↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アズ・ユー・ライク  作者: あおあん
前編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/34

1,落とし物のノート

今年の夏は災害が多かった。


特に豪雨だ。


「先輩!準備できたっす」


茶髪と耳にたくさんのピアスの穴を開けた新人の小竹(こたけ)が駆け寄ってくる。


「よしっ、じゃ、行くか」


ファンの付いた作業着を膨らませながら、ゴボゴボと安全靴の音を立てて歩く。


高所作業車のバケットに二人で乗り込み、電柱の上部までリフトで運ばれる。


「分かってると思うけど……」


「はいはい。『安全確認は指さし確認と大きな声で』ですよね」


ふんっ。言うことだけはいっちょ前になったな。


「先輩、今夜、飲みに行きませんか?」


「いや、いい」


何度誘われても俺は一度だって応じたことは無いのに、この男は凝りもせずまた声をかけてきた。


「そっすか。じゃ、また今度」


停電が相次ぎ、この夏、俺たちは休みなしに働いた。


今日の現場も、ここで4件目だ。


「さ、本日ラストだ。気を引き締めて、取り掛かろう」


春からコイツと組むようになって、現場を回っていたから知っている。


「だいぶスムーズになったな」


「あざっす!」


お世辞ではなく、格段に手際が良くなっている。


別に自分で手を動かしたくないわけではないが、やるよりも見ている方が楽だしな。


仕事を教えてやっている体で、俺はこっそりサボっている。


「やっと終わりましたね」


昇降式のリフトから降りて、工具が詰まった箱を肩に引っかける。


雑草が生い茂る電信柱の脇に置いていた水筒をすくい上げた。


「ん?」


水筒の少し先に、濡れたリングノートが落ちている。


俺はいつも落し物を見つけても拾わない。


どうせゴミにするしかないし、捨てるのが面倒だ。


万が一、名前でも書いてあったりしたら、持ち主を探すのはもっと面倒だ。


無視だ、無視。


見なかったことにすればいい。


俺は自分の物だけ持って、ゴボゴボと音を立てながら作業車に向かった。


「ほら、行くぞ」


「今いくっす!」


ヘルメットを脱ぎながら走ってきた小竹が、助手席に乗り込みながら「先輩、忘れ物っすよ」、そう言ってさっきのノートを渡してきた。






築50年近い一軒家。


ぼろいといえばぼろいが、まだ充分住める。


「ただいま」


内側から鍵をかけ、電気を付けずに風呂場に直行する。


まだお湯になり切っていないシャワーを頭から浴びた。


あぁ……生き返る。


専門学校を卒業し、二十歳で働き始めて15年、地元の電力会社で俺はベテランと呼ばれる域にいる。


幼い頃、母を病気で亡くし、父は男手一本で俺を育ててくれた。


そんな父の病気が発覚したのは5年前、『一応検査の為』と言われ入院したきり、父は病院から出てこられなかった。


『前例の少ない変わった腫瘍が見つかりました』と医者は言い、対症療法とやらで長いこと入院させられた結果、昨年、父は他界した。


骨と皮だけの痩せこけた姿が、瞼の裏にこびりついている。


焦点の合わないぼんやりとした目をしながら、いつも何か言いたそうだった。


俺の想像でしかないが、きっと『もう生きていたくない』、そう言いたかったんだと思う。


回復の見込みがない病魔に全身を蝕まれ、病棟で痛みと闘うだけの日々……


終わらせてやりたかったけど、俺にはどうにも出来なかった。


「ふぅ」


さっぱりした全身を大きなバスタオルで拭きながら、裸で台所に向かう。


冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出し、一気にあおる。


またしても……生き返った。


俺はこうしてちょいちょい自分を生き返らせないと、すぐに電池切れを起こすポンコツだ。


昨日買った、おつまみ3点セットの残り2点を電子レンジに入れる。


スーパーで買って来た惣菜を、こうして日替わりに食べている。


箸を持ってちゃぶ台に座り、テレビを付けた。


今日も台風、豪雨、線状降水帯……雨のニュースばかりだ。


「おっと」


気が滅入って忘れるところだった。


縁側に干していた洗濯ものに除湿器をあてる。


こうでもしないと、洗濯ものは永遠に乾かない。


そしていつものように仕事用の鞄を全開にして乾かす。


こうしておかないとカビが生えてきそうだからな……


ふと、今日拾ったノートが目に付く。


リングノートは……分別しないと駄目か?


ノートを破って古紙再生で捨てる手間を考えたらむかついてきた。


「一気に行くか」


真ん中から開いて、両手でページを鷲掴みにし、腕に力を込めた。


「……!」


突然、目の前に広がった色とりどりの点や線に度肝を抜かれた。


「なんだこりゃ」


綺麗とか美しいとも言えるが、迫力があると言うか、襲い掛かってきそうな勢いを感じて、手を離した。


「絵か?」


触ってみると少しざらざらとしていた。


「めんどくせえ」


捨てるに捨てられない。


捨てるかどうかを悩むのが、一番面倒なんだよ、くっそ。





「おう、達ちゃん元気か?」


昨年定年を迎え、嘱託で雇用されている間宮さんだ。


昔はそうとう怖かったらしいが、もうそんな面影はない。


「はい。お陰様で。間宮さんも出ずっぱりですか?」


「そうなんだよ。孫が遊びに来るから休ませてくれって言ったのによ、『そんなの困りますぅ』なんて、あの事務の可愛い女の子が言うからよぉ、仕方なくよぉ」


鼻の下を伸ばして、デレデレとしゃべっている……『鬼の間宮』って本当かよ……


「可愛い子って言えばよ、昨日、女優さんみたいな綺麗な子がいてよ、ほら、お前と小竹が作業した所、俺んちの近くでな、帰りに車で通ったら傘さしてボーと突っ立っててさ」


「犬の散歩とかですか?」


「それが、手ぶらでさ。あまりに綺麗で、ひょっとして幽霊じゃないかって、一瞬考えたんだけどよ、思い切って声かけてみたんだよ」


さすが、間宮さんは綺麗な人なら幽霊でも声をかけるのか。


「耳が聞こえないのか、返事をよこさねえからよ、車降りて話しかけに行ったんだよ」


「……勇気ありますね」


「いやぁ、驚いたね。化粧っ気はないけど、肌が透き通るように白くてよ、日本人形みたいな顔してたわ」


「幽霊じゃなかったんですね」


「ああ。たぶんな。足あったしな。ま、俺には興味ないみたいでフラれちゃったけどな。一生懸命、下見ながらどっかに歩いて行っちゃったんだよな」


「もしかしてそこって、昨日の俺らのラストの作業場ですか?」


「そうそう、だからそう言ってんだろ?……ってあれ?達ちゃんも興味持った?女の子の話に乗ってくることなんてないから、てっきり女嫌いかと思ってたけどなぁ。会いたくなっちゃったか?」


拾ったノートの持ち主だと、直感的に思った。


やっぱり持ち帰るんじゃなかった。


大切な物なのかもしれない。


だから、早く返してあげたいけど……


ホワイトボードに書かれている今日の作業現場を確認する。


駄目だ。スケジュールに全く余裕がない。


家に置いてきたノートを一旦取りに帰るなんて到底無理だ。


「しょうがない」


ノートのことは仕事が終わってから考えるとして、俺は仕事に集中を戻した。






「くっそ。なんで俺が……」


くたくたになって帰ってから、ノートを濡れないようビニール袋に入れて、再び家を出た。


早く帰ってビール飲んで寝たいのに、こんなことに振り回されてまったく馬鹿らしいったらない。


疲れてやさぐれた俺の心からは、もう『ノートを探している可哀想な女性』を労わってやるなんて優しさは消えていた。


電信柱の草の上に、ぽいっとノートを投げ捨てる。


「大事なもんならもう落とすなよ。はた迷惑な姉ちゃんよ」


なんか、口調が間宮さんみたいだと思って、ふっと笑ってしまった。


それから思い直して、しゃがんでノートを電信柱に立てかけた。


きっと本人だって、失くしたくて失くしたわけではないのだろう。


こんな……力作、どう考えたって大事にされるべきだろう。


返却を終え、俺は車に戻った。


その女性はまたノートをここに探しに来るだろうか。


もし、探すのを諦めてしまっていたら?


もし、他の誰かが先に拾ってしまったら?


もし、また雨が降って、絵が濡れて台無しになってしまったら?


どうしても気になって、ビニール袋がきちんと被さっているか再度確認しに行った。


大丈夫だとは思う。


でも……


ノートを手にすると……


どうしても置き去りにできなくて……


俺は『ノートを預かっています』と携帯番号を書いたメモを置いて、そこを去ることにしたのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。