第64話 エルディア王国に帰りたい
それから数日後――。
ゼルス王国の王宮前に、一台の馬車が止まった。
扉が開き、銀色の髪が風に揺れる。
ルシアスに続き、ノアとオスカーも馬車を降りた。
「お待ちしておりました。エルディア王国の皆様。どうぞ、こちらへ」
出迎えた者に案内され、三人は王宮の中へと入っていった。
* * *
しばらくして、ルシアスたちは王宮の一室へと通された。
正面には王妃が座り、その両脇にはクロノスとヴァンの姿がある。
「ようこそ、エルディア王国の皆様」
王妃は不敵な笑みを浮かべ、そう告げた。
ルシアスは王妃をまっすぐ見据える。
「この度は、我々の申し出を受け入れていただき感謝する」
「ええ。こちらとしても、一度きちんとお話しする必要があると思っていましたから」
穏やかな口調とは裏腹に、その瞳にはどこか探るような色が浮かんでいた。
「それでは、本題に入りましょうか」
「ああ。リアの身分についてだが――」
ルシアスは、エルディアでの調査によって判明したことを順に説明した。
リアが、かつて滅びたアストリア王国の王女である可能性が高いこと。
そして、旧アストリア王国領は現在エルディア王国へ編入され、エルディアの領土となっていること。
そのうえで、リア本人の意思を確認し、エルディアへの帰還を求めることを改めて伝えた。
「――以上が、我が国の見解だ」
「なるほど」
王妃は静かに微笑んだ。
「ですが、こちらにも事情があります」
「ならば、本人の意思を確認すればいい」
「……いいでしょう。リアを呼んできてちょうだい」
王妃が一人の兵士に告げる。
* * *
しばらくすると、先ほどの兵士に連れられ、リアが部屋へ入ってきた。
「……!」
その姿を見つけた瞬間、リアの足が止まる。
「……ルシアスさん?」
ずっと会いたかった人が、そこにいた。
「リア」
名前を呼ばれただけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(本当に……ルシアスさんだ)
声が聞きたかった。
顔が見たかった。
もう一度、そばにいたかった――。
そう願い続けていた人が、今、目の前にいる。
「どうして……ここに……」
「迎えに来た」
「……っ」
リアの胸が、大きく跳ねた。
「感動の再会中悪いけれど――リアには、ヴァンと婚姻を結んでもらう予定です」
王妃は何食わぬ顔で、そう告げた。
「えっ?!」
リアが素っ頓狂な声を上げる。
「…………」
ルシアスの表情が、僅かに険しくなる。
「……は?」
ノアが思わず声を漏らした。
「何勝手に決めてるんだよ!」
真っ先に王妃へ食ってかかったのは、ヴァンだった。
「前にも言ったでしょう。これはあなたのためでもあるのよ」
「だからって、勝手に決めんな!」
「勝手ではありません。リアがアストリア王国の王女であるならゼルス王国にとっても、重要な――」
「……ちょっと待ってください」
それまで呆然としていたリアが、王妃の言葉を遮った。
「今……なんて言いました?」
「アストリア王国の王女、と言いました」
「…………」
リアは数秒、固まった。
「……誰がですか?」
「あなたよ」
「…………私?」
リアは自分を指差した。
しかし、誰も否定しない。
しん、と部屋が静まり返った。
(え……何、この空気)
冗談を言っているようには見えない。
王妃も、ルシアスも、ノアも――誰一人として否定しなかった。
「…………」
その時、リアの脳裏に、ここ数日繰り返し見ていた夢が蘇る。
『おかあさま!』
幼い少女の声。
長い廊下。
優しく微笑む、あの女性。
『王女様を安全な場所へ!』
「……っ」
リアの瞳が僅かに見開かれる。
そして――眩い光を放つ魔法陣。
涙を流しながら、自分へ手を伸ばしていた女性。
『リア、どうか生きて――』
(……まさか)
ただの夢だと思っていた。
けれど、もし――あれが夢ではなかったとしたら。
(あの子……私だったの……?)
頭の中が混乱する。
自分がアストリア王国の王女かもしれない。
ここ数日見ていた夢が、本当の記憶かもしれない。
突然告げられた事実に、何をどう考えればいいのか分からなかった。
「リア」
ルシアスが静かに名前を呼ぶ。
「お前は、どうしたい」
「え?」
突然問いかけられ、リアは戸惑ったようにルシアスを見る。
「どこへ帰りたい?」
「……」
リアは一瞬だけ目を伏せた。
自分が何者なのかは、まだ分からない。
けれど――。
今、帰りたい場所は決まっている。
リアは顔を上げ、まっすぐにルシアスを見つめた。
「私は、エルディア王国に帰りたいです」
「――分かった」
ルシアスはそれだけ答えると、王妃へ視線を戻した。
――その瞬間。
ドォン――!!
突如、王宮を揺らすほどの大きな音が響いた。
「きゃっ……!」
突然の揺れに、リアの身体がぐらりと傾く。
すぐそばにいたルシアスが、咄嗟にその腕を掴んだ。
「リア」
「だ、大丈夫です……!」
ノアはすぐさま剣の柄に手をかけた。
「殿下」
「ああ」
「……何事だ?」
ヴァンも険しい表情で扉へ目を向けた。
次の瞬間、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。




