哀れ
2015年11月 ロシア連邦共和国 シベリア
広大な荒野と木と殺人的な寒さが人々の生きる意志を奪い去っていくこの土地ではとある研究が行われていた。
「しかし信じられませんな。シックス・センスというものは科学的に立証できるものではないでしょう?あんなに幼い少女が、出鱈目な力を持っている。百聞は一見にしかず。見せてもらおうではありませんか。」
シックス・センスというものは極々稀に囁かれる超能力だ。現代においては超能力の解明は進んでおり、その超能力はある数式のようなものであることが判明していた。意味の無い数字や文字の羅列。これを才覚のある人間が計算すると、超能力を使用出来るという訳だ。その分野では日本は他国を大きくリードしており、超能力者産業において日本が占める割合はとても大きい。
その日本ですら解明出来ていないシックス・センス。そもそも存在自体が眉唾物として扱われ、稀に覚醒に至ってもその万能感の高さから、直ぐに死んでしまう。紛争、内戦状態の国にてシックス・センスの才能を持った人間が生まれる割合が多いというデータもあるものの、大抵は昇華する前、ようは赤子のうちに不慮の事故で死亡。直ぐに忘れ去られていく。
ロシアという国は国土こそ世界一ではあるが人口で言えば日本とそこまでの差はない。広大な荒野、シベリアという土地が大半である以上、シックス・センスを持った児童は限りなく少ない。
そんな中、政府の指令をうけ超能力者産業を補強するために研究と実験を続けている彼らは、世界中の暗部に必ずと言っていいほど名前を連ねる少年に注目した。
イリイチ。レーニンから取ったであろう名前、僅か15歳にして凶悪な暗殺機関にてトップスターであり、なによりもシックス・センスを自在に操ることが彼らの目に止まったのだ。
彼らはまず血眼になってイリイチの親族を探した。結果として母親は典型的な娼婦であり、父親は既にアルコール中毒で死亡しているというのが判明した。
次に兄妹を探した。異父同母の兄妹は併せて7人。イリイチともう1人を除いて既に死んでいる。
そしてその妹を探し出したのだ。孤児院にて暮らす10歳の女の子。10歳の子らしくあどけなさも残るが、顔つきは凛々しい子だった。
「そうだな。見た方が早い。イリーナ。見せてやれ。」
「わかった。マスター」
その瞬間に少女は少し動いた。それから1秒もしないうちに凶弾がさっきまでいた位置に着弾する。
少女は華麗に動いた。一切の無駄なく秒間も着弾位置も曖昧な凶弾を避け続けた。明らかに人間業ではない。仮に指示していたとしても、ここまで無駄なく避け続けるのは不可能だ。シックス・センスは眉唾物ではなく、本当に存在すると確信を持つには十分だった。
「彼女はシックス・センスを使いこなしている。さっきの実験はすべて意思を持った人間に発砲させたが、その人間すべての感情を読み取って、弾が当たらない方向に避けたのだ。」
実験員の1人が飴玉を与える。それを貰い無邪気に喜ぶ少女。ついさっきまでの動きが嘘のように隙だらけだ。
「シックス・センスというものは、感情を読み取る力だ。相手の意思を強く感じ、意思のある者からの攻撃はまず当たらないように回避出来る。もっとも、彼女はまだ10歳だ。実戦投入でもして死なれたら困るのは我々だ。まずは彼女を徹底的に観察しろ。麻酔を打って解剖するのはその後だ。」
国家の利益を冷徹なまでに追求するのが国お抱えの科学者だ。きっと用済みになれば、脳を奪い取って殺してしまうのだろう。人間はダメで実験動物なら良いという発想は彼らにはほとんどなかった。
「…哀れだ。大人たちの利益のために利用されて、挙句の果てには解体される…。俺のやっていることは本当に誇れることなのか?」
冷徹と正義は必ずしも一致する訳では無い。そして正義という感情を持つ男には、冷徹に徹することが出来なかった。




