〈第九話 闇落ち〉
120話目です。
「なるほどな……」
ケイはジェイから、シュリとシュリナのやり取りの経緯を聞く。
そこに、ミレイの姿はない。ミレイは自分から席を外した。私たちとの線引きを明確にしたのだ。私は一抹の寂しさを感じながら、黙って聞いていた。
少しの間を空けた後、ケイは核心をつく。
「それで、黒紫の契約紋を持つ者は分かったのか?」と。
勿論、調べはついてるんだろうな。ケイはニヤリと笑う。しかし、ジェイの表情は険しい。眉をしかめている。
「……ああ。黒紫の契約紋を持つ者はいなかったが、紫で同じ契約紋を持つ者はいた」
「誰だ?」
「ゼノム=ユリアス」
(ユリアス……?)
確か、ミレイのラストネームはユリアスだったような。まさかね……
「……あの〈闇落ち〉か」
ケイは、その名前の主を知っているようだった。その声は暗い。
「ケイさん、〈闇落ち〉って何ですか?」
「永久奴隷に落とされた奴のことだ」
(永久奴隷に落とされた……)
「イオリによって落とされた者だ」
隣に座っていたシュリナが、ココリのジュースを飲むのを止め教えてくれる。
伊織さん(♀)に落とされた。そう言われて瞬時に思い出したのは、あの王子の姿だった。
(ーーあいつが、黒紫の契約紋の持ち主)
「ムツキは知っているのか?」
「何故、知っているんだ?」
私が表情を変えたことで、ケイとジェイは、私が黒紫の契約紋の主を知っていることを知る。それは、外部には知らされていないことだった。知っているのは、ほんの極僅か。その極秘事項を知っていることに、二人は眉をしかめた。訊く声も自然と低くなる。
「我が映像を見せた。契約を交わす時にな。故に、ムツキは全てをこの目で見ている」
思い出すのは、煙とむせ返るような鉄分の匂い。
真っ赤に染まった、石畳。
真っ赤に染まった、ぬいぐるみ。
悲鳴と喧騒。
「ムツキさん、大丈夫ですか!?」
「ムツキ、顔が真っ青だよ。横になった方が……」
サス君とココが心配そうに、顔を覗き込んでくる。私は口元に手を当てたままだ。心臓が早鐘のようにドクドクとしてきた。冷や汗がじっとりと体を濡らす。何かが、胃から込み上げてきそうになった。
「ごめん。ちょっと、トイレに行ってくる」
何とか小さい声で答えると、私は慌ててトイレに駆け込んだ。トイレに駆け込んだ私は、全てを吐き出した。その後も、何度もえづく。ようやく治まった私は、洗面所で顔と口をゆすいだ。顔を上げると、鏡にメイド服を着たミレイが、心配そうなに立っているのが映っている。
「…………ムツキ様、大丈夫ですか?」
背中を擦ろうとするミレイ。
「大丈夫。心配掛けてごめん」
私はミレイの手を拒む。代わりに差し出されたタオルを受け取った。それで顔を拭きながら、ふと、私は思う。
ーーゼノム=ユリアスを知っている?
出かかった言葉を私は飲み込む。ミレイの顔を見たら、どうしても聞けなかった。
ギルドマスター室を飛び出した後、部屋に残ったケイとジェイの、顔の険しさは一層酷くなった。
サスケとココは心配そうに、ムツキが飛び出したドアを見詰めている。シュリナは、飲みかけのココリのジュースを美味しそうに飲んでいた。
「……全て」
ジェイが俯き、小さく呟く。
ーーまだ大人になりきれていない少女に、全てを見せたのか。だとしたら……それを見てからも、あのように無邪気に笑っていたのか。
「何故と、伺っても宜しいでしょうか?」
ジェイのようにスザク様の加護を持たないケイは、不敬覚悟で、赤竜を見据え尋ねる。
本来ならケイは、赤竜と言葉を交わすことなど、決して許されない存在だった。ムツキとジェイがいるからこそ、同席出来ているのだ。それは重々分かっていたが、ケイは尋ねずにはいられなかった。
スザクは顔を上げ、ケイを一瞥する。そして、鼻で笑うと口を開いた。
「我々、五聖獣と契約を交わすとはそういうことだ、ケイ。酷だと思うか。……だがムツキは、この世界の命運を担っているのだ。その責任は負わねばならぬ。それを忘れるな」
「壊れてしまうとは、思わなかったのですか?」
尚もくいさがるケイに、スザクは鼻で笑う。
「フンッ!! これぐらいで壊れるようなら、到底、〈護りて〉なぞなれるか」
ーー裏を返せば、〈護りて〉としてやっていけると思ったからこそ、見せたということか。
ケイはこれ以上、言葉を発することが出来なかった。それはジェイも同じだ。
ずっと、ムツキと行動を共にしていたサスケとココは、スザクの気持ちを酌んで黙っていた。ジェイとケイは気付いているだろうか。
見せる方もまた辛いのだということを。
お待たせしました("⌒∇⌒")
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




