第68話「聞きたくもない話を聞くのは時間の浪費」
どうあっても彼のことを好意的に思おうとしないエイリアに押し切られる形で、出発は夕刻になってからとなった。本来、暗くなってからの山道は危険だが、ロッソは「夜は活動的な魔物もいない」と寒さの厳しい環境下ではただの動物とそう変わらない事実を語り、自身もまた防寒の準備をする。
「スープのひとつでも作っていこうではないか。魔物のレディはともかく魔導師くんは人間だろう? いくら魔法があっても空きっ腹や喉の渇きには長時間耐えられまい」
魔物と人間では耐えられる時間に大きな違いがある。フラッド自身も毎日のように食事をしているが、実際のところ食べなくても二週間は平気でいられる特殊な体質を持ち、多少の差異はあれど魔物のほとんどは同様に飲まず食わずでも問題ない。
だがエイリアは違う。いくら魔物を超える強さを持っていたとしても、その肉体的構造は魔物と程遠くか弱いものだとロッソは指摘する。
「……ふうむ、確かに一理あるね。では私も手伝おう」
「ムム? 魔導師くんは料理が得意かね」
「作るのは嫌いじゃないんだ、薬も料理も」
昔からそうだった。薬学に没頭する以前も、小さな頃から体を動かして遊ぶことより積み木で立派な城を建てているほうが好きだったし、楽員時代は周囲が既存の術式を覚えるのに苦労するなかで、彼女だけは新しい術式の開発や既存の改良に手を出して周囲より飛びぬけて優秀な存在だった。
薬学に没頭し始めてからは料理などめったとしなくなったが、それでも気が向けば丁寧に時間をかけるくらいには趣味のひとつとして数えられていた。旅に出れば、じっくりと手作りするほどの気にはならないまでも、こうしてゆっくりと時間が取れるのならば率先して手伝おうと口にするほどだ。
「ハハッ、なるほど。それは良い趣味をしている。思っていたよりも魔導師くんは吾輩と気が合うかもしれんな?」
「それはない。断言するが、それはない」
「……うむ。しかし、あれだな。こうして作っていると、つい最近のことを思い出すよ」
料理をすすめるうちに、ぽつりとロッソが言った。
「以前、君たちと同じようにダンジョンへ向かって行った冒険者三人が訪ねて来たときもスープを振舞ったんだ。お互い、体を鍛えるのが好きだと言う理由で気が合ってね。……しかし、彼らが戻ってくることはなく、ひとりの女性が下山しただけだった」
エイリアは、彼の言う人物がおそらく勇者一行であると理解しながら、知らないふりをして「そうなんだ、残念だね」と同情するような目を向けた。
「助けに行こうとは思わなかったのかい? 君がディグ山脈では支配者と言って差し支えない実力があるのは分かってる。それほど危険なのか?」
「う、む……そうだな。そのつもりだったんだが」
彼は途端に動揺し始める。額には汗を浮かべて、つくった拳が悔しそうに震えていた。
「もちろん中に入ったとも。だが、見たのだ。……いてはならないような魔物が、そこにいたのだ。吾輩でさえ足のすくむような危険な者が」
真剣に語る彼のすがたをウザそうにエイリアが目を細めた。
「それ最後まで聞いたほうがいい話だったりする?」
「こういうとき空気読まないタイプかね、君」
「だって聞いたところで行かなきゃならないんだ、意味ないでしょ」
やれやれと肩をすくめて鼻で笑う。突然の命の危機に驚くことはあれ、みずから踏み込むときは何も気にしないのが彼女だ。
「私は君が怖いというのなら入口までの案内でも構わないよ。どうせ大した魔物でもあるまいし……ダンジョンには親玉がつきものって思ってるからね」
けらけら笑ってスープの鍋を混ぜるエイリアに、初めてロッソは小さな舌打ちをして、どこまでも落ちていきそうな深いため息をつく。
「君は分かっておらんのだ、魔導師くん。あのダンジョンは最初からあったものじゃない。ある日突然、そこに現れた場所なんだぞ。……君はもっと恐れるべきだ、魔導師くん」
彼の忠告に耳を貸す気配はなく、エイリアはスープをおたまですくって味見をしながら、しっかりした言葉の強さで返す。
「だとしても関係ない。私はいちどやると決めたら最後までやる、何がなんでもね。……ああ、ところでひとつさっきから気になってるんだけど、なんで〝魔導師くん〟なんだ、さっきまで呼び捨てだったのに」
「……なんとなく語感の良さを感じて呼んでみたのだがダメか?」
「なんか背中がぞわぞわするからやめてくれ、落ち着かない」




