プロローグ
魔物や勇者やエルフもいます。
剣や鎧もあります。
ですが、戦ったりしません。
このお話の主人公は、異世界でホストクラブを始めるだけになります。
読んでいただけたら嬉しいです。
「キュー、俺はこの場所でNo.1を取り戻してみせるよ!」
「月さんならできます!それにホストはどこでもできますよ」
キューの笑顔を見ながら、大きく頷く。
目の前にいる従業員の顔を眺めながら、何だか動物のようなものもいるのにはやはりまだ慣れはしない。
だけど、もう気にしたって仕方ない。
だって、これからも俺はここで。
【ようこそ、異世界ホストクラブへ】
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ーー2024年12月25日。
クリスマスイベント直前の日。
毎年恒例、先月の順位が発表されるのだ。
ここは、俺の働くホストクラブ【羅針盤】
ここの名物といえば、クリスマスイベント前の順位の入れ替えだ。
何も知らずに出勤した俺達は、入れ替わった順位に驚き。
クリスマスイベント当日にお客様を呼ぶための営業を必死で頑張るのだ。
そう。
それが、代表の狙いである。
この日の俺たちの出勤時間は、昼の13時だ。
代表は、9時には出勤している。
副代表と共に先月の売り上げを計算し、11時前にはパネル業者に連絡を入れて順位をいれかえておくのだ。
そして13時に出勤してきた俺達が自分の順位を初めて知ることになる。
ーー13時
俺は、このイベントの日は毎年この時間に出勤する。
19歳で【羅針盤】に入店し、僅か半年でNo.1になった。
それから、10年半。
誰にもNo.1の座をとられることなく今日までやってきたのだから順位など変わるはずはないのだ。
1番のりで見て【やっぱりな】って思うだけ。
不動のNo.1は、変わることなどないのだ。
その……はずだった。
「やっぱり、三十路には無理なんだって!」
「不動のNo.1とか、もう時代じゃないんだよなーー」
「わかる、わかる」
俺より先にやってきた従業員の言葉が胸に深く突き刺さる。
だって、さっきから見てるがないのだ。
トップスリーまでは、店の前にデカデカと看板がかかげられているはずなのだ。
No.1に入れなくても、No.3までには入っているはずだ。
だけど……。
そんなはずないだろ?
俺は、自分のパネルを探す。
「月さん、おはようございます」
「おはよう、キュー」
「当たり前ですけど、今年も月さんがNo.1っすよね」
俺に懐いている後輩のキュー太は、ニコニコ笑いながら看板の前に行くと持っていた紙袋を床に落とす。
「どうした?」
「月さんが、月さんが、何でないんですかーー」
「声がデカイよ、キュー」
「おかしいっすよ!こんなの間違いですよ!絶対、おかしいですよ」
「そりゃあ、俺だって。ほら、何かこんな事初めてだから」
「俺、代表に言ってきます」
「待てよ、キュー」
キューを追いかけて店に入る。
俺の写真は、5位にあった。
うーーん。何とも中途半端な数字だ。
この店で、もう一度一位を取るために必要な金額はざっと計算して1億8000万。
1億8000万……そんな金額を一人で払ってくれる人間はいない。
って事は、細々と営業して。
来年のクリスマスに取り返すか?
いやいや、難しい。
「月さん」
「何だ?」
突然、キューが止まる。
「忘れてました」
「忘れてたって何?」
「これですよ、これ。行きましょう」
キューの怒りのボルテージはすぐに下がる。
俺は、キューの そこが気に入っていた。
キューに引っ張られて、更衣室に行く。
「月さん、メリークリスマス」
「クリスマスプレゼントか!俺も、これ」
「開けていいですか?」
「いいよ」
「うわーー。やっぱり、ヘルーー、じゃないっすかーー、めっちゃ嬉しいです」
「そんな略し方あるのか」
「俺には、勿体ないっすね」
「いや、似合うよ!ベルトはいいのしなきゃな」
「ありがとうございます」
俺もキューからもらった紙袋を開く。
靴?
キューから靴をもらうなんて初めてのことだな。
「な、何だ!この色」
「月さん、これはシルバーとゴールドの間の色の革靴です」
「間?確かに、中間色のようだな」
「かっこいいっすよね!見た瞬間に、月さんに似合うって絶対思ったんすよっ」
「ありがとう」
「しまわないでくださいよ!今日は、これ履いてください」
「わかった、履くよ」
「俺もこれ履きますから」
「自分の分も買ったのか!?」
「月さんとお揃いって何か嬉しくて!二足限定だから買っちゃったんですよ」
キューは、嬉しそうに靴を履きかえている。
まあ、いっか。
俺も、靴を履きかえた。
豚革か羊革かな?
牛とは違って、柔らかい。
それに何かめちゃくちゃ歩きやすい。
「月さん、これめっちゃ歩きやすいですね」
「そうだな!」
「じゃあ、行きましょう」
「ああ」
ミーティングは、14時からだ。
キューのお陰で、他の従業員のヒソヒソ話を聞かずにすんだ。
「皆さん、おはようございます」
『おはようございます』
「今回、ナンバーに入らなかった皆さんも、ナンバーを落としてしまった皆さんも、今日のクリスマスイベントを盛り上げてください」
『はい』
「今回のトップ10はかなり移り変わりました。今日から羅針盤のNo.1になったのは、流星です」
『おーー』
「流星は、羅針盤に来て7ヶ月だ!みんなも、流星に負けないように頑張って欲しい」
『はい』
「今まで、ずっとNo.1だった月」
「はい」
「腐ることなく、これからも頑張って欲しい」
「わかりました」
代表からの言葉を受けて、俺は深々と頭を下げた。
腐らず頑張れか……。
ここから頑張る。
さっきも言った通り、道は険しい。
クリスマスイベントのために、たくさんのお客さんに電話した。
掛けて、掛けて、掛けて掛けまくる。
そして、ヘルプ席にも積極的についた。
だけど……。
「お疲れさまです」
『お疲れさまでした』
「本日の売り上げNo.1は、流星でした。それでは、気をつけて帰ってください」
お店が終わるといつも売り上げNo.1を発表されて終わりだ。
流星……。
いくら稼いだかは知らない。
だけど、2000万のシャンパンタワーが5回建てられたのは知っている。
「やっぱり、月さんの時代は終わったんすよ」
「だなーー。あの人、オワコンだわ」
「三十路は無理ですって」
「月さんの悪口言うなよ!お前らだって、世話になっただろうが」
「いいって、キュー」
「俺達は、月さんの世話になってませんから」
文句を言ってるのは、俺が接客のいろはをきつく言った奴らだ。
ざまーーミロって言いたいんだろうな。
「月さん、落ち込まなくて大丈夫ですよ!月さんは、No.1にまたもどれましゅから」
「はいはい、帰るぞ!」
「はーーい」
ふわふわした頭で、キューと一緒に帰る。
ここから、もう一度No.1になるためには……。
もっと、もっと、太い客を見つけなきゃダメだ。
そのためには、新規を獲得しなきゃいけない。
【羅針盤】では、客の取り合いは出来ない。
よっぽどの事がなければ、ホストは変更できない永久指名になっている。
だから、新規を見つけなきゃ!
そのために……。
そのために……。
薄れゆく意識の中。
キューと一緒にふらふらで帰る。
やばい。
寝てしまいそうだ。
家まで、まだだ。
「タクシー乗るぞ、キュー」
「はい」
タクシーに乗って帰らなきゃ!
たどり着けそうにない。
「タクシー、タクシー」
タクシーを呼び止めるために、手をあげた。
そこまでは、覚えている。




