ハヅキ、勝利する(完)
ドォーン、と。
轟音と共に土煙が上がり、周囲が見えなくなりました。
「な、なんだい!?」
誘拐犯たちが慌てふためいた声を上げています。
何が起こったかわからず、慌てているのでしょう。ふっふっふ、と勝ち誇った笑いを漏らしたいところですが、そうはいきません。
「え、なんですか、何が起こったんですか!?」
私にも何が起こったのかさっぱりなのです。
『わからぬ。ワシが出る前に、何やら爆発が起こったようじゃ』
そう、アーノルド卿が姿を現す直前に、この爆発が起こったのです。
どうしよう、と迷っていたら。
私の前に何やら大きな影が立ちふさがりました。
「無事かね?」
一瞬、その影に襲われるのではと冷や汗をかいた私ですが。
聞き覚えのある、優しく響く低音ボイスに驚きました。
「え、団長様!?」
そう、そこにいたのは。
王国最強騎士の名をほしいままにする、聖堂騎士団の団長様だったのです!
「聖堂騎士団長、シン・アヤノの名において命ずる! 何人たりとも、そこを動くな!」
響き渡った声にどよめきが起こりました。
風が土煙を晴らしていきます。すると、私を取り囲んでいたおじさんたちの外側に、五人の聖堂騎士の姿が見えました。
二十人 vs 五人なんて不利じゃ……と思うことなかれ。一騎当千の聖堂騎士ですからね、実質 二十人 vs 五千人です。しかも、その五人が束になっても敵わない、団長様までいますからね。
まさにオーバーキルな戦力。戦えば、チンピラーズは秒で殲滅されるでしょう。
「せ、聖堂騎士団長!? なんで!?」
チンピラーズが顔を青ざめさせました。
当然の疑問ですね。聖堂騎士の団長がこんな下町に来るなんて、まずありませんから。
ていうか、団長様の名前、初めて知りました。
シン・アヤノですか。なんだか旧作が新解釈でリメイクされてかっこよくなったような、そんな感じがしますね!
「子供を」
「はっ!」
団長に命じられ、誘拐犯の手からファナが助け出されました。
これでもう一安心です。騎士に連れられてやってきたファナが、泣きべそをかきながら「ひしっ」と私に抱き着きました。
「ケガはないですか?」
「あのおばちゃんに、ぶたれた」
「なんと。許せませんね。神の名において、倍返しをしてやりましょう!」
「これ。シスターが倍返しなんて言ってはいかんだろう」
団長様に、やんわりと注意されました。
はっ、そうでした。倍返しはいけませんね、正しくは等価交換です。右の頬をぶたれたら左ストレートで返せ、ですよね!
「それも違うぞ。まったく」
団長様が、深いため息をつかれました。
「衆人環視の中で悪霊を呼び出そうとしたり、倍返しと言ったり。本当に規格外だな、君は。コウメも苦労してそうだ」
え、コウメ?
それって、うちの上司の名前ですよね?
団長様、名前を知ってたんですか? いえ、知っていて当然かもしれませんが、その、なんていうか――ちょっと甘い感じの呼び方じゃありませんでした?
「さがってなさい」
私の素朴な疑問は聞こえなかったことにされました。
うーん、残念。なにやらドラマがありそうなのに。仕方ない、後でモニカさんに聞いちゃおうっと♪
「さて、と。ラード一家よ、年貢の納め時だな」
「ひっ」
団長様ににらまれて、誘拐犯の女性が引きつった悲鳴を上げました。
ラード一家って、なんだかおいしそうな名前ですね。有名なんですか?
「そこそこな。非合法の人身売買組織、いわゆる奴隷商だ。主に子供を狙う、タチの悪いやつらだよ」
なんと。悪ですね!
「そうだな。なかなか頭目にたどり着かなかったのだが、まさかこんな形で捕えられるとはな」
「ち、ちょっと待ちなよ。聖堂騎士団が、何の権限があって私を捕まえるのさ」
引きつった顔で、誘拐犯が反論してきました。
「あんたらの仕事は、教堂を守ること。違法な商売とはいえ、あんたらに取り締まる権限はないよ。捕まえるのなら警察呼びな」
「なるほど、こざかしいな」
ぎろり、と。
団長様が誘拐犯をにらみつけます。
「警察が相手なら、わいろを渡して逃がしてもらえる、という算段か」
なんと。
王都の警察、腐ってましたか。困ったものです。
「さあ、なんのことかね」
誘拐犯がうそぶきます。
「あんたたちも、法と秩序を守る立場だろ。それが法を破ってちゃ話にならないんじゃないのかい?」
「ふむ。それはそうだな」
誘拐犯の言葉に団長様がうなずきます。
むきー、こざかしいですが、理屈はあちらにあるようです。
ここはやはり、アーノルド卿をけしかけるべきでしょうか。アーノルド卿なら、闇から闇へ葬れるはずです。おっと、またシスターらしくないと怒られてしまいそうです。
「だったら……」
「だが、警察には渡さぬ。今回の件は我らの管轄なのでね」
誘拐犯の言葉をさえぎり、団長様が落ち着き払った声で返しました。
そして、ちらりと私を見てウィンクします。わ、ダンディのウィンク、かっこいいですね!
「ここにいるシスターだが!」
団長様が声を張り上げ、私を指差しました。
え、私? はい、なんでしょう?
「先日、大聖女の側仕えとなったシスターだ!」
「は?」
「え?」
ぽかんとする、ラード一家のチンピラーズ。
びっくりした目で、私を見上げるファナちゃん。
「え、ええっ!?」
「大聖女様の、側仕え!?」
そして、どよめく下町の人々。
皆様の視線が、私に集まってきます。え、ちょっと、団長様、それしゃべっちゃっていいんですか!? 絶対にバレるなと、幹部の皆様に釘を刺されてるんですが!
「大聖女が直々に指名したシスターだ! その身を守るのは、大聖女を守ると同義! ゆえに、我ら聖堂騎士団が守るべき者! その身を害しようとしたお前たちは……」
ジャキン、とチンピラーズに向かって剣を構える団長様。
それに続き、剣を構える聖堂騎士の皆様。
「我らが聖堂騎士団の敵である! 神の名のもとに、お前たちの罪を問う! 全員を連行しろ!」
「はっ!」
こうして。
王都で暗躍した奴隷商の一味は、大聖女の側仕えと聖堂騎士団の活躍により、一網打尽にされたのでした。
――と、記録されることになるんですが。
ちょっと待ってー! こんな大ごとになっちゃったら、私、やめるにやめられなくなっちゃいますよぉ!
◇ ◇ ◇
聖堂騎士団に守られて(というか、連行されて)大聖堂へ戻った私は、そのまま上司の元へ連れて行かれました。
「あんたって子は……」
事の顛末を聞いた大聖女様――改め大聖女様は、海よりも深いため息をつきました。
「行く先々で騒動起こして。どうして静かに修行に励めないのですか」
いや、私に言われても。
さすがに今回の件は、私のせいではありません。むしろ誘拐を阻止したということで、褒められたっていいと思います。
「ええ、褒めたいですよ。ぜひ褒めたいですよ。ですが聞きましたよ。あなた、大勢の人がいるというのに、『破門上等!』で悪霊を呼び出そうとしたそうですね?」
「えっ、なんで知ってるんですか!?」
大聖女様が、ヒクヒクとほおを引きつらせました。
「……そんなに私の側仕えがいやですか?」
「はい、どうにかして辞めたいと思っています!」
素直に答えた瞬間。
過去最高に鋭い「大聖女クロー」が、私の頭をつかみました。
「ふぎゃーっ!」
「言動には注意しろと! 前にも言ったと思いますけどね!」
わーん、タスケテー!
「あらあら、にぎやかですこと」
「大聖女クロー」から逃れようとじたばたしていたら、ほんわかした声が聞こえてきました。
「その辺にしてあげなさい。嫌がっているのに側仕えにしたのは、あなたでしょ」
「え゛!? モ、モニカ姉さま!?」
その声に、大聖女様が目を丸くしました。鳩が豆鉄砲を食ったような顔、てやつですね。それでも美人なのは反則だと思います。
「これは驚きました」
大聖女様だけでなく、アラフィフ・シスターのマイヤー様始め、従者の方々もびっくりしていました。
「久しぶりですね、モニカ」
「そうね、十五年ぶりくらいかしら? マイヤーも元気そうね」
あ、見知った仲なんですね。まあ「大聖女の姉」ですし、年齢的にも知っていて当然ですか。
「モニカ姉さま、どうしてここに! 王都にはいつ戻られたんですか!?」
大聖女様の手から力が抜けて、私はストンと落ちてしまいます。いたた、尻餅ついちゃった。
「ハヅキが通う小学校の校長は私ですから、事件の報告にね。王都に戻ったのは、七年前よ」
「七年前!? どうして連絡をくれなかったんですか!」
「だってあなた忙しそうだし。まあ、すぐ近くにいれば、そのうち気づいてくれるかと思ってたんですけど」
モニカさんが、はあ、と深くため息をつきました。
「七年も気づいてもらえないなんて、寂しかったわぁ」
「い、いえ、それはですね、あの!」
わぁ、珍しい。
大聖女様が焦ってる。ふーん、モニカさんには頭が上がらないのか。
これは、色々ネタを持っていそうです。
よし、モニカさんとは、もっと仲良くしておこう♪
「さて、私からの報告は少し長くなりそうだし」
慌てる大聖女様を横目に、モニカさんが私に微笑みました。
「ハヅキ、あなたはもう休みなさい。ちゃんと宿題するんですよ」
「はーい!」
おっと、先生に言われちゃったら、しょうがないですね。
ラッキー♪
「では、失礼します、コウ……じゃなかった、大聖女様!」
「ちょっ!? あなた、今、私を何と呼ぼうとしました? こら、逃げるな、待ちなさい!」
「はいはい、大聖女様、先に私の報告を聞いてくださいな」
「モニカ姉さま、あの子に何か教えましたね!?」
「さあ、なんのことかしら?」
おほほほ、と笑うモニカさんの笑い声を背に、私は会議室を飛び出しました。
よし、脱出成功!
「うわっ!」
びっくりしました。
薄暗い廊下に、ぼんやりと人影が浮かび上がっていたのです。一瞬「出た」のかと思いましたが。
「リリアンさん。何してるんです?」
会議室の扉にもたれかかり、無言でたたずんでいたのはリリアンでした。
床に向けられていた視線がゆっくりと上がり、私に向けられます。
「楽しそうね、あんた」
「え? いえ、別に楽しくはありませんが……」
「そう」
じっと私を見ていたリリアンですが。
会議室の中から、大聖女様が何やら叫ぶ声と皆様の笑い声が聞こえてくると、ぷい、と視線をそらしてしまいました。
「大聖女様って、あんな風に声を上げたりもするのね。私、静かにほほ笑んでる姿しか見たことない」
「まあ、親しい方ばかりですからね。気が緩んでいるのでは?」
「そう。その場に……あんたは呼ばれるのね」
「は?」
声が小さくてよく聞こえませんでした。何と言ったのでしょう?
「なんでもない」
扉から離れて、リリアンが私に背を向けました。
「あの、リリアンさん。何か用があったのでは?」
「ないよ。私は……呼ばれていないもの」
振り返りもせず、ぽつりとつぶやくと。
リリアンは薄暗い廊下の向こう――闇の中へと、姿を消してしまいました。