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終焉の零れ子たち  作者: 風凛
第四章
39/50

4-5 タカハシ

 リンさんが言っていた通り、外は真っ暗だった。外に出る前に確認したが、みんな寝ているのかどの部屋も扉が閉められ、明かりもついていなかった。理由を説明することなく四人の元を離れられることに安堵する。


 意を決して砂漠に最初の一歩を踏み出したとき、私の背後から声が聞こえた。


「チホ、どこいくの」


 私ははっとして振り返った。全く気が付かなかったが、マルさんは私がさっき通ったはずの場所に座り込んでこちらを見上げていたのだ。


 マルさんは私の目をじっと見つめ、もう一度聞いた。


「どこにいくの」


 誰にも聞こえないような小さなため息を吐き、私は返事をする。


「遠くに行くんです」

「遠く?」


 私の答えにマルさんは首を傾げた。彼にわざわざ旅の目的を詳細に伝える必要はないと考えて、私は肯定を表すようにただ頷いて見せた。


 顔をマルさんから逸らし、歩き出そうとする私を質問が追いかけて来る。


「一人で行くの」


 マルさんは積極的に質問をしてきた。彼が自ら質問することはほとんどない。つまり誰かがマルさんにそう私の行動を監視するよう仕向けたのだろうと予想し、今度は私が質問する。


「マルさん、誰かに何か指示されたんですか?」

「リンにチホを見張っててって言われた」


 なぜだろう。私が再び誰かに襲い掛からないようにするためだろうか。


「でも私、もうここから離れますよ? 見張るってことはついて来るんですか?」


 私の質問にマルさんはきょとんとした。


「ううん、僕は()()()見張っててって言われた。ついては行かない」


 よかった。私は四人に平穏に暮らしてもらいたいのだ。万が一にもマルさんが見張りとしてついて来ると言ったらどうしようかと思ったが、それは杞憂だったようだ。


「そうでしたか。……では、さようなら」


 ひらひらと手を振るマルさんに背を向け、私は歩き出した。


 どれだけ足を進めても遮蔽物がないせいで四人の住む建物の玄関に灯る明かりは後方で輝いて見えていた。その光は私の背を照らすが、歩いてゆく方向は一寸先も闇である。


 暗い。けれど足取りは軽かった。出発してしばらくすると支えがなくとも歩けることに気付いて私は杖を捨てた。五人でいた時は杖が不可欠だったが、砂漠ではむしろ安定して歩くことができたのだ。体が砂の上での歩き方を覚えているのだと思うとどこか嬉しく感じた。


 背を照らしていた光が地平線の向こうに消えた頃に私は朽ちた半壊した建物だったであろう物の影に腰を下ろした。まだまだ歩けそうだったが太陽の出ていない夜に無理をして()()てしまうことを避け、睡眠をとるための休憩だった。


 コンクリートの壁に背を預けた私は空を見上げる。無機質な黒と白を纏った夜空。まぶたを閉じ、ダイヤルを回して色を加えたゴーグル越しに再び空を仰ぐ。


「綺麗だな」


 独り言を呟いて目を閉じる。明日は青空の下を歩こう。きっと楽しいに違いない。


 ゴーグルの色を戻した私はそのまま眠ることにした。そよそよと吹く風が頬を撫でる中、私はしばらくぶりに外で夜を明かした。





 次の日の朝、私は再び歩き出した。四人からできる限り離れるため、遠くへ、遠くへ。旅をしていた頃の感覚が随分戻ってきた上に青空を楽しむことができる今、私の足は止まることを知らなかった。


 青色だけを映すよう設定したゴーグルの縁を指でなぞり、独り言をつぶやく。


「色が見えるだけで、一人でも旅はこんなに楽しいんだ。これならどこまでも行ける気がするし、きっと……」


 きっといつか、本当の旅の目的も思い出せるだろう。そんな根拠のない希望を胸に歩き続けた。

 

 私は歩きながら、四人と出会う前からしていたように点々と現れる建物の中を覗いた。今までと同じことをすれば何か思い出すのではないかという淡い期待を抱きながら。


 旅を再開してから三つ目となる建物に足を踏み入れかけたとき、すぐにその足を引っ込めた。入り口から距離を取り、壁に背を当てて立った私は驚きを隠すことができなかった。人間がいたのだ。私に背を向けた状態で鉄製の箱の中を漁っている。


 人間を見たことで私はかなり気が動転した。これ程までに頻繁に人間に出会うことがあるのだろうか? いや、あの四人と出会ったことでこの世界に生き残っている人間が他にもいる可能性はあることにはあるのだが。


 それに加え、私は恐怖していた。人は共感し合い、枯れ果てた世界でも平穏な日々を紡ぐことができると知った。しかし同時に、それは呆気なく壊れるし、壊せてしまうのだと身をもって経験した。これ以上他人と関わっても、再び私が調和を乱してしまうのではないか――


「きゅるるるるるるる」


 聞き慣れない音に私は思考を止めた。どこから聞こえたのかとあたりを見回す。


「きゅるるるるるるる」


 ふと視線を下にやると、足元に四つ足で砂漠に立つ私の膝よりも背の低い生き物が一匹。不思議な音を放ちながら二つの丸い目で私を見上げていた。


「ぎゅるるる! ぎゅるるる!」

「わ!? な、何?!」


 大きくなった鳴き声に驚いて声を上げた私はすぐに口を覆った。しかしもう遅かった。私の声に気づいた人間が建物の中からコツコツと足音を鳴らして近づいてくる。


 見知らぬ生き物と迫り来る足音に板挟みになり、私はその場で固まった。男性がひょっこりと建物の入り口から顔を出し、動けないでいる私に声をかける。


「おや、人間じゃないか! 生きている人間に会えるなんて幸運だなあ」


 辛うじて顔を動かすとゴーグルよりも薄く、軽そうなゴーグルと似たようなものを顔に身に付けた男性が嬉しそうにこちらを見ている。口をパクパクと動かすことで精一杯の私をクスクスと笑い、手を差し伸べてきた。


「そんなところに突っ立っていないで建物の中においで。日差しが強くて暑いだろう。……いや、君はそんなものを感じたりはしないかな?」


 四つ足の生き物が私の足をぐいぐいと押す。見た目よりも強い力につんのめりそうになった私の手を男は掴んだ。優しげな笑顔を見せ、自然な流れで私を建物の中へと誘導した。


 私を中へと招き入れた男性は床に座り込んだ。彼は羽織っている真っ白い外衣に砂がつくことを全く気にしていないようだった。私も彼に習って目の前に座る。


「あ、あの、その生き物は……?」


 ようやく出た声で発したのは挨拶でも体を支えてもらったお礼でもなく、突拍子もない質問だった。失礼極まりない態度だったと慌てる私をなだめ、男は返事をした。


「この子は、そうだなあ。犬とでも言っておこうかな」

「いぬ……」


 犬は男の膝の上で眠っている。男はその頭を優しく撫で、丸まって寝息を立てる姿を愛おしそうに見つめていた。


「僕はタカハシだ。この砂漠を歩き、人間が持っていた文明のかけらを探し集めているしがない旅人さ。この眼鏡がトレードマークだ、似合っているだろう?」


 顔を上げた男は唐突に名乗った。これは自己紹介だ。例えこれから先の付き合いがなくともする、挨拶のようなもの。


 ならば、と私も口を開く。


「チホです。私も旅を、今はある場所から遠く離れた場所を目指して歩いています。本当は他にも目的があったはずなんですけど思い出せなくて」


 私の話に一度きょとんとしたタカハシは、すぐに申し訳なさそうな顔をした。


「思い出せないのか。そうか、それは辛いだろう」


 タカハシは悲痛な面持ちで何度も頷いた。しかしすぐに表情を変え、嬉しそうに話し出した。


「そうだ、ならば何か思い出すきっかけになり得ることをしてあげようじゃないか。どうだろう、チホくん」


 今度は私がきょとんとする番だった。タカハシが言っていることを理解するのに数秒かかった。


「……えぇ? そんな、初めて会う方のお手を煩わせるわけには――」

「なあに、これくらいお安い御用だ。人の出会いは一期一会、この広い砂漠でもう二度と会うこともないかもしれないんだ。何か手伝わせてくれ、ここで会ったのも何かの縁だよ」


 身を乗り出して私に語りかけるタカハシは、もう止められる気がしないほどに乗り気のようだ。一片の迷いもない眼で私を見つめるタカハシに、私は質問した。


「それはどのように……?」

「君の身に付けているものから旅の目的を推測してみる、なんてのはどうだい? そうだな、例えばそのゴーグルは?」


 タカハシの手がゴーグルを触ろうと私の顔に迫ってくる。


「あ、いえこれは元々私が持っていたものでは――」


 私の言葉を気にも留めず、タカハシは私のゴーグルを掴んだ。驚いた私は目を見開き、笑顔の男を見上げた。


 次の瞬間、ゴーグルはバチッという盛大な音を立てて私の顔から引き剥がされた。

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