第53話「正直、思い出したくないことだけど」
遠く来た道を引き返し、ときどき馬を休ませたり、ぐっすり眠ったりとだらだら過ごしながら数日を掛けて、ふたりは最初に出会った森のちかくまでやってくる。小さく都市部が見えると、町を取り囲む城壁よりも背の高い塔のような建物を指差して「あれが王立魔法院だ」とエイリアは嫌そうな顔をした。
彼女には因縁しかない最低の場所。幼少の頃は魔法の学び舎として通い、環境に馴染めないまま大人になった。足を踏み入れるのも気分が悪いとさえいう。
「本当に嫌ってるんじゃのう。そんなに嫌な思い出が?」
「なんていうか……私は周囲から浮いてたのさ。いつだって比べられた」
名門リーベルタース家の息女であるカレンだけが競争相手だった。いつも控えめなカレンと自由奔放なエイリアの性格上、ライバル視などはしていなかったが、周囲はいつも勝手に比べられてきた。それが心の底から嫌だったと彼女はため息をつく。
「白魔法ってのは才能がなければ扱うのが難しい。私は彼女以上の魔力を持ち、あらゆる魔法を究めてきたが、いつだってみんなはカレンの味方。淑女的で可愛らしく、白魔法しか使えないながらも右に出る者のいない才能の持ち主だったしな」
年齢的にも肉体的にも成熟するまで優秀とはいえ人間としての域を出なかったエイリアは、いくら属性魔法を究めてみたところで『どこにでもいる秀才』程度の扱いをされた。いっぽうでカレンは白魔法しか使えないながらも、その扱いが難しく彼女以上に究めた人物がいないために、誰もが彼女を支持するに至った。
いつだってカレン・リーベルタースの周囲には仲間がいっぱい。努力しても追いついている気がしなかったエイリアは、周囲の気を引こうと、特殊な分野であった魔法薬学に手を出すようになる。それが仇となったのか、気付けばひとりぼっちで研究室にいる時間が増え、いつしかだれも自分の傍にはいなくなった。
それが、今のエイリア・ファシネイトの誕生である。
「当時は今よりも魔物が多くて、白魔法があれば解毒も傷の治療もできるからって、みんな魔物を倒すための魔法薬ばかりを研究してたからね。私の研究は鼻で笑われた。いつか見返してやるって思ったよ。……ま、今も完成とは程遠いんだけどさ」
「貴様と同じ研究をする者はひとりもおらんかったのか」
「いなかったわけじゃないが、私のせいでやめちゃったんだよね」
「……え? それはつまりあれか。貴様が優秀すぎる、みたいな?」
彼女はきゅっと口を結んで首を横に振った。
「みんなが馬鹿だから薬の実験台に使ったら『お前とはいっしょにやっていけない』って言われちゃって、気付いたら研究室にひとりぼっちさ。独占出来て最初は気分が良かったけど、まあそれからすぐ勇者一行として旅に出たからほとんど使えなかったな」
十中八九自業自得だし、なにより今もその性格が直っていない──本人は直すどころか自覚すらないが──ので、フラッドは苦笑いをするしかなかった。
「だって仕方なくない? 私、動物実験って嫌いでさ。魔物でも捕まえて使えばいいのに、いつだって研究にはうさぎだねずみだって、命を弄んでるだけじゃないか。彼らよりも私たちのほうが毒性に対しては強いんだから、いっそ自分たちで試せばいい」
「……貴様はなかなかに歪んでおるのう。同族意識とかないのか」
そう問われたことをエイリアは完全に否定した。
「そんなもので魔法の発展を妨げるほうが歪んでるよ。だから自分のからだでも試してきたんだ。おかげで英雄と呼ばれるほどの魔力と、人間とは思えないような身体能力もてにいれることができた。とても幸せとは程遠いけどね」
しばらく馬を休ませたら再び御者台に飛び乗って、都市へ向かう。ちょっとした昔話をして嫌な気分を吐き出したら、大きな深呼吸をして気持ちを切り替える。
「ま、昔と今は違う。それよりも気合入れろよ、ここからが本番だからね」




