第二十四話 龍
森での戦闘をもっと期待されていた方には、申し訳ありません。いちど王宮に帰ってきちゃってます。
「彼女はずいぶんとおとなしくなったようですね」
森での修行から戻って数日後、アンネロッテがミステルをともなってぼくの部屋を訪れた。
依然として制約がかかっているコンスタンスは勝手にぼくから離れることは出来ず、同じ部屋の中にいる。したがってぼくとアンネロッテの話も間違いなく聞こえているのだが、聞く気もないし興味もない、という風情でそっぽを向いている。エキセントリックな言動をしなくなっただけで、彼女が明示的にスタンスを変えたわけでもないので、当然と言えば当然だ。
「いえ、相変わらずこっちの言うことは素直に聞いてくれませんし、森の中でも、ギリギリまではまともな回復もしてくれませんでしたよ」
ぼくはそう言って笑って見せた。勘のいいアンネロッテは、「微妙な変化は確かにあった」というニュアンスを感じとってくれるだろう。
騎士だった存在を葬ったあと、ぼくたちはさらに森の中心部に向かって二日ほど進みつづけた。ちょこちょこと襲ってくる獣や魔物を退けているうちにぼく、ピノ、フランカさんの三人の連携がみょうに練れてきてしまったので、ついつい調子に乗ってしまったというのが実態だ。
ミノタウロス級の大型の魔物(ただし頭はゴブリン))が出てきた際に、相手のパワーを少し見誤ってぼくとピノが軽傷を負ったが、コンスタンスは黙って治療していた。傷を強引にふさぎ、疲れを身体からもぎ取っていくような、力ワザな感じのあるミステルの魔法に比べ、コンスタンスの治療がじつに繊細だったことは印象に残った。
「龍に遭いましたか?」
「そうなんですよ。思い出すとまだ震えが来ます。死んだ、と思いましたね」
フランカさんにしばしばたしなめられつつも、調子に乗ってさらに奥に進むぼくらは、木々が切れて大きく開けた場所に出た。ぼくは止めるフランカさんを振り切って、ひとやすみしようと、ピノと一緒にそこにいい感じでそびえ立つ岩に駆け寄り、一番下の段に飛び乗った。コンスタンスはぼくから離れられないため、ぼくと一緒に岩山のところまで来ているが、上を見上げて顔を引きつらせている。フランカさんは最初の場所で立ちつくしている。
「ど、どこに腰掛けているつもりなのです?」
すっかりリラックスし始めたぼくとピノに、コンスタンスが震えながら声をかける。不思議に思ったぼくがフランカさんの視線を追って上を見上げると……感覚的に五メートルぐらい上から血走った大きな目が二つ、こちらを見下ろしている。いま考えれば、目に走る毛細血管も目のサイズに合わせて太かったということなのだろうが、それはあくまで後知恵である。
その目の持ち主は、しばらくぼくと視線を合わせていたが、やおら大きな口を開けて牙をむき出しにした。いや、そう思ったのはぼくだけで、向こうはひょっとしたら目に入っておらず、ただアクビをしただけだったかもしれない。だが、その目ヂカラと牙の迫力は、ぼくのおしりの穴を縮み上がらせるには十分だった。そして、ぼくはその目と牙の持ち主に心当たりがある。
龍だ。それもけっこう大きめの。
ぼくとピノは、脊髄反射で駆けだした。と、うしろで誰かが派手にころぶ気配がして、直後に激しく後ろに引っ張られて急停止した。振り向くと、コンスタンスが突っ伏すように地面に転がっている。もうちょっとでスイカがクッションになるところが見られたのでは、と思うくらいに見事な突っ伏しかただ。
「いきなり走り出されても、ついて行けませんわよ!」
ああ、そうだった。コンスタンスには、ぼくから距離を取れないように制約がかかっている。急に動き出せば彼女はついてこられない。全力で走ったりしても、やはりダメだ。そして、彼女がついてこられなければ、ぼくも動けない。
「置いていかれそうになったときは、死を確信しましたわよ!」
そっぽを向いていたコンスタンスがいきなり突っ込みを入れた。思い出すだけで腹が立ってくる、というところだったのだろう。まあ、あれに関しては全面的にぼくの責任だ。今後気をつけなければならない。
「うかつだったよ。もっとコンスタンスの身体を鍛えないとね」
「そういう問題ではありませんわ!」
ぼくはコンスタンスを背負い、ピノの後を追ってその日一日に進んだくらいの距離を走り続けた。ところが、気がつくとフランカさんがいない。フィジカルが必ずしも優れているわけではない彼女を放置するわけにもいかず、やむなくピノと先ほどの場所まで戻ることにしたのだが、ほどなくフランカさんが向こうからやってきた。
「だ、大丈夫でしたか? 置いていってしまってすみません」
「アズマさんの心の冷たさがわかりました。ピノも置いていってくれてありがとう」
フランカさんは笑顔を崩さずに辛辣なコメントをかっ飛ばしてきた。まったく返す言葉がない。彼女は心身ともに落ち着いているように見えるのだが、ここは頭を下げ続けるしかない。
「ほんとうに申しわけありません!」
ピノも横で何度も米つきバッタのように頭を下げている。フランカさんが、言葉ほどには気にしていない様子なのが救いだ。
「で、本当に大丈夫だったんですか?」
「大丈夫です。あの龍はアンネロッテ様と関わりのある龍だと思います。わたしはアンネロッテ様にこのことを報告しなければなりませんので、申しわけありませんが、王城に戻ることにさせてください」
「も、もちろんそれでけっこうです」
そうしてぼくらは王城に急いで戻ってきた、というわけなのである。
「ところでアズマ、戻ってきたばかりで悪いのですが、もういちどその龍のところまでつきあってもらえませんか?」
げ。そういえば、フランカさんが「アンネロッテに関わり」とか言ってたな。ラノベ的には、以前しとめ損なった、とかいう因縁があったりするモノなんだけど。
「え、その、つきあうのはかまわないんですが、倒せとか言われても無理ですよ? まだまだ鍛えなきゃ、と決意は新たにしたところなんで、その成果が出るまですこし待って欲しいかな~っと」
別にかわいこぶるつもりはなかったが、なんとなく上目遣いでアンネロッテの反応をこっそり伺うぼくだった。
「倒すという発想がよくわかりませんが……フランカの説明を聞く限りでは、わたしの古い知りあいではないかと思うのです」
「し、知りあい?」
素っ頓狂な声を思わず出してしまったが、考えてみれば龍退治のストーリーはだいたいヒューマンサイドから描かれる物語だ。魔族サイドからすれば、必ずしも敵対しなければならない存在ではないのかもしれない。
「アンネロッテ様、アンネロッテ様がご自身で足を運ばれずとも、使者を出して城にお招きすればよいのでは?」
ミステルがカットインした。そういえば、ミステルはできる限りアンネロッテに城から離れて欲しくないんだったな。まあ、あの龍の偉容をみた今では、よほど親しい関係でない限りぼくもそうした方がいい気がしてくる。
「心配には及びませんよ、ミステル。行ってそれを確認するだけなら、アズマに同行してもらえれば問題ないでしょう。わたしの知りあいであれば決してわたしに害は加えません。そして、龍は誇り高い存在ですから、礼は尽くす必要があります」
いや、師匠たちの話を聞く限り、ぼくは足手まといにしかならないと思います。
「しかし……」
アンネロッテ大好きのミステルは納得していないようだ。もうひと悶着あるかな。
「どうして……」
ふいにぼくのうしろからコンスタンスの絞り出すような声が響いてきた。そういえば、先ほどから妙に気配が硬かったな。
「どうして魔族のあなたが、神の使徒たる龍神さまと旧知の関係なのですか!?」
ああ、少しおさまっていたのに、また話がややこしくなるぞ。ミステルをみると、彼女も大きなため息をついていた。自分の異論を押し通す気力も失っている感じだ。教会的に微妙な話なのは間違いなさそうだ。
お読みいただいた方へ。心から感謝いたします。
さて、龍は実際どういう存在なのでしょうか? 神の使徒でないことは明らかなんですけどね〜。




