第13話「とりあえず薬は完成したけれど」
また小屋に戻ったあと、ぶつぶつと大きな独り言──隠し味や、どうしたらにおいを防げるかなど──を呟いているのを聞きながら、フラッドはのんびりと地べたに座って、なんの警戒心もなくひょこひょこやってきた子ウサギをじっと眺めて時間をつぶす。
撫でてみようか。もしかしたら殺してしまうかもしれない。そんなことを考えておそるおそる手を伸ばした瞬間に小屋の扉が開き、自信たっぷりに「完成したぞ、これで出発できるよ!」とエイリアが出てきて、びくっと手を引っ込めた。
「なんじゃ、馬鹿でかい声を出しおって。ウサギが逃げてしもうたわ」
「え。なんか悪いことした? ま、いいや。とりあえず嗅いでみてよ」
変わらずドロドロとした黄色い液体がいくつもの瓶にたっぷり詰めて蓋をかたく閉められていて、うちひとつを開けてフラッドに近付ける。彼女は鼻をひくひくさせてから、やはり苦々しく挫折しそうな感情におそわれて涙目になる。
「さっきよりマシなのかもしれんが、やっぱり鼻がひん曲がりそうじゃ」
「ありゃ、だめだったか。私は全然気にならないんだけど」
「……貴様は嗅ぎ慣れ過ぎておるのではないか?」
常に小屋のなかにいては、もうすっかり薬品のにおいが染みついてしまって、さほど気にならないのだろう。エイリアは何度も嗅ぎなおして「そうかなあ」と不思議がった。
「ま、いいや。さっそくこれを馬車に載せて出発しよう!」
「ふむう……致し方あるまい。もう何も言わん」
いっときの我慢だ。カップ一杯ほどの量を飲むことで、多少の苦しみと引き換えに人間の暮らす町を自由に歩けるのだと思えば、耐える価値はある。瓶を馬車に載せるのを手伝って、荷台に飛び込むと積んであった毛布を敷いてごろんと寝転がる。
「なんだよう、もう私の隣には座ってくれないの?」
「なんじゃ、貴様。もしかして寂しいのか」
「可愛い子が横に座ってたほうが元気出るでしょ、誰でも」
「は、くだらん。ここで寝転がっているほうが楽じゃ」
「……ちぇっ。けちだな君は。いいよ、もう」
ただの気分の問題で、彼女が晴れやかでなかろうがフラッドには知ったことではない。仕方なく手綱を握って馬車を操り、ゆっくりと進む。動物たちが見送りに顔を出して、小さく手を振り別れを告げた。しばらくは帰ってこなくとも、彼らの平穏は森全体に張られた結界によって守られるだろう。
「あ、ところでどうかな。薬を飲んで気分悪くなったりしてない?」
「味とにおいは最悪であったが他には問題ないのう」
「そっか。良かった、副作用とか出てないなら安心した」
「何を言っておる。大天才の作る薬は完璧なんじゃろう?」
「もちろん、効果はしっかり保証するよ。問題は君の体に合うかどうかでね」
町に張られた結界というのは、魔物の持つ邪悪な魔力に反応して彼らを弾くようになっている。エイリアが作った薬は単純に外見を変えるだけでなく、存在そのものを魔物から一時的に人間のすがたへ変えてしまう特別なもので、肉体に宿る魔力も極めて平均的な──あるいはやや強い程度の──量にまで抑えてくれる。
それゆえに、もともと強く大きな魔力を持ったフラッドが服用した場合、魔力量の変化によって体調不良などが引き起こされないかというは心配があった。
「別に何も感じぬぞ。……あ、でも多少は疲れた気がしたのう」
「瓶を運んだときにだね? それくらいで済んでるなら問題はなさそうだ」
森の外へ抜け、さわやかな風が馬車を吹き抜ける。
「で、次の目的地はどこじゃ。いい加減気になってきた」
「カカロっていう小さな村だよ。数十人くらいしかいない」
「……ええ? なんでそんなつまらんとこへ?」
あからさまながっかりした顔を見て、エイリアはハッキリした答えを返す。
「結界が弱いから。私は天才だから効果は確かだと自負しているけど、万が一に備えて段階的にやろう。平気なら大きな町でもするりと入れるはずさ」




