珠、しず姉と遊ぶ
朝起きたら、変なところで寝ていました。
たぶん、規兄の側が寝苦しくなって、ごろごろ移動したんだと思います。
記憶にないですけど。
規兄に身支度を手伝ってもらい、ある程度出発の準備もしておきます。
朝餉をいただいたら、すぐに出るそうです。
みんなで仲良くご飯したあと、のりりんとよりりんがお話があると言ってきました。
「大御屋形様、新御屋形様がお許しになられましたら、この松田頼秀を姫様の配下に加えていただきたく存じまする」
う?
…えぇぇぇぇ!!
どういうことですか!?
「よりりん、どうしたのですか!?」
「あのあと、憲秀と話しまして、これからの北条を支えるためには、我々も今のままではいけないと」
「私は御屋形様方のもとで、頼秀は姫様のお力となり、北条のこの先を見てみたいのです」
よりりんのあとに、のりりんも真剣な表情で言いました。
この先は、おそらくあちらこちらで戦ばかりとなるでしょう。
織田信長さんの名前は出てきましたし、信長さんのあとは豊臣秀吉さん、そのあとは徳川家康さんの天下取りが続くのです。
その中で、どう北条が生き延びれるのか……。
「場合によっては、ほうじょうがほろびることもありますよ?」
「「そのときは、我らもともに滅びまする」」
おぉ!二人同時に全く同じ言葉を言いましたよ!
さすが双子ですね!!
「父上たちがゆるしてくれたら、よりりんのちゅうせいを受けとります」
父上が許してくれるかはわかりませんよ?
よりりんだって、凄く有能ですから、父上が手放すとは思えません。
なので、父上がいいと言えば、それはそれで何か考えがあるのだと思います。
「有り難きに存じます」
よりりんは、すでに父上や政兄に送るお手紙を用意しているとのことで、私に断ってから送るつもりだったらしいです。
私が小田原に帰ったら、父上にどうするのか聞いておきましょう。
何はともあれ、よりりんに別れを告げ、しず姉のお家に向かいます。
しず姉のお家は、一刻ほど歩いたところらしいです。
私は小豆に乗って、周りの風景を楽しんでいますが、規兄とのりりんとたかじょーは何やら話し込んでいます。
「村が見えてきました。あちらでしょう」
しんちゃんが示す先には、確かに集落がありました。
家もたくさんありますが、どれがしず姉のお家ですかね?
ようやくお話が終わったのか、のりりんが私の側に来て、あちらのお屋敷ですよと教えてくれました。
集落の中で、一番大きなお屋敷です。
「ごめんくだされ!」
しず姉のお屋敷に到着すると、たかじょーが大きな声で呼びかけます。
うぅぅ。
緊張してきました…。
門から出てきたのは初老の男性で、たかじょーと何かやりとりしたあと、門を開いてくれました。
案内されたお部屋で待ち、ついにご対面です。
「遠路はるばる、よくおこしくださいました」
「姉上、お久しゅうございまする」
「氏規もたくましくなって。無事に戻ってこられて何よりです」
規兄も、しず姉に会うのは数年ぶりなんだそうです。
規兄の後ろから、こっそりしず姉をうかがいます。
母君の八重様に似た雰囲気の女性です。
顔立ちは父上の血の方が強かったのか、美人とは言いがたいですが、芯の通った凛とした女性です。
そういった面では、葉姉の姉上だなぁって思います。
「ほら、珠。隠れてないで出てこい」
規兄にぐいぐいと引っ張られて、しず姉の前に出されてしまいました。
「珠。顔を見せてちょうだい」
おずおずとしず姉に近づきますが、なんだかとっても恥ずかしいです!
「可愛いわぁ」
しず姉に頭を撫でられました。
しず姉からはいい匂いがします。
「しず姉、よろしくお願いいたします」
ぺこりとお辞儀をすれば、しず姉がこちらこそと笑顔を見せてくれました。
「兄上から、珠は餡子が好きだと聞いていたので、少し早いけれど、萩の餅を用意したの」
萩の餅ですか?
あんこが入っているんですよね?
「あんこ、大好きです!」
あんこは、食べると幸せになるのです。
あの優しい甘みは、自然と笑顔になれるすごい食べ物なのです!
御膳に乗って出されたのは、お餅というよりあんこの山でした。
「おぉぉぉ!」
あんこがいっぱいです!
想像していたよりも、あんこが柔らかい、というか水分多めですかね?
でも、お皿からあふれんばかりに乗っているのです!
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます!」
早速、お箸を手に、あんこをかき込もうとしたのですが、あんこの中に何かがあります。
それをお箸で持ち上げようとしたら、ずっしりと重たくて、お箸がぷるぷる震えます。
見かねた規兄が、器用に何かを小さくし、あんこを絡めて食べさせてくれました。
「珠には大きかってわね」
大きく口を開けて、中に入ってくるのを待っていると、しず姉が言いました。
「……おいしー!」
どこか懐かしい感じがする味です。
中はお餅というよりはお米に近い気もしますが、弾力というか粘り気というか、お米とも違いました。
はっ!これは、おはぎですね!!
ちょっとお塩が強い気もしますが、小豆の甘みともち米のほのかな甘みが引き立つのです。
私は、あまりお塩を入れずに、小豆本来の風味がある方が好きなのですが、こっちも捨てがたいですね。
お塩が強い小豆といえばお赤飯じゃないですか。
お赤飯も美味しいですよね!
あと、きな粉ご飯も好きです。
ご飯の甘みときな粉の風味が最高なのです。
たまに、きな粉でむせて大惨事になることもありますけど…。
お餅一個分を食べると、お腹がいっぱいになってしまいました。
でも、あんこは別腹です!
あんこだけは綺麗に食べました。
残ったお餅はこたにあげましたが、なぜか恨めしい顔をされました。
ちょびっとだけだけど、ちゃんとあんこも残っていますよ?
「しず、戻ったぞ」
「お帰りなさいませ」
畑仕事から帰ってきましたふうのおじさんが入ってきました。
「これは失礼。客人がおいでとは知らず」
「弟と妹が訪ねてきてくれたのです」
しず姉の言葉におじさんは固まると、勢いよく土下座しました。
「御屋形様のご子息とは存じ上げず、大変失礼いたしました」
御屋形様ってことは、父上の家臣ってことであってますよね?
「小笠原康広と申します」
「父上より、貴殿のことは聞き及んでおります。何でも、武家故実に大層お詳しいとか」
…ぶけこじつって何ですかね?
「滅相もない。拙者はまだ未熟者にございますれば」
「謙遜なさらずとも。どうも私は無作法なようで、よく幻庵殿にも叱られておるので、ご指南いただければと」
うーん、よくわからないですが、じぃがあいつはなっとらんとぼやいていたときがありましたね。
そのことですかね?
規兄は小笠原さんと話が弾んでいて、私はついていけません。
「ぶけこじつって何?」
しんちゃんに質問したのですが、答えてくれたのはしず姉でした。
「武家、つまり父上のような国を治めるお家の礼儀作法や、お上など身分の高いお方にお会いするときの作法や服装、さらには昔使っていた戦い方など、昔から伝わっているもののことです」
つまり、昔のことに詳しい人ってことですか?
なんか違う気がしますけど…。
「特に、弓術や馬術など、戦と儀式、両方に通じるものを武家故実と言います。小笠原家は古くから、さまざまな故実を記録し、伝えている一族です」
補足説明とばかりに、しんちゃんも教えてくれましたが、弓と馬ですか。
流鏑馬とか、そういった感じのものでしょうか?
「小笠原家はいろいろな国に根づいていて、旦那様の本家は京の一族ですが、小笠原宗家は信濃国にいるそうですよ」
京は京都ってわかります。
天皇様と将軍様がいるんですよね。
信濃は日本のど真ん中って覚えがあるんですが、なんでそんな覚え方しているんですかね?
お昼過ぎにはお暇する予定が、規兄が盛り上がりすぎて、小笠原さんに弓を教わることになりました。
なぜか、こたたち風魔衆とつぐりんとひでりんも一緒です。
私はその間遊んでいようと思ったのですが、何して遊びましょう?
もう、シャボン液はなくなってしまったのです。
しず姉に断って、お庭に行くと、真ん丸い石を見つけました。
もう一個ないですかね?
お庭に落ちている石は、全体的に丸みを帯びているものが多いです。
なるべく、手のひらに収まるくらいの小さくて、真ん丸い石を探します。
しばらく探して、ようやく見つけました!
さて、お手玉できるかしら?
両手に石を乗せ、いざ!
右手の石を上に上げ、その間に左手の石を右手に移します。
上げた石を左手で受け取ろうとしますが、思わぬ衝撃で落としてしまいました。
ぐぬぬぅ。
やはり、石だと重いようです。
「珠は何をしているの?」
「何か遊びを思いついたのでしょうが、上手くいっていないようです」
しんちゃん、そこまでしず姉に説明しなくてよろしい!
もう少し小さい石なら成功するはずです!
小さい石を探し求め、お庭をうろうろしているときでした。
普通に石ではなく、作った方が早いのでは?と思い立ちました。
「しんちゃん、おえかき道具出して!」
縫い方が一番簡単なお手玉は、確か俵のような形をしたやつですね。
布が一枚あればできるのです!
完成図を描いて満足し、次にしず姉におねだりします。
「いらない布とはりをかしてください。あと、小豆があまっていたら、豆をわけてほしいです」
「何か作るのかしら?」
「はい!これを作るのです!」
お手玉の完成図を見せると、絵が上手ねぇと褒めてもらえました。
ちょっと待っててねと言われ、待つことしばし。
しず姉がお願いしたものを持ってきてくれました。
「もう使わない浴衣帷子でもよかったのかしら?」
浴衣帷子とやらがなんだか知りませんが、この目の粗さからすると麻ですかね?
「大丈夫です!」
早速、布を同じ大きさに切りわけます。
はさみがないので、小刀で裁断するのですが、そこはしんちゃんにお願いしました。
しんちゃんは器用に物差しで測って、真っ直ぐスパッと切っていきます。
同じ大きさのものを三枚作ってもらい、私はその間、針に糸を通すことに集中しました。
これがなかなか大変なのです。
糸の先がぷるぷると動くので、上手く入らないのです。
みかねたしず姉が、貸してごらんなさいと、両手を差し出してきました。
糸を通してもらうと、しず姉も針と糸を用意しています。
「一緒に作りましょう。どう縫うのか、教えてちょうだいね」
「はい!」
というわけで、しんちゃんに布の追加をお願いしました。
まず、辺の長い方を三分くらい縫しろを残して、一重のままざっくり縫います。
「ばーってぬって、ここを別のはりと糸でぬうの」
ここは、あとでやることがあるので、針と糸はそのままにしておきます。
辺の短い方を合わせて長方形にします。
この二枚になった部分を、今度は細かな縫い目になるよう縫っていきます。
「うぅぅぅ。しず姉、ちょっと待っててください」
しず姉の方が、縫うのが速くて綺麗なので、大変です。
最初に縫った方の反対側は開けたままにしておきます。
最初に縫った方の糸を引き、口を絞り
、糸をくるくるしておくといいらしいです。
「きゅーってしたら、ぐるぐるってして、ここをまたぬうの」
しっかりと縫い、布を裏返すと、袋状になりました。
その中に、程よい重さになるよう小豆を入れて、最初のように縫しろを残し、一重で縫います。
「小豆を入れて、ここもざーってぬって、ちょっと折ってきゅー」
縫い目が隠れるよう、口を内側に折ってから、糸を引っぱると綺麗にできるのです。
最後に、絞った口の部分をしっかりと縫えば完成!
三つのお手玉を作りあげると、しず姉が不思議そうにしています。
「これで遊ぶの?」
「そうです!二つの玉を、両手でこうごになげあいます」
実際に二つでやってみせました。
かしゃかしゃと小豆の音が響きます。
「なれたら、三つ、四つとふやしていくのです」
三つでやろうとしたら、一つ落としてしまいました。
うぅぅ。もう一回です!
「あう…」
とんとんぼとっと、何度やっても三つ目が落ちてしまいます。
しず姉も私を真似て挑戦しますが、三つはできませんでした。
「しんちゃんできる?」
物は試しと、しんちゃんにやってもらうと、あっさり成功するじゃないですか!!
「素早い動きでないと、これ以上は…」
とかなんとか言っていたので、四つに増やしてみました。
しゃっしゃっしゃっと一定の速度でお手玉が鳴っています。
しんちゃん、四つもできるじゃないですか!
「じゃあ、珠。私たちも練習しましょう」
そうです!
しんちゃんには負けてられないのです!!
まさか、お手玉で筋肉痛になるとは思いませんでした……。
いつになったら、小田原に帰るんだお前はっ!!
補足
武家故実:昔の儀式・法令・作法・服装などのしきたりの中で、弓術・馬術・戦術を加え、武家に特化したもの。
小笠原康広:しず姉の旦那様。北条氏康の家臣。
氏綱の母方の親戚で、お家柄武家故実に詳しく、小田原城下で町奉行を務めたり、いろいろと厚遇されていたらしい。
それゆえか、しずが嫁いだのちも領地を与えられたり、重要な役割を任されたりしている。
萩の餅:おはぎ、ぼた餅のこと。
平安時代には、その原型があった模様。
しかし、記述が残っているのが江戸時代のころからで、今のようにお彼岸や晴れの日に食べていた。
戦国時代、現在の埼玉県羽生市の風土記などで、1560年前後にぼた餅の記録があるらしい。
ただし、こしあんなのか粒あんなのか、米を潰しているかいないかなどの詳細は不明。
そのため、作中では珠の好みの粒あんにしてみた。
本来なら、秋に食べるおはぎは、古い小豆なので皮が固く、それゆえにこして食べやすくしているようだ。
戦国時代のおはぎ事情の情報がありましたら、教えてください!
お手玉:お手玉自体の歴史は古く、遊牧民の遊びだったとか、古代エジプトのレリーフに残っているとか、諸説がいろいろある。
日本では奈良時代のころに伝わると、貴族の間で流行った。
当時は石や水晶を使っていたものが、江戸時代後期に今のような形になる。
遊び方もいろいろとあり、作中で珠がやっていたのは振り技(ゆり玉)と言い、スタンダードなやつ。
歌いながらのお手玉は、明治以降になってから。
拾い技(寄せ玉)は玉の数によって遊び方がたくさんある。
「おさらい」など、地方で呼び方も違っている。
私は拾い技って遊び方を知りませんでした。
歌いながら、最後まで落とさずにするやつしかやったことないです。