出会い
東京は広い。道が入り組んでいて、余計に広く感じる。ここは新宿なのか渋谷なのかそれともどこなのか、12歳の少女には理解ができない。
少女は好奇心から学園を出て外に出ることはしばしばあった。普段はあまり遠くまで行くことも無いのだが、今日ばかりは貰ったお小遣いの額からして少し冒険でもしようと電車に乗ったり、バスに乗ったり、タクシーに乗ったり…。気がついた時にはここが何処なのかが分からなくなった。
学園の方向はわかる。そこから声が聞こえるからだ。
「あのおてんば娘はまたどこにいったんだよ!目を離すなって言っただろうが!」
「携帯は繋がらないし、あの子はロシア語しか話せない!今すぐに捜索しろ!もし、あの男に拉致されたらどうするんだ!」
東京をさまようひとりの少女。1目で白人であることがわかる少女には話しかける日本人はいない。
同時期、イリイチも外に出ていた。煙草が切れたため、コンビニにでもよって買いに行こうとしていたのである。
いつものようにマルボロソフトを買い、コンビニの前の喫煙所で煙草を吸おうとする。左半分の包装を切り取り、箱を軽く振り、軽やかに煙草に火をつける。東京に来てからもう2週間ほど経つ。いい加減、ホテル暮らしも終わりにしたい所ではあるが、シックス・センスが作動しない以上は帰る場所もない。現実逃避に近い形で煙草の煙にまかれる。
喫煙所から出てきて、何となく目に入った光景はブロンドの髪に白い肌をもつ、白人の少女であった。どうも迷子のようだ。やはり何となく話しかけてみる。
「お嬢ちゃん、迷子か?」
「??」
日本語が通じない。どの言語が通じるかによって話が変わってくる。英語はダメだった。スペイン語も。フランス語もだ。最後にロシア語で話しかけてみる。
「うん。迷子みたい。」
母国語は流暢だった。どうやらロシア人みたいだ。
「お家がどこにあるか分かるか?」
少女はスマホを取り出した。自宅の位置情報を見せてくる。それをみてイリイチは溜息の1つでもつきたくなる。
「あー、学園か。なるほどなるほど。ここからはだいぶ離れてるな。」
彼の中でひとつの考えが浮かぶ。シックス・センスの研究。それはロシアで行われたこと。もしかしたら…。
「遠いの?でも帰らないとチウネに怒られるから。」
チウネ。完全にそうだ。もう1人の第六感は今ここにいる。このまま学園に返す訳にはいかない。
「まぁ、お嬢ちゃん。疲れただろう。少しどこかで休憩しよう。」
子どもが好きそうな所で休憩と言えばファミレスが適当だろう。彼女には適当に何かを注文させる。
「お兄さんの名前って何?」
シックス・センスを使えるなら、嘘は通用しない。イリイチは今シックス・センスを使用できない以上、彼女の思考は分からないのだが。
「イリイチだ。ロシア人さ。」
「イリーナだよ。よろしくね。」
イリーナ。聞き覚えのある名前だが、そんなことはどうでもいい。ファミレスにいる間にはヤツらも突撃は出来ないだろう。問題はどうやってホテルまで連れ込むかだ。この子の安全確保と引き換えに白紙和平でこの場を乗り切るしかない。だからこそ重要なカードになる。
「イリイチは何も食べないの?」
「あんまり腹が減ってないからな。好きなだけ食ってていいぞ。」
傍から見ると兄妹にしか見えないほど似ている2人は、思惑の違いこそあれどこの場限りでは兄妹である。イリーナからすれば、チウネもいない状態で言葉が通じるイリイチは中々順番が高く、イリイチからすればイリーナはジョーカーだ。掛金は自分の生命。負ける訳にはいかない。
煙草に火をつけて、イリーナが食べ終わるのを淡々と眺めている。くだらない会話は何回かしたが、あまり意味のあるものでは無い。
「結構食うなぁ。」
大人並みに食べて、さらにデザートまで頼むという大食いに少しイリイチも楽しそうである。
「お会計は3450円になりまーす。」
「うっす。」
クレジットカードで会計をすませる。昔ボスから口座とクレジットカードを貰ってそれを今になっても使っている。限度額無制限のブラックカードを殺し屋の頭領がなぜ持っていたのかという疑問は一生謎のままだ。
「食べた、食べた。おなかいっぱいになると眠くなるよねぇ。」
「家に帰るんじゃないのか?」
「イリイチの家で少し寝かせてよ。」
願ってもない展開だ。ホテルまで連れていく口実は相手が作ってくれた。あとは学園に察知されないようにするだけだ。
「…あ。スマホの充電切れちゃった。」
イリーナは少し疲れ気味だった。12歳かそこらの子どもにとっては今日の東京は冒険であった。やがてホテルにつき、部屋に入ればあっさりと寝てしまうのであった。




