第55話「さあ、ここからが勝負所」
魔法院へやってきて、深呼吸をしてからなかに入った。
ただでさえ訪問客というのがめずらしい魔法院でいっそう視線を集めたのは、〝あのエイリア・ファシネイトがやってきた〟からである。まるで珍獣でも見つけたように騒ぐ者もいたが、彼女はまったく気にも留めることなく広いロビーを抜けて廊下を進む。
「のう、エイリア」
小声でフラッドが話しかけた。
「なに。今はあまりしゃべらないでくれると助かるんだけど」
「貴様、腹が立たぬのか? 連中さっき……」
フラッドはいくつもの声を聞き分けられる。そのなかで耳にした『見ろ、英雄もどきのお出ましだぞ』といった遠回しな暴言に、エイリアになついている彼女は、いますぐにでも頭を引き千切ってやろうかと思うほど苛立った。
「気にしなくていい。所詮は私のようにもなれない落ちこぼれさ。魔法院でいつまでも研究生でいるようなヤツだ、何年も前に見たことがあるが、着ているローブが黒いヤツってのは最下級。ゴミみたいな成績のヤツが着るものでね」
魔法院では、教授も研究生も全員が振り分けられた色のローブを身に着ける。階級の高いものから青、紫、赤、白、黒の五色からなり、黒を着ているものは魔法院内では『落ちこぼれ』とされる。かといって差別を受けたりはしないのだが、エイリアだけは魔法院の研究生だった頃からローブを絶対に身に着けなかったので、批判も多かった。
「なら貴様はどの色のローブを与えられておったんじゃ」
「青だ。学年に三人までと決まっていて、私とカレンは青だった」
「でも嫌われておった……と?」
「うん。まあ、彼らと私では魔法に対する価値観も違ったし」
「ここにいる連中は気に入らぬ……」
「そういうものさ。だから彼らは魔法院から出られない」
エイリアのようにあらゆる属性魔法に長け、魔法薬学にも秀でていたら。あるいはカレンのように白魔法を完璧に扱えたのなら。彼らも違った道を歩んだことだろう。しかし、多くはそうではない。所詮は研究生。ちいさな箱庭でしか自分の存在を証明できず、魔法という奇跡に頼っているという自覚がない。突飛な才能もなく、考え方も極めて平凡。それが研究生たらしめていた。
「私が英雄になったのは勇者の腰巾着だったから。そんなふうに思ってるんだよ。結構努力してたんだけどね、途中でクビにされたのも実力不足じゃないし」
問題は金遣いの荒さだ。勇者たちといっしょにいれば研究費に苦しむことはないと思っていた。魔法院時代は周囲からのやっかみに加えて教授たちとは考え方が相容れず仲が悪かったので、自分に回される研究費は最低限のものでしかなかった。エイリアはそこから解放されて、とにかく金を使い込むようになった。
今ではすっかり貯蓄もなくなり、金になるかどうかも怪しい小さい土地しかないためか、節約することも多少は覚えもしたが。
「さ、それよりも着いたぞ。驚け、フラッド。ここが魔法院が誇る最上級の魔導師が集う場所──ロジェスティラ議会の議事堂だ」
ばんっ、と大きな音を立てて押し開けられた二枚扉の向こうには、魔法院のこれまで見て来た造りとは異なるふんだんな装飾と、宙に浮く巨大な魔法石。それを取り囲むように用意された椅子に腰かけ、円卓で向かい合った魔導師たちが険しい顔をした。
全員の着るローブは青。迫力を感じられる者ばかりだ。
(うむ。たしかに凄腕の者が集まっておる。しかし……)
エイリアには遠く及ばない。どれほど凄腕の者たちだったとしても。
ひとりの老人──議会のなかで最も年老いている──が言った。
「なにをしに来た、エイリア。ここはおぬしの来るべき場所か」
「もちろんさ、ディアトルト。君たちに話があってここへ来た」




