第75話「私が楽しければ問題ない」
残ったのはブリッツの遺品。魔王を切り裂く稲妻を纏った聖剣トールと、厄災から身を守る最強の盾ゲニウス。旅の最中に手に入れた神々の武具。エイリアが振れると、どちらも砂になって消えてしまった。
「ぬあ……。砕けてしもうたのか?」
「最初から、もう壊れかけてたんだろうね」
エイリアの行使した魔法とフラッドの打撃に耐え兼ねて、その役目を終えてしまったのだろうと推測する。おかげで誰かに悪用される心配もないと前向きに考えた。
「ま、持ってても私が使うようなものじゃなかったから別にいいけど。……にしても、どうしてこれほどの武具を身に着けたまま死んでしまったんだろう?」
「レディたち、ゆっくり考えている暇はなさそうだぞ」
ロッソが何かの気配に気づき、目を細めて指をさす。
「新しい客だ。次から次へと厄介なダンジョンだな」
ゆっくりとやって来たのは肌の青白い女だ。銀髪に紅色の瞳。鋭く尖った牙。人間のような姿をしていてもフラッドとロッソには気配ひとつでそれが魔物だと分かる。それも並大抵の強さではない、と。
「……懐かしい匂いがしたので来てみれば、これはこれは。エイリア・ファシネイトではないか。貴公も我の首を獲りにでも来たのか?」
ニヤリとする女。エイリアは睨みつけ、ため息をつく。
「魔物がいつまでも出てくるんじゃキリがない。……って話でわざわざこんな遠い雪山に足を運んでみたら、まさか君に会うとはね。ハイディス」
真っ赤なフリルシャツ。黒革のパンツ。人間の服を身に着けるような魔物の種は非常に少なく、その身体的特徴も含めてフラッドは小さな声で「ヴァンパイアがなぜここに」と不思議そうに見つめた。
「そうか、フラッドやロッソは穏健派だから直接会うのは初めてか? あいつはハイディス。──たしかに私たちが討伐したはずの魔王だ」
すべての魔物の頂点。邪悪の化身。厄災そのものこそが魔王ハイディス。本来ならば消滅し、魂さえ残っていない存在が目の前にいる。
「まさか生きてたとはね。このダンジョンが存在する理由も、ブリッツが武具を持ちながらスケルトンになってしまったのも君が原因だな?」
「さあて、どうかな。我が貴公にこたえてやる義理は……ん?」
話を最後まで続ける気のないエイリアは、そうそうに彼女を今度こそ抹殺してやろうと杖を構える。魔力もそこそこに消費しているが、念のためティエラは召喚したままだ。倒し方も分かっている。敗北しただろうブリッツやイエロのことを考えながら、自分は当時よりもさらに強くなっているという実感のあるエイリアの闘志は確かなものだった。
「覚悟したまえ、ハイディス。あれからまだ二年だ、君が受けた傷を考えれば全快というわけでもないだろう? 次は確実に息の根を止めてあげよう」
「待て待て! 違う、我ではないから落ち着いてぇ!?」
涙目で大慌てに手をぶんぶん振るハイディスは、ぺたんと座り込んで「違うんだ、このダンジョンも我が作ったのではなくて最初からあったんだよお!」と否定する。わんわんと泣き喚く姿はただの少女にしか見えず、急に拍子抜けしてエイリアも杖を降ろす。
「……えーっと、つまりどういうことか説明してくれる?」
「あ、うん。それはその、ゆっくり聞いてほしい」
指先で涙を拭いながらハイディスは思い返すのも辛そうに。
「二年前、貴公らが我を封印しようとしたときのことだ。あの、なんといったか。白魔法を使う聖女の術式はどうやら完璧ではなかったらしく、我は力のみを奪われ生き延びていた。運よく貴公らに見つかることもないままにな」
激戦の末に敗れたハイディス。その身は人間より少しマシに動ける程度のレベルまで落ち、それは魔王と呼ぶにはあまりに貧弱すぎるほど。すべてを悟った彼女はどうにか自らの力を取り戻して復活を果たそうと二年ものあいだ息をひそめて人間に紛れながら生き、やっとの思いで少し前に辿り着いたのがディグ山脈のダンジョンだった。
「ここには得体の知れない魔力が満ちている。我が力を取り戻すためには、きっと最奥に辿り着かねばならないと確信した……のだが、実はもう数日も上のジャングルフロアで道に迷い、彷徨っていて……そうしたら貴公らを見つけたので、この際誰でもいいから助けてもらおうと声を掛けようとしたんだ。なのにあのスケルトンがいきなりどこかから出てきて、もうどうしたらいいかわかんなくてぇ……!」
泣きじゃくる姿は魔王というより一介の少女にしか見えない。だんだんと哀れになってきたエイリアは杖を片付けると呆れたように「仕方がない、いっしょに来るかい?」と、相手が誰であるかを知りながら手を差し伸べた。
「ワシは反対じゃ。こやつが力を取り戻したら絶対に裏切るに決まっているだろう? 背中からずどん!……なんてこともあり得るのにわざわざ連れていくなんぞ馬鹿のすることではないか。今は貧弱だがもともとは魔王なんじゃろ」
これにはロッソも同意して頷く。
「吾輩もだ。世界を一度は支配しようとした者だぞ、いくら見目が大人しいレディとはいえ何を企んでいるかも分からん者を仲間にするのは理解ができん」
ふたりの考えは至極まともで本来なら聞き入れるべき話だが、エイリアは軽々とした態度で簡単につっぱねてみせた。
「いいじゃないか、そのときはそのときで。楽しそうだしさ」




