第56話「笑いをこらえるのは大変だ」
魔法院にエイリアが直接出向いてくること自体が考えられない。よほどの話なのだろうといったん会議は中断し、ディアトルトは「話してみなさい」と返した。
ふと、森にいた魔導師ふたりが議場にいるのを見つける。
(これはちょうどいい! 連中がいるなら話はスムーズに終わりそうだ)
あれこれと頭のなかに吐き出せる言葉を集めていたが、頭の固い老人たちを納得させるのに彼らの存在があるなら、必要以上に並べ立てる必要もないだろう。「じゃあさっそく本題だけど」とエイリアは強い確信をもって切り出す。
「手短に言うと君たちが魔導師を派遣した森の所有権を主張したい」
「……具体的に述べよ。あの森は資源が豊富だ、安易に譲るつもりはない」
「通常の倍ほどの大きさをしたサラマンドラを見つけた」
議場がざわつく。サラマンドラはただでさえ強力な魔物だ。上位の魔導師たちでさえ苦労する難敵が、その倍の大きさともなればどれだけの脅威かはだれでも理解できる。だが、それは嘘である可能性もじゅうぶんにあった。ほかの誰も見ていないからだ。
「もし真実であるならば、おぬしは証明できるのだろうな」
「もちろん。完全に消し飛ばしてしまって証拠はないけど……」
杖を持ち、エイリアは広い議場のなかで召喚魔法を使う。神の遣いである聖獣は決して嘘を口にしない。呼び出されたエリュトロンをみて彼が頷くのなら真実だと反論もなかった。『これだけのために?』とエリュトロンはいささか不服そうではあったが。
そしてさらに畳みかけるため、彼女は言葉を続ける。
「さて証明はこれでじゅうぶんだろう。もうひとつ付け加えるとしたら、森の所有権を欲しがっているのは私よりもリーベルタースのご令嬢、カレン・リーベルタースだ。彼女が生存していた件については、そこの役立たずの魔導師ふたりが知っているはずさ」
黙ったままディアトルトは深くうなずき、じろりとふたりの魔導師をみた。
「報告が遅れました、ディアトルト様。たしかに彼女の言う通り、カレン・リーベルタースは生存しており、我々も直接お会いしました」
「よろしい。今回はおぬしの言う通りらしいな、エイリア」
「おっ、話の分かるじいさんで助かるね」
「────しかしそれでも譲る気はない。カレンを連れて出直せ」
「はあーっ!? なんでさ! 見たまえ、この子を!」
ずいっと背中を押してフラッドを前に出す。
「この子は森で暮らしていた少数民族の子だが、サラマンドラに襲撃を受けて生き残ったのは彼女だけだ。カレンはこの子の面倒を見るために、今は森で白魔法の保護結界を張っているんだぞ。君たちはそれでも資源が優先だっていうのか!?」
いたいけな少女のうるんだ瞳と怯えたようにきゅっと体を縮こまらせるすがたは、普通の人間ならば感性の働くところであったが、彼らは魔導師だ。「それがどうした? ほかの場所で生活させればいい」と毅然な態度を崩さない。
「おじさん、だめなの? 私はもう森で暮らせないの?」
わざと女の子ぶったフラッドの甘える声に、エイリアが思わず噴き出しそうになって、口角が痙攣するようにひくひくと動く。
「おじっ……なるほど、実に良い子だ。ならば我々が所有権を持っても森で過ごせるように何か考えてあげよう、どれ、こっちへおいで」
「議長! 若く見られたからと言って甘やかしてはなりませんぞ!」
「む、ごほん。すまない、つい嬉しくなってしまった……」
ふだんから老人扱いばかり受けるディアトルトとしては、いたいけな少女の純粋な言葉──実際にはあからさまなご機嫌伺いなのだが──に、つい気を良くしてしまったようだ。これには聞いていたエイリアもクックッとさらに笑いをこらえた。
「あのディアトルトも子供には弱いな。それで、結局どうすんのさ?」
「ウム。……魔導師同士、互いの主張が通らないのであれば────」
「決闘というわけだね。いいだろう、受けて立つよ」




