第12話「激マズは改良の余地あり」
馬車を走らせる。途中、草原のずっと向こう側に見える大きな都市を眺めて「あれがワシの入る町か?」と尋ね、フラッドは期待した。もしすがたを変えられたなら、自由に見て回れるのだろうかと。
「いやあ、違うよ。私はあそこから来たんだ」
エイリアに言われて露骨にがっかりした。
「そうか。ではしばらくお預けということじゃな」
「別に、そんな遠い話じゃないさ。今日だけ我慢してくれればね」
爽やかな風を浴びながら馬車は遠くから小さく見えていた森まで辿り着く。エイリアは「ここが私の住んでる森だよ」と言った。森のなかにある整った砂利道を進み、馴染みある小屋まで帰ってきて、どこかホッとした笑みを浮かべていた。
「ここが貴様の暮らす森なのだな。自然豊かで良いではないか」
「だろう。結界が張ってあるから魔物だって来ない。動物は多いけどね」
彼女の近くにさえいれば結界は通り抜けられるが、そうでないときは強大な魔力によって何者も寄せ付けない。ただし例外として人間と動物だけは好き勝手に出入りできるので、ある種の楽園ともなっている。
「少し待ってて、薬を作ってくるから」
「そんなにすぐできるものなのか」
エイリアは言われて胸を張り、自信満々に返す。
「材料も道具も一級品が揃ってる。そのうえ大天才が作るんだぞ、当たり前だろ」
そして小屋のなかへと入っていった。一瞬開いた扉の向こうから、鼻をつまみたくなるような薬品のにおいにフラッドは顔をしかめて、数歩下がる。
「……よく平気で入っていけるものじゃな。鼻が利かなくなるわ」
待ち時間は短かった。彼女が戻ってきたのは数分後のことだ。出てきたときにはマグカップにほかほかと湯気立つ黄色くドロドロした液体を満たして「効果は確実だよ、騙したりはしない」そう言った。にわかには信じがたいが。
「これ本当に飲むものなのか……」
「問題ないってば。ひっくり返るほど不味いだろうけど」
ひとくち指ですくってなめてみると、舌が焼けるような刺激と苦みに襲われて目に涙を浮かべた。「母上にげんこつを喰らったとき以来じゃ」などと昔を振り返るくらい、フラッドは世の中の厳しさを知った気がした。
それでも我慢するしかない。人間のすがたをして町に入りたいのなら。意を決して──出来れば二度と飲みたくないと思いながら──いっきにぐいっと飲み干す。
「ヴッ……ぐ……オオオオォオォォ……!!」
唸り声にも似た嗚咽。このまま死ぬのではないかと思う圧倒的不味さ具合には、悪態をつくことさえできない。それでもしっかり効果は出たらしく、指先のとがった爪は縮んで丸くなったし、角も小さくなって、光り輝くと散り散りに消滅する。固い肉でも容易く引きちぎる牙は、人間のものと変わらない見た目になった。
「ほらほら手鏡も持って来たんだ。見てごらん、自分のすがたを」
「……うっ、うう……。ぬ、本当じゃな……たしかにヴォエッ……」
「アハハ、流石に不味すぎたっぽいね。次はフレーバーを考えてみよう」
「待て、まさか次も飲むのか? この死ぬほど不味いモノを!」
「当然だろ。永遠に効果のある薬なんてないよ、作ってないし」
「作らんか! こんなまずいもの何度も飲んでたまるか!」
じろりと疑うようなまなざしをして、エイリアは「本当に?」と彼女がまるで理解していないのではないかというふうな含んだ尋ね方をする。
「その薬は決して万能にはしていない。人間のふりをするだけで、君が本来の自分を忘れないようにするためだ。オーガは何人も見てきたが、君らは角の大きさや形で序列が決まるんだろ? だったら我慢するべきだ。帰る場所がなくなったら困るじゃないか」
言われてハッと気付き、フラッドはしゅんと落ち込んでしまう。
「……そうじゃな。その通りじゃ、ワシが馬鹿であった」
「ハハ、本当に冷静だな君は。私も悪かったよ、クソ不味いのは反省だ」
空になったマグカップに残るにおいを嗅いで、わざと顔をしかめる。
「ストックを作って持って行こう。味を変えられないか試してみるから少し時間はかかるが、せっかくいっしょに旅をするんだ。お互い、気分良く行きたいもんね?」




