第31話「実はそんなに嬉しくない再会」
銀髪の女は首をぶんぶん振って「違いますの!」と必死に言葉を並べた。
「人の言葉が聞こえたから、てっきり人間だと思いましたの! そ、それで、ちょっと振り返ったらその、角があって、ちょっと驚いただけですわ!」
涙目ながらの訴えに、フラッドは敵意を捨てて握った拳を解く。
「なんじゃい、ただの臆病者なら良い。ワシも別に戦う気などないからの」
「よ、良かったですわ……で、でもそちらのトロールは……?」
「ん。ああ、こいつはガント。安心せい、ワシ以上に人懐っこいぞ」
「そうなんですのね! ほっ、殺されるかと思いましたわ……」
みすぼらしい浮浪者のような外見。どこの誰かもわからないが、魔物のいる森をなんの装備もなくウロついているのであれば、放っておくわけにもいかない。「待っていろ、すぐにひとを呼んでやろう」とエイリアを呼び止めに行こうとして。
「あ、聞き忘れておったわ。貴様、名は?」
「え……ああ、カレンですわ。カレン・リーベルタース」
「ん! わかった、では少し待っておれ!」
まだそう遠く離れていないだろうエイリアを探すために森のなかを走り、自慢のきゅう覚で彼女の痕跡を辿る。すこし進んだ先でローブにリンゴを押し込んでいた。
「何をしとるんじゃ、貴様は。自分だけ美味いもん持って帰ろうと?」
「あっ! いや、これはあれだよ。いっぱいあったから君にもと思ってね!?」
「ええわい、そんな嘘。それよりも、あれじゃ。人間が近寄ってきてのう」
「……人間? トロールみたいな魔物もいる森に?」
あまりにもみすぼらしい格好をしていたとフラッドから聞き、その外見の特徴についても銀髪であったり、女性であったりと違和感を覚えるなか「その子、名前は聞いた?」と尋ね、彼女はこくこく頷いて。
「おお、もちろん! たしかカレン──あっ、カレンと言うておったわ! さっき貴様から聞いた名と同じであった!……よ、よくよく考えれば声も似ていたような」
訝ったような表情のフラッドの肩をぽんと叩いて「オーケー、行こう」とリンゴを包んだローブを担ぐ。
(……あの記録は本物のはずだけど、まさかね。とはいえ亡霊ってわけでもなさそうだ。会って確かめるのがいちばん手っ取り早い)
急ぎ足で湖へと引き返す。自分の目で見たもの以外は信じないぞという気持ちで瞳に映った相手を見て、担いだローブをするりと落とし、りんごがあたりに散らばる。
だがエイリアはすぐに不愉快そうな顔に変わって言った。
「……うわっ、本当だ。生きてたのか」
さっきまで寂しそうにしていたのは嘘だったのか、とフラッドが疑惑の目を向ける。「貴様、嬉しくないのか?」と言葉を掛ける。彼女は振り返って苦い顔をしながら。
「嬉しくないに決まってるだろ」堂々と言い放った。
カレンを指差してさらに彼女は続ける。
「だって私の研究成果をふいにしたヤツらのひとりだぞ。そりゃあ死んでたら懐かしくも思ったさ! でも見てみたまえよ、めちゃくちゃピンピンしてる!!」
どうやら根に持つタイプらしく、追放されたときのことをいまだに恨んでいるようだ。研究成果はすべて頭に入っているが、まとめられていたあらゆる資料は作成し直し。おまけに役に立てることもなく、ふいになったことへ悔しさをにじませている。
「エイリア……それについては深く反省してますわ。いいえ、正確にいえばわたくしは最初に反対したのです。あなたの研究はあなたにしか出来ないものだと」
「だったらなんで君は私が追放されたとき声も掛けてくれなかったのさ」
「あの激渋な薬品を無理やり飲まされる方が怖くて……」
顔が青ざめる。今までどれだけの苦労を重ねるのを強要されてきたのだろう、とフラッドさえ哀れに思うくらいカタカタ震えていて、しかしカレンはフッと弱々しく笑って「それでも、おかげで助かりましたわ」と湖をみた。
「この湖には大きくて危険な魚がいましたわ。夜、水を浴びようと近づいたところ、いきなり湖から出てきて襲われてしまいましたの。……呑み込まれて、もうだめだ、と思ったときに私には使えないはずの〝属性魔法〟が発動しましたのよ」
理由は単純に、彼女の魔力を増幅させるため常日頃から自らの魔力を用いて薬品を生成していたエイリアの魔力が体内に滞留して、危機に瀕したときに偶発的ではあったが使うことが出来たのだろう。
その魔力の強さはカレンですら驚くもので、その際に杖が耐えきれず炸裂したことで湖のヌシに吐き出された。ただ、その際に魔石だけが残り、彼女は癒しの魔法も使えないまま森のなかをさまよって、慎重に魔物を避けながら今日までを生きながらえてきた。
「ありがとうございます、エイリア。今となってはあなたのおかげですわ」
「いや~、それほどでも~。けど、じゃあほかのふたりは?」
勇者ブリッツ、剣士イエロのふたりがいない。エイリアがそれを尋ねると彼女は拳をぎゅっとして、すとんと膝をつき祈るような姿勢をしながら。
「ふたりは、わたくしを助けて亡くなられましたの……!」




