第74話「たとえかつての仲間でも」
情はない。──否、完全にとは言い難い。それほど長い関係でもなかったが、ともに世界を救う旅をした仲間だ。今となってはただの魔物だが、その武具や身のこなし、邪悪ではあるが覇気ひとつでさえ、かつての勇者ブリッツそのものだった。
とはいえ。とはいえ、だ。エイリアは感情と行動を切り離して考えられる生物であり、必要とあらば元仲間であろうとも実験台にできる。むしろ現時点で最良とも呼べるパートナーでさえ耐えうると分かればいくらでも投与する気だ。
だから相手がブリッツであろうと容赦なし。片腕のもぎ取れた状態──しかも盾を持っていた側の──であれば確実に勝てるだろうと算段を立てていた。
「やっぱ詠唱無しでワンランク落とすのはダメだねぇ。聖獣クラスで呼ばないと耐久性に難ありだ。そのうえ負けたら消えてしばらくは呼べないし、魔力の浪費だ」
杖を高く掲げ深呼吸をする。片腕が砕けたブリッツが前進しようとするのを消滅しかけていたルミエとテネブルが脚部に咬みつき、動きを止めた。
『あの馬鹿が。俺たちも最初から聖獣として召喚しろってんだ、サボりやがって。あれが契約者だと思うと頭が痛いぜ! なあ、ルミエ!』
『いいじゃないか。そのうち呼ばれるさ、わかるとも』
完全消滅し、光の塵となって消える。エイリアはそのわずかな時間を使って杖を頭上に掲げ、最大まで高めた魔力を放ちながら詠唱を行う。
「────聖なる祈りは空へ紡がれる。我が意志、我が魂、我が命を以て、その尊厳と共に降臨せよ! 大地の獣!──召喚魔法〝ティオラ〟!」
地面が揺れ、ひび割れる。隙間に眩い閃光が奔り、闘技場の砂が一か所に集まって大きな人型の上半身を作った。
『気持ちよく寝てたのになあ~~~。おれを使うなんてどんな仕事かと思えば、これまた懐かしいやつだなあ~~~。見た目は違っちゃってるけど~~~』
大地の獣、ティオラ。砂で出来たからだを持ち、弱点がほぼ存在しない〝不死の聖獣〟。弱点は明確にひとつだけ存在したが、今のブリッツには倒す手段がない。ただ破壊力に関しては低くエリュトロンに比べれば貧弱だと言える。
それでもエイリアが召喚したのには理由があった。
「なんか死んでたっぽくてさ。構わないだろう、ティオラ。もうあれは私たちの知っているブリッツじゃあない。ちょっと捕まえてくんないかな?」
『……そうかあ、仕方ねえなあ。任せとけえ』
ティオラが巨大な腕を地面にぐっと押し付ける。闘技場の舞台は砂地であり、すべてが彼そのものとも言える場所。無数の砂で出来た腕が伸びてブリッツを捕まえようとした。
「エイリアよ。この聖獣の動きはワシですら緩慢に見えるぞ、あんなものでどうやってブリッツが捕まると言うのだ?」
「ああ、スケルトンには習性があってね」
杖でブリッツを指す。いくつもの腕をかわすのではなく剣で振り払っている。
「もともとスケルトンは人間の執着や恨み、後悔から成るものだ。痛覚がなく戦闘における強さは生前に準拠するが、彼らは共通して〝敵と認識したら交戦する〟という点がある。だからアイツは今、目の前にある手に夢中なのさ」
ルミエとテネブルが危険をかえりみずに突っ込んだのも、エイリアが後方の援護で仕留めるためだった。魔力の消耗を少なくするのに手間を省こうとしたので失敗には終わったが、ブリッツとて例外ではないのだと分かれば最も適した聖獣で足止めをしてしまえば、もはや敵ではなかった。
「さあ、仕上げの時間だ!──〝ロック・インパクト〟!」
巨大な黄金色の魔法陣がブリッツの頭上遥か高くに出現し、高い魔力を代価に巨大な岩石が生成され落下する。スケルトンを潰すには十分すぎる威力だが、彼女は振り返って「フラッド、君の全力の一撃を岩の上からたたき込んでくれ!」と指示を出す。
「相手はブリッツのスケルトンだ、油断はできない!」
「うむ、良かろう! ワシが貴様の期待に応えてみせるぞ!」
風すら置き去りにするような速さ。紫紺のオーラを纏いながら、歯をギリギリ鳴らして駆けていく。ひと息に岩石の上にまで飛び跳ねると、宙を蹴って強烈な拳の一撃を放つ。闘技場全体が揺れ動く破壊力は、エイリアの魔力によって構築された岩石でも容易く砕いてみせた。
サラマンドラのとき以上に限界まで力を籠めたフラッドはエイリアのもとへ戻って来ると、ぜえぜえ息を切らして「これで良かったか」と尋ねる。
舞い上がった砂塵がおさまったとき、彼女は頷いた。
「ああ。どうやら私たちの勝利のようだ」




