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第七話 テンプレ-城門とギルド

テンプレの宝庫、城門とギルド。テンプレはロマンです。

 ブルネル伯爵領に入ってから、アンダールの王都であるピルシェまでは七日ほどの旅だった。


 本来はその倍を覚悟しなければならないが、境界近くの農業集落で運良く馬車を調達できたためだ。一行の財布を管理していたミステルが、旅程の短縮にきわめて積極的だったため、よぼよぼの馬とぼろっちい車にかなり料金をふっかけられたにもかかわらず、首を縦に振ってくれたのが大きい。そこからブルネル伯爵邸のある中心集落のブルノまで一日ほどで移動して一泊、より速度の出る二頭引き馬車と御者ぎょしゃをレンタルして六日だ。


 ちなみにこの六泊七日で暴漢に三回、盗賊に四回襲われた。あまり強くなさそうな男ひとりとそれぞれタイプの違う美女三人ということで、人目はひくわ嫉妬しっと心はあおるわだ。当然の結果と言えるが、ぶっそうな旅路である。ただ、二人の師匠は蚊でもつぶすような感じで襲撃者をくびり殺し、ミステルは表情も変えずにぼくに死人のふところあさりを命じた。そのつどぼくらの旅の資金が豊かになっていったわけで、どちらが本当にぶっそうだったかは言うまでもない。


 いちど、殺した盗賊の親分が五十人ほど部下を引き連れて襲ってきたが、飛んで火に入る夏の虫だった。そして生かしておいたひとりにねぐらまで案内させ、ため込んだお宝をすべて回収した。


 ミステルにいわせると、「無人の洞窟に放置しておくよりも、持っていって有効活躍したほうが皆のため」だそうだ。経済学的にはそのとおりだが、ほんとうにタチの悪い一行である。




 ピルシェは、さすがにそれまでの、集落や集落に毛の生えたような街とは比較にならない大きさだった。城壁都市、といえばいいのだろうか。街への出入りは城壁に作られた外門に限定されていて、警備もしっかりしているようだ。


 外門で入門手数料を支払うよう求められたが、アンドロメダ師匠がなにやら警備兵にみせると奥から上官らしい兵士が飛び出してきた。まもなく警備兵は恐縮して頭をペコペコ下げ、手数料なしで全員が街に入ることができた。


「師匠、いま何をしたんですか?」


「ああ、しばらく前にここの貴族にちょっと貸しを作っていてな。そのときもらった証文でこの街には自由に出入りできるんだ」


 アンドロメダ師匠はこともなげに言った。それは、ぼくらもノーチェックで入れる理由にはならない気がする。


「わたしも話を聞いただけですが、五十年ほど前にアンドロメダ様がこの街に遊びに来ていたとき、タチの悪い貴族が彼女を力ずくで自分のものにしようとしたそうです」


 ミステルが小声で教えてくれた内容で、何があったかはだいたいわかった。その貴族としては特大の地雷を踏み抜いたわけだ。


「ちなみに、貴族ってどういう人?」


「いまの宰相の祖父だったかと」


 たぶん、その証文で宿とかも無料で泊まれちゃったりするだろうね。




 しばらくこのピルシェに滞在するにあたり、毎回アンドロメダ師匠のあおい御紋ごもんを振りかざすのもいかがなものかということになり、街の冒険者ギルドで冒険者登録をすることになった。


 ぼくのような自分との対話を好むタイプの人間にはとてもなじみのある「冒険者」という概念だが、この世界においても、荒事を含むよろず請負うけおい屋的な存在として認知されている。定職に就く気がなくて一攫いっかく千金を夢見ているダメなタイプの人がほとんどらしいが、ぼくのもとの世界よりも生命の値段が安いこの世界では、使い捨てのきく便利な存在として、それなりに重宝されているらしい。


 ダメなタイプの人が多いことの当然の帰結として、管理をしっかりしないととんでもないことになるわけで、ギルドは街でも重要な機関であるらしい。治安維持にひと役買っている部分もあり、王宮からもそれなりの資金援助を受けているようだ。また、仕事を受けるさいの手数料もけっこうな額だときくが、そのぶん仕事はきっちりこなしており、街にも根付いた存在となっているそうだ。




 下町っぽいエリアの中心部にある立派な建物が、この街のギルドの本部だ。扉を開けて中に入ると、広いロビーの奥にカウンターが並んでいる。ロビーにいる人たちのガラの悪さを含めてイメージどおりだ。そして、冴えない男と美女三人のぼくたちはもちろん人目を引く。


「よおよお、美人さん引き連れていい身分じゃないか。オレたちにもおすそ分け……」


 三人連れのいかにもな連中が近寄って来て、すわテンプレ、と身構えたのだが、男たちがテンプレ台詞を最後まで口にすることはできなかった。いきなりその三人ははじけるように後ろに飛ばされ、壁にたたきつけられたのである。


 何が起きたかは想像するしかないが、たぶんアルテミス師匠だ。魔力の塊をぶつけたのだろう。傷ひとつなくカベに吹っ飛んでいったのだから、それ以外考えられない。彼女は魔力を自由自在に操ることができるのだ。おそるべきは、大の男が一瞬で壁にたたきつけられたその威力と、三人が同時に別々の方向に飛ばされたというその繊細な技術だ。しかも、表情も変えていなければ視線も動かしていない。




 ロビーにいた冒険者たちが騒ぎ始めた。「なめた真似すんじゃねえか」とか、「覚悟はできてんだろうな」とか「やっちまえ」とかいう声が聞こえるが、不本意なのはそのほとんどがぼくに向けられていることだ。美人は正義なんだね。


 喧噪の中、ぼくたちはアンドロメダ師匠を先頭にカウンターに向かう。彼女がカウンターの向こうの女性に話しかけた。


「登録をお願いしに来たのだが……その前に、静かにしてもらってもいいだろうか?」


「申しわけありませんが、一度手を出されるまでは辛抱願います。そのあとはいかようにでも。なるべくなら施設に被害の出ないようにお願いしたいのですが、多少損害が発生しても、わたしが証言しますのでこの場合は先に手を出したほうに請求が行きます。ただ、やり過ぎると請求が発生してしまう場合がありますのでご注意ください」


 彼女は動じる様子もなく応じた。かなり実際的なアドバイスだ。できるスタッフだと見た。アンドロメダ師匠も納得したようだ。


「無視してんじゃねえ! こっち向きやがれ!」


 ついにひとりの冒険者がぼくの肩に手をかけた。カウンターの女性を見ると、彼女もうなずいた。ぼくは身体をすこし回してそのまま肘を頬にたたき込む。彼はそのまま床に崩れ落ちた。


 何人かの冒険者は、その時点で事態の異常さを認識して傍観者に立場を変えたようだが、それができない何人かが武器を抜いた。これはアウトだろう。


真打ち登場とばかりに、アンドロメダ師匠が悠然と冒険者たちのほうに近寄っていった。まったくの自然体が、彼女を知るものには、逆にたまらない緊張感を与える。


一人が斬りかかり、崩れ落ちる。また一人が斬りかかり、のけぞって仰向けに倒れる。こんどは三人まとめて殺到し、はじけ飛ぶ。アンドロメダ師匠がなにをしているか、まったく見えなかったヤツもいただろう。そこでようやく動きが止まった。熱かった場の空気が一気に冷え込んだ。


「今の五人とは、十分にわかりあえたな。さあ、次にわたしと語りあいたいものはだれだ? 遠慮はしないでいいぞ?」


アンドロメダ師匠は、あくまで拳で語ったつもりのようだ。だけど、絶対に相手には通じてなかったと思う。

お読みいただき、ありがとうございます。


おきに召しましたなら、ブクマ等していただければ幸いです。

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