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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第四章
40/50

4-6 タカハシ 2

 突如としてゴーグルを奪取され、私は思わず目をきつくつむった。暗闇の中バチバチと激しい音が鼓膜と脳内を揺らす。


 何が起こったのか分からず、困惑したままゆっくりと目を開くが、ゴーグルがないと何も見えない。モヤがかかったような視界から声が聞こえる 。


「ゴーグル型の機械なんて初めて見たからじっくり見てみたかったんだ。01番体が使用しているということは色彩補助の装置か何かだろうが、いったい誰が……?」


 タカハシが言っていることもよく分からないが、とにかくゴーグルを返してもらわないと困る。知らなかった色を私に与え、見えなくなった右目の代わりに物を見せてくれる大切なものなのだから――


 と、ここまで考えた私は右目を閉じれば視界が安定することをようやく思い出した。手で右目を覆い隠し、顔を上げた。


 そしてそれと同時に悲鳴を上げる。


「ひっ……! なにこれ!」


 私の左目が裸眼であるにもかかわらず色づいた世界を見せていたのだ。無数の色は瞬きの度に移り変わり、チカチカと私の目を眩ませてくる。


 なぜ、どうしてと考えるよりも先にぐるぐると変わる色にパニックに陥いる。そんな私にタカハシが近づいてきた。見たことのない数のめくるめく色に怯える私とゴーグルを見比べている。


「ああ、このゴーグルはベルトから信号を送っていたのか! 無理やり奪ってしまって申し訳ない。これは君に返すよ」


 無限に変わる色を纏うタカハシを見つめたまま動けないでいる私の手に、彼は押し付けるようにゴーグルを渡して背を向けた。翻る外衣。


 コツコツと足音を響かせて去って行くタカハシの背中をどうすることもできずに見送っていたとき。出会ったときには白かった外衣が、たった今した瞬きで赤に変わった。


 赤色……。


 どこへ行くの。空いている左手を宙に浮かせて遠ざかる背中を掴もうとするが空気を掴むのみ。


  赤色……、


 まだ旅の目的を思い出す手助けをしてもらっていないのに、どこへ行くの。ゴーグルを無理やりに私から剥がしてまで何をしたかったの。


    赤色……!!


『追いかけろ、逃がすな』


 頭のどこかで自分の声がした。


『コロセ』


 ――当たり前だ、そんなこと。どうすればいいのかは高鳴る鼓動が、体が知っている。


 そう自分に返事をして、私は床を蹴った。つい先日まで杖がないと歩けなかったことが嘘のように脚が自由に動く。


 男の背中はすぐに見えた。砂漠に出てまだ間もない位置にいる。私の足音が聞こえたのか、男は驚いた顔で振り返った。


 私は軽々とした身のこなしで男に追いつき、その首を捉えようと手を伸ばした。


 が、届かなかった。正確には手を伸ばせなかったのだ。私の体は砂漠にうつ伏せに倒れ、急激に重くなった重力に押しつぶされそうになる。


 そんな私をタカハシは感情の読めない表情で私を見下ろし言い放つ。


「軽率な行動だったね、No. 01。私が犬を連れているときに襲おうなど、不可能でしかないと教えはずだが」

「なに……言って……」


 重い。体が、重い。私の背中には犬が乗っていた。すました顔で座り込み、あくびをしている。犬の存在がじわじわと体を重くさせ、砂漠に沈んでいくのではないかと錯覚してしまう。


 体が重い。男を殺したい。動けない。暴れたい。男はなにを言っている? 暴れたい。暴れたい、暴れたい、暴れたい、暴れたい。


 許せない。


 強い欲望と感情が私の体中を巡り、抗う力に変わる。


「く、そ……、動け体……!」


 絞り出すような声とともに体がギシギシと軋む。しかし私にできたのは指先をピクリと震わせる事のみだ。許せないのに、殺したいのに――!


 混沌とした思考回路の中、頭の隅で私は気づいていた。同じ状況に陥っている。アヤちゃんの時と何一つ変わらない。突如として訪れた破壊衝動に――赤色に振り回されているのだ。こんなだから私はあの四人の日常を壊してしまったのだと唇を噛みしめる。


 タカハシは這いつくばったまま呻き声を漏らす私のもとにしゃがみ、憐れむような目で語りかけてきた。


「君はもう少し、現実を見るということを学んだ方がいい」


 大きなお世話だ、と私は心の中で毒づいた。しかしタカハシは口を止めずにぺらぺらと話し続ける。


「君は昔からそうだ。現実を受け入れず、自分のことも後回し。他の《ハーフ》のことばかりを考えていただろう。君が無理をしなければ戦力の高くない数人を捨てるだけで済んだのに、結局何十種類もの修理パーツを君のために探し回ったことが何度あったことか」


 そう言ってやれやれとでも言うような顔をする一方、私は彼の話に呆気にとられ、私の中に渦巻いていた殺意がぴたりと止んだ。


 昔からそうだ?

 他の《ハーフ》?

 君が無理をしなければ?


 いや、そんなことはいい。それよりも彼が私を、私自身が覚えていない頃から知っていたという事実の方が重要だ。そしてそれは目の前にいる人物が私の旅の目的の発端を知っている可能性があることを意味していた。


 緊張に喉をつっかえさせながら私は声を出そうとした。尋ねなければ。思い出さなければ、真の旅の目的を。


「あ、の、もしかして――」

「おっと、話し過ぎてしまった。いかんな。いや、いつも犬相手に話すこともあるのだが、やはり反応がないと面白くなくてね。人間相手だと楽しくて、つい」


 私の声に気づくそぶりも見せずにタカハシは立ち上がった。その顔は、なぜか恐怖を覚えてしまうような笑顔を携えている。


「さて、チホくん。私もこの終わってしまった世界に生きる人間だ。しかも、君とは違う()()()()()()()。つまり、だ」


 ふと私の背中から何かが転げ落ちた。先ほどまで私の重しとなっていた犬だ。ふわりと体が軽くなったはずが別の何かが背に乗り、私の顔を砂の大地に押し付ける。再びかかる重い圧、動かない体。


「生きるのには食べ物も必要だが道具もいる。今となってはあまり見つからない金属や精巧な部品なんかもその材料として必要不可欠でね。そのうちのいくつかが君の体の中にあるはずなんだが……、この意味が分かるかな?」


 ギギ、と嫌な音を立てて首を回し、視線を声が聞こえる方に向ける。笑顔の男が私を見下ろし、背中を踏みつけていた。目と目が合い、男はさらに目を細める。


「はは、体が動かないだろう? 君たちの頭は重いからね、《ハーフ》は構造上背を押さえつければ動けなくなるんだ。ものすごく緻密に計算されたバランスを保つことでやっと君たちは自立できる」


 にこにこと微笑むタカハシは地団太を踏むかのように足を蹴り下ろす。その度に私の意識がぐにゃぐにゃと捻じ曲げられ、視界がチカチカと点滅する。


「思い出すね、いろいろと。君は本当に生きるのが下手くそだった。立場上仕方なかったとはいえ、人に頼ることも下手だった。全てを背負いこんで、それを生きがいにしていた。そんなものに幸福感を覚えている君が実に興味深く見えたものだ」


 タカハシは私から足を下ろし、前に回り込んできた。もはや動く気力すら奪われてしまった私はポニーテールを引っ張り上げられ、無理やりに顔を上げさせられる。もう何も映さない目も半開きでしか開かない。


「果たして君は幸せとはなにかをわかっているのかい? もしくは僕に分けておくれ、君に必要がないのなら。ああ、君に出会えて本当に良かったよ」


 声が頭に響く。総じて何が言いたいんだ。私の中の何が欲しいって?


 意識がぼんやりと霞んでゆく。ここで旅は終わるのだろうか。こんなわけのわからない形で……?


 幸せがなんだかんだと男は言った。私の幸せはなんだったのだろう。歩くことは楽しかった。青空や星空を見ることも、色を見ることもそうだ。満たされた気持ちになった。


 旅の目的を思い出せたらもっと幸せだっただろうな。


 ……あの四人に出会えたことも幸せに数えていいのだろうか。最後には壊してしまったけれど、それでも声は覚えている。


『チホちゃんっ』

『チーちゃん』

『チホさん!』

《チホ》


 笑い声。穏やかな日々。


 なぜ今になってこんな感情が湧き上がってくるんだ。すべて自分で壊し、自分から身を引いたんじゃないか。それなのに――




「みんなに……



 会いたい……」

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