〈第二話 漆黒の英雄様に誘われました(一)〉
王都バーミリオンのギルド支部は、今まで訪れたギルドの中で一番騒がしかった。
そしてその広さは、本部であるグリーンメドウの三倍以上は有にありそうだ。勿論、ホムロ村の支部よりも断然広い。それもそのはず、食堂という名の飲み屋が併設されているからだ。騒がしいのも頷ける。完全に出来上がっている人たちも、ちらほらだがいた。
(まだ、朝なんだけどね。……本部は雑貨屋さん風だったし、ここは食堂かぁ)
キョロキョロしている私に、ミレイが声を掛けてきた。
「ここは、昔の名残が色濃く出てますね」と。
そう。嘗て、ハンターギルドは他の店舗に間借りさせてもらっていた時期があった。その時の名残が今尚、ギルドには残っている。
「ムツキ様は、このギルドに来たのは初めてですか?」
「うん。ギルドに寄らないで、そのまま洞窟のダンジョンに向かったからね」
列の一番後ろに並びながら、私は隣に立つミレイとの会話を楽しんでいた。
混雑しているので、サス君は私が抱き上げ、ココはミレイが抱き上げている。因みにシュリナは、私の両肩に足を広げ、肩車の要領で座っている。そして、両側のこめかみに手を添えていた。ヒヤッとした手が、冷たくて気持ちいい。ときたまシュリナは、こんな座り方をする。……重たいんだけどね。セッカとナナは元の姿に戻って、今は鞘の中だ。
私がわざわざ、このギルドに立ち寄ったのは、魔物の討伐料と、洞窟のダンジョンの攻略地点をセーブするためだった。セーブしないと、もう一度最初からの攻略になるからだ。因みにセーブ出来るのは、ダンジョンに一番近いギルドしか出来ない。つまり、ここでしか出来ないのだ。なので、当然の如く、大勢の人でごった返している。
「結構、時間掛かりそうだね」
「一時間ほどで終わればいいのですが……」
「まぁ、覚悟するしかないよね」
うんざりしながら、体を右に反らし前方を確認した時だった。不意に、妙に甘ったるい声が背後からした。
「だったら、俺が特別に君たちを優先させてあげるよ」と。
不審に思い振り返る、私とミレイ。と同時に、私たちは顔を歪ませる。キツイ香水の匂いでむせ返りそうになったからだ。サス君とココは何度もくしゃみをしている。人間でも鼻がおかしくなりそうなんだから、当然だ。
(この人、鼻麻痺してるの!?)
甘ったるい声を出して声を掛けてきた軟派男は、両手に美女を侍らせていた。よく見れば、後ろにも三人いる。その五人が、それぞれ香水を付けてアピールしてるんだ。臭いに決まってる。私たち以外にも、鼻を押さえているのに気付いていないのか? この男は。
(この男のどこがいいのかな?)
甚だ理解出来ないが、これ以上は正直関わりたくない。早々に、退去してもらおう。皆の鼻のために。
「「いえ、結構です」」
「ん?」
きっぱり断ったのに、軟派男は消えてくれない。
「聞こえませんでしたか? その若さで耳が遠くなるとは、悲しいですね。……もう一度、はっきりと言わせてもらいます。結構です」
「私も、このまま並ぶんでいいです」
軟派男はまだ消えてくれない。
(ここまではっきり言ったのに、まだ消えないの!?)
「貴女たち、何様のつもり!!」
うんざりしている私たちに向かって、今度は軟派男に腕を絡ませていた女の一人がくってかかってきた。
(マジ、ウザいんですけど)
「そうよ。折角、漆黒の英雄様が声を掛けて下さったのに、むげになさるとは。これだから、教養のない方々は!」
(いやいや。教養のある人間は、ハーレムの一員になったりしないでしょ! ってか、漆黒の英雄って、どういうこと?)
軟派男は黒の鎧を装備していた。それに黒髪だし。にしても……
叫ぶ女性に突っ込みをいれたくなるが、声に出すと、更にややこしくなりそうなので飲み込む。
女性の言葉に、さっきまでザワザワしていた周囲が静まり返った。
「……漆黒の英雄?」
低い、とても低い声がミレイの口から漏れる。僅かに、殺気がこもってる。それに気付かない女性は、尚も言い放つ。
「そうよ!! 彼が、今巷で有名な、漆黒の英雄様よ!! ホムロ村を単身で救った、気高き御方なのよ!」
(気高い御方が、普通、ハーレム築かないって)
『問題はそこじゃないよね』
『ムツキさん。自分の二つ名覚えてますか?』
『偽者が現れたんだぞ!』
騒ぎだす、シュリナたち。
『名前だけが一人歩きしているみたいね。偽者ぐらい現れるでしょ』
至って呑気に答える私。
「では、従魔はどこに? 漆黒の英雄様は、伝説級の従魔を引き連れていらっしゃると、お聞きしておりますが」
一段と、ミレイの声が低くなる。周囲の空気が急激に冷えていく。完全に臨戦態勢だ。なのに、偽者と女性たちはまるで気付かない。その時点で、実力者たちには偽者だとバラしているんだけどね。
(これ以上はまずい!)
私はミレイの腕を掴むと、その場から離れようとした。ミレイの殺気が消えていく。納得がいかないようだ。だが、私の手を振り払おうとはしない。しかし、私たちの行く手を阻んだのは、意外にも軟派男だった。
「君、俺のことを詳しく知ってるね。もしかして、俺のファン。俺って、ほんと罪作りだな。……相棒たちはここにはいないよ。連れて来れないからね。城外でお留守番さ」
「「…………」」
(あ~~墓穴掘ってるよ、この人)
残念過ぎる。知らないんだね。従魔登録した魔物や妖精は、主と共に行動しなければならないことを。特に街中では絶対だ。行動を共にしていないと、それだけで罪に問われる。だから私は、混雑したこの場にも、シュリナたちを連れて来ているのだ。
「ほ~~。どこに?」
低音だがどこか艶のある声が、静まり返ったこの場に響いた。
私たちを取り囲んでいた大勢の人たちが、ザッと二手に別れる。新たに出来た道を悠々と歩いて来たのは、大柄でがっしりとした、頬に傷がある男だった。
「ギルマス。お久し振りです」
「おぉ。ミレイじゃないか? 久し振りだな」
「で、何の騒ぎだ?」
ギルマスの問いに、ミレイはニヤリと笑う。
「そちらの、自称漆黒の英雄様に声を掛けられましたので、あしらっていました」
翳した手の先には、軟派男。
ギルマスは大物の登場に驚愕する軟派男を一瞥すると、興味がないのか、私に視線を移す。そして、意地の悪い笑みを浮かべると、爆弾発言をしてくれた。
「遅いぜ。やっと顔を出したか、漆黒の英雄殿。それで、何階層まで進んだんだ?」と。
お待たせしました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございますm(__)m
今回は長いので、二部に分けました。
それでは、次回をお楽しみに(*^▽^)/★*☆♪




