い、喧騒となって教室の中まで届いていた。




