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07. お城の中の私

 本格的に寒くなる前に、お屋敷改めお城の中の飼い猫となることに成功した私は、室内飼いの猫の生活を満喫していた。

 そんな気はしてたけど、このお城のある地域の冬、日本人の私の記憶にあるよりだいぶ寒い。

 日本列島は縦長なのだから、北海道は冬にかなり冷え込むとか、青森とか新潟のほうは雪がいっぱい積もるとかは当然知っている。知っているが、私は冬が厳しすぎないところで人間をやっていたのです。雪が積もったり凍ったりする場所での屋外生活とか、もう想像するだけで無理すぎる。ましてやこの体は子猫ですよ。子猫を寒いところに置いてはいけない。


 トイレもね、あんまり人目があるところだと嫌だし、でも外だと寒いしなあと思っていたら、お庭の小屋の軒下にあった猫のトイレを、ここで働いてる人たち向けのトイレの横に設置してくれた。タイミングを測れば人目を避けることもできるので、すごく助かってます。

 ここの人間用のトイレは、ちゃんと専用個室があるんですよ。この国の一般的な文化では、もうちょっと曖昧な感じで対処されてるみたいなんだけど、きっちりしたトイレは王妃様の肝いりの施策だったみたいで、このお城では徹底されている。王妃様は、お城のある地域よりもかなり温かいところの出身だそうで、衛生に対する認識がとてもしっかりなさっているようす。脳内の日本人が大歓喜ですよありがたや。

 生活インフラの技術は未発達な雰囲気で、蛇口を捻れば水が出る、ということは全くなさそうなのだけど、そこはあまり気にならない。衛生的でさえあれば、便利でなくともなんとかなるし、どのみち私は猫である。井戸だろうが水道だろうが、人が汲んでくれたきれいな水を使うだけの存在です。ありがたやありがたや。


 そんな感じで、猫は快適に生活している。冬の前に猫を屋内にしまおうという提案をしてくれたルミールくんと、それを保証してくれた魔術師団長の人には感謝しかない。ありがとうございます。感謝はしてますけども、魔術師団長の人は猫の遊具なので全力で登ります。


 魔術師団長の人はこれまでと同じように、二日に一度ぐらいぬるっとやって来る。あと、ルミールくんにやっている魔術の授業のスケジュールがわかりました、今はだいたい十日に一度ぐらいです。冬は屋外の実技練習がやりにくいので、ちょっと間隔を空けると言われて、ルミールくんがむくれていた。ルミールくんの立場的に、勉強を魔術に偏重させられないとかもありそうな気がする。

 ルミールくんが猫との遊びに魔術師団長の人を添えたがるので、魔術の授業のある日は昼前にやって来て、一緒に軽く遊んでから昼食を取り、午後から授業、みたいなことになっている。師団で長の人は本業もあると思うんだけど、それでいいのだろうか。


 猫に登られる魔術師団長の人を、ルミールくんがあまりに羨ましがるので、ベルナルトくんが猫をルミールくんの頭に配置しようとする荒業をかました結果、ちょっと危ない感じになったので、怒りを覚えた猫はベルナルトくんにも登ることにした。ここまで来たらもういいやと思って、ルミールくんにも登ることにした。

 それを子供たちがお皿のおじさんに話し、お皿のおじさんが寂しそうな目でこちらを見るので、お皿のおじさんにも登ることにした。

 そんな顛末をルミールくんが嬉しげにお父さんに報告して、それを猫はほほえましく見てたのですけど、お父さんに俺も俺もされましたので登りました。王子様であるルミールくんのお父さんだから王様です。猫、ついに王様に登頂す。猫を頭に乗せて満足げな王様に、やや引いた雰囲気を出していたベルナルトくんが印象的な出来事でした。

 王様は普段は本館、というか正しくは本宮って言うらしいけど、そっちでお仕事をなさっているそうで、しかし夜はほとんど離宮のほうに来るらしい。お休みの日は一日こっちにいるし、離宮住まいの本宮ご出勤みたいな状態のようだ。向こうにも生活区画はあるみたいだけど、王妃様や子供たちはこっちで生活しているのだから、こっちのほうがいいのだって。そういうことを初対面の時に本人に言われました。猫に向かって家族大好きって自己紹介されたのですけど、王様がこれなら、それだけでちょっと愉快に見えるよねこの国。


 猫が登る人間が増えたため、それを見ていた他の人間の中から登られたい志願者が出てきてしまった。サービス精神旺盛なのが売りの猫をやっている身なので、その辺は片っ端から叶えることにした。登られたい志願者は、主に休憩中の護衛の人たちです。彼らは体格も服もがっしりしてて登りやすい。

 もうこうなったらヤケですよ、お庭が寒くて外の木に登れないんだから、かわりに人間に登りますよやってやんよ。

 一応、子供たちに登る時には怪我はさせないように気を付けています。私は気遣いができる猫なので。もちろん大人には全力です。



 猫の私の、お城での行動範囲は意外と広い。猫が出入りしてもいい場所を指定されるのかと思ってたけど、猫が出入りしちゃダメな場所の指定だったので、それ以外がだいぶ広かった。猫の私はなかなか胡散臭い存在なので、安全管理上それでいいのか? ってなるけど、行っちゃダメなところを教えてくれたのは王妃様なんだよね。王妃様がヨシとしているならまあ、いいんだろう。この離宮の施設管理のトップは王妃様らしいよ。

 王妃様はもちろん猫の事情をご存じなので、猫が人間の言うこと理解してるし、空気も読めそうだということも知っており、関係者しかいない場所では、完全に話が通じるものとして扱われている節がある。


 あと、猫の行動は野放しなわけでは決してなくて、魔術師団と近衛隊に監視されているそうです。常に見張ってるというほどではないけど、建物の出入りをしたり、ダメなところに入りそうになったり、あとはなにかしら不穏な感じを検知すると、アラートが行く仕組みらしい。王族の警護は、魔術的ないろいろだけが魔術師団の担当で、それ以外の物理な部分は近衛隊の担当だから、こういうことには連携して動くことになっているのだそうだ。猫に登られ志願してた護衛の人たちも近衛隊だそうです。

 猫のくせになんでそんな仕組みのことを知っているかというと、雪を触ってみたくてお庭に出る通用口まで行った時、気になるけど寒いなー、と戸口のところでウロウロしてたら、すごい勢いでどこからか現れた魔術師団の医官のお兄さんに捕まって、滾々と説明されたからです。その時に知りました。通知がガンガン来てうるさかったそうです。ごめんね知らなかったんだ。そのシステム、通知回りは改修したほうがいいと思う。


 お庭の雪と冬の温室には興味があったけど、地面が冷たくてとにかく寒いので、お外自体にもう全然出なくなってしまった。出入りしちゃダメとは言われてないから、春になってからまた出撃するつもりでいる。

 庭師さんの作業小屋にあった猫の拠点は、離宮の中の働く人たちの区画に移された。社員食堂のような大部屋があって、その近くに区切りられてる休憩ブースがいくつかあるんだけど、そのうちの一つが、猫と猫を囲む会関係者の溜まり場として使用可能とされました。猫愛用の獣臭い箱もそこに置かれて、爪とぎ用の丸太も持ち込まれており、朝晩の食事もそこで出る。ルミールくんの一緒に晩御飯を食べたいというご要望は、今のところ通っていない。

 猫の拠点についても、ルミールくんは自分のお部屋に獣臭い箱を置くことを主張したけど、それはね? さすがにどうかと思うな?

 あとは立場の関係で、ルミールくんのお部屋にお皿のおじさんや匠のおっかさんは入れないんだよね。ルミールくんが来るのは問題がないから、護衛の人がいるなら随時突撃可ということで話は収まった。彼は今までも作業小屋に突撃してたので、今更ではある。


 庭師のみなさんは冬にもお仕事があって、主に温室の管理と雪かきらしいんだけど、みんなお昼には一旦建物内に戻ってくる。午前中に子供たちと遊んだ後に食堂のほうまで来ると、さっさとお昼を食べ終わったお皿のおじさんが現れて、そこに二日に一度ぐらいの頻度で魔術師団長の人が現れる、というのがいつもの流れになっている。

 お皿のおじさんの冬の仕事用の外套は分厚くて、猫が登ってもびくともしないので安心できます。もちろん、魔術師団長の人のことは猫タワーの一種だと思っている。


 以前はお皿のおじさんが持ってきてくれた朝ごはんは、匠のおっかさんが持ってきてくれるようになった。食事をおいしく頂いている猫の体にブラシをかけた後、ちょっとだけ遊んでから去っていく。夕方のごはんのほうも、出してくれるのは主に匠のおっかさんのままで、食後に蒸しタオル的なもので拭かれるのも同じだ。

 たまにお皿のおじさんが来ることもあるけど、食後に拭かれるのはおじさんの時でも行われるようになった。お庭暮らしの時とは、さすがに勝手が違うらしい。土汚れはほとんどなくなったけど、なんと言っても王族の部屋に出入りする猫だものな私。自分でする毛繕いは相変わらず好きではないので、とても助かっております。



 朝と昼と夕方はスケジュールが埋まっているが、それ以外はだいぶスカスカなので、猫は好き勝手にやっている。お勉強中のルミールくんのところに忍んで、勝手に授業に加わっているところをバレたり、ベルナルトくんが体術の訓練してるとこに混ざって、障害物として仕事したり、王妃様とお茶会したり、休憩中の護衛の人に登ったり、やるべきことは意外と多い。お昼寝だってしないとだ。

 この離宮には空いている部屋がいくつもあるのだけど、その中に、見た感じでは誰も使っていないのに、毎日ベッドが整えられているところがある。客室かもしれないけど、それにしては場所がルミールくんのお部屋に近い。人がいないけどふっかりしたベッドはお昼寝に最適だし、ルミールくんのところに遊びに行くにも便利なので、時々勝手に使わせてもらっている。このお部屋を管理している人にはおそらくバレていて、怒られたらやめるつもりだったけど、怒られなかったのでそのままです。自由かつ高待遇の飼い猫生活最高。生活上の苦悩が皆無である。


 困りごと自体はあると言えばあるんだけど、それは夜にどうしても一緒に寝たいとねだるルミールくんに絆されて、布団にお邪魔したはいいけど案の定潰されかけたとか、ベルナルトくんの猫を釣る紐さばきが恐ろしく巧みで、目の前で紐を動かされると本能にあらがえない感じになってしまうとか、そういう平和なやつしかない。ベルナルトくんの紐には、手先が器用というだけでは収まらない魔性の何かがある。


 そうそう、実害がないといえばないけど、困ってることはもう一つある。

 猫がいろんなところに出入りできてしまう結果、聞きたくないタイプの話を耳にしてしまうことが往々にしてあるのだ。


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