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薄幸令嬢は吸血鬼を狩る者に愛される  作者: 中西徹


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41.薄幸令嬢、駄菓子屋に行く(4)

姉が自分に逆らったのだと理解した旭は、瞬時に怒り、夜光の肩から小夜を叩き落とす。


「華峰の家を出たからといって調子に乗りすぎですわよ!」


 地面に転がった小夜の両肩を掴みがくがく振る旭に、夜光は呆れたような視線を送るが、止めには入らなかった。


「殺してはいけませんよ。気が済んだらこちらによこしなさい」


 振り上げられた旭の手で頬を幾度もぶたれ、唇が切れて血が流れる。


「おやおや、かぐわしい香りにつられてきてみれば、何をしているんだい?」


 闇に浮かぶ月を、蝙蝠の形の影が遮ったと思うと、影は人の形になり、その場に降り立った。


「十夜様」


「やあ、夜光。君は何をしているのかな?」


 十夜の出現に夜光がうやうやしく礼をする。しかし、表情は苦々し気だ。


「我々吸血鬼の未来を切り開く可能性のある女の確保ですよ。我が王よ」


「この子は僕のお気に入りなんだ。手を出さないでくれるかな?」


 ちらりと小夜に視線をやると、旭が小夜を掴んでいた手を離す。解放された小夜は、地面に投げ出された。


「十夜様が、我々の未来を輝かしいものにしてくださるというのなら……」


「それなら何十年か前に言ったじゃないか。この国には吸血鬼も屍食鬼(ししよくき)も必要ない。


我々は、人々に知られないよう生き、そして忘れ去られていくんだと」


 苦々し気な夜光の言葉に、呆れ果てたように十夜が肩をすくめた。


 自身が目指す未来に興味のなさそうな十夜の姿に、夜光は牙をむき出し激昂する。


「いいえ、いいえ。我々は、人間よりも優れた生き物です。なぜ、そんな我々が忘れ去らなければならないのです‼ この娘の血を調べれば、昼も出歩けるようになるかもしれないのですよ」


 小夜の血を飲んだ夜光は、一時的に吸血鬼の能力を失い人間化した。


 その際、吸血鬼でいた頃には銀の刃で全身を刺され続けるような痛みを伴っていた太陽の下での行動が、何の痛みも感じなくなっていたのだ。


 一定時間たった後に、能力が戻った夜光は、あの血を研究すれば、昼でも容易に活動できるのではないかと考え、小夜を手に入れる機会を狙っていたのだ。


「さっきもいっただろう。夜光、お前は手を出すな」


 しかし、夜光を吸血鬼にした主でもある十夜は、夜光の考えに賛同してくれない。


数十年前、吸血鬼を増やしこの国で勢力を拡大しようと主張した夜光と、反対した十夜は袂を分かった。


 その関係は、今もなお変わらないようだ。


「くっ……。後悔なさらないよう……」


 十夜と夜光では力量に大きな差がある。


 力では敵わないと悟った夜光は、悔しそうな顔で旭に撤退を命じ、夜の街の中に消えていった。


「さてと、自ら危険に身を投じた身の程知らずな子はどこの子だい?」


「助けてくださって、ありがとうございます」


 差し出された十夜の手を避け、立ち上がり深々と礼をする。


 残念そうな顔をした十夜は、すぐに手をひっこめ、白いハンカチを差し出した。


「あなたの血の匂いに気づかなかったら、あのまま攫われていたんだよ。少し、警戒心を持ったほうがいい」


 無謀な婚約者を持った香月(かげつ)の坊やは大変だね。と笑う十夜に警戒の目をむけながら、袂からハンカチを取り出し額と口の端の血をぬぐう。


 ハンカチまで断られた十夜は唇を尖らせ、拗ねたような表情をしている。


「旭は、吸血鬼になってしまったんでしょうか……」


 問いかけられた小夜の言葉に、嬉しそうな顔をした。


「あれの研究で、一時的に吸血鬼の能力を開花させるなりそこないが作られるようになっているんだよ。あなたの妹もその類じゃないかな」


 本当は秘密なんだけどね。とおどけて言う姿に、旭のことを思いうつむく。


「吸血鬼も屍食鬼(ししよくき)も増やしてはいけないのではないのですか。どうして、そんなことを……」


「ああ、僕はね。あとは、秘密」


 自らの唇に人差し指を当てた十夜に、これ以上質問することは出来なかった。


「さ、あたりは夜だ。女性が一人で歩くには危ない。香月(かげつ)の坊やの元までエスコートしよう」


「結構です」


「おやおや」


 差し伸べられた手を無視して、ふらふらしながらも元来た道を歩き出す。


 その後ろを十夜がてくてくとついてくる。一定の距離をあけているのは、彼なりの気遣いなのだろう。


「これから、あなたの血を求める者は増えていくよ。香月(かげつ)の坊やがあなたを守るには、力が足りない部分も出てくるかもしれない。香月(かげつ)の坊やを守るためにも、僕の元にこないかい?」


 人気のなくなった町の道、十夜の声が大きく響く。


「……私が、瑛人(あきと)様のご迷惑になることは承知しています。でも、瑛人(あきと)様からいらないと言われない限り、離れることはありません」


 できるだけ十夜と距離をとろうと足早に歩くが、一向に距離は離れない。


「どうして? 香月(かげつ)の坊やだって、あなたの血が目当てで婚約しただろうに」


 痛い部分を突かれ、しばらく無言で歩く。


 小夜の血に有用性がなければ、瑛人(あきと)と関係を築くことも出来なかっただろうし、婚約も結べなかっただろう、という思いはいまだに持っている。


 それでも瑛人(あきと)は、小夜と真摯に向き合ってくれていた。


「たとえ、血が目当てだとしても……私を好きだと言ってくださいました」


 呟くように落された小夜の答えに、十夜が呆れた声を上げる。


「……まるで鳥の雛だね。生まれて初めて見た相手を親だと思い込む」


 地面を蹴り、宙で回転した十夜が小夜の前に音もなく降り立った。


「はじめにあなたを救ったのが僕だったら、僕を選んでくれた?」


 問いかける口調は軽かったが、目は真剣だ。


 断りの言葉を口にしようとした時、道の先から瑛人(あきと)が走って来るのが見えた。


「私の婚約者に何の御用でしょう、不知火(しらぬい)侯爵」


 かなりの時間小夜を探していたのだろう。冬だというのに汗だくで、着物も着崩れた状態の瑛人(あきと)は、かばうように小夜の前に立ち十夜を睨む。


「やあ、香月(かげつ)の坊や。君の目が届かないところで、危険な目に遭っていた婚約者殿をお送り差し上げただけだよ」


 必死の形相で小夜を守っている瑛人(あきと)を十夜がおちょくる。


「申し訳ございません、瑛人(あきと)様。人込みの中で旭を見かけて、思わず追いかけてしまいました」


 瑛人(あきと)に何も言わずに旭の誘いに乗ってしまったことに、今更ながら後悔の念が沸いてきて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「怪我を……」


「申し訳ございません……」


 小夜の額の傷を見とがめた瑛人(あきと)に、謝ることしかできなかった。


 このまま責めてしまえば、小夜が自分自身を責めてしまうと思った瑛人(あきと)はぐっと拳を握る。


「次から、必ず僕を呼んでほしい。そうでなければ、外出には連れていけないよ」


 怒りをかみ殺したような声に、はいと小さく返事を返していると、からかうような十夜の声が響く。


「おやおや、目を離した自分のことは棚上げかい? 小夜ちゃん、やっぱり僕の元に来ない?」


「お断りします」


 目に見えて(さいな)立ち始めた瑛人(あきと)を刺激しないよう、すぐさま断る。


 一瞬悲しそうな顔をした十夜だったが、すぐに楽しそうに笑う。


「これで断られるのは何度目だろうね。香月(かげつ)の坊やも来たことだし、僕はこれで退散させてもらうよ」


 くるりとその場で回転した十夜は、蝙蝠に姿を変え、そのまま飛び去って行った。


 (さいな)立った雰囲気の瑛人(あきと)と残され、どれだけ怒られるだろう。と、瑛人(あきと)の視線に怯えていると、両肩に手を置かれ大きく息をつかれた。


「どれだけ心配したと思ってる。もう二度とこんなことはやめてくれ」


「怒らないん……ですか……?」


「怒る人間は苦手だろう」


 瑛人(あきと)は、華峰家でいつも怒られ暴力を振るわれてきた小夜が、怒ってい人間を見ると体をこわばせることに早くから気づいていた。


 突然行方が知れなくなり、懸命に探した挙句十夜に口説かれているところを見た瞬間、頭に血が上った。


 旭を見つけたと、瑛人(あきと)に何も言わずに出ていった短慮もしっかり注意したいところだが、小夜の過去を考えると、言い方や雰囲気には気を配らなければならない。


 怯えさせたいわけではないのだ。


「あ……ありがとう、ございます……」


 戸惑うように瞳を伏せた小夜を見て、この対応で正解だったのかどうか不安になった。


「さあ、帰ろう」


 だが、差し出した手におずおずとだが手を重ねてくれたことで、その不安は消え去った。

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