第16話 国王陛下に挨拶をしました。
三人は書庫を出ると、王宮内の廊下を歩いていた。
すると、奥からルシアスがこちらへ歩いてくるのが見えた。
「殿下、お疲れ様です」
ノアがルシアスに声をかける。
「ああ。何かわかったことはあったか?」
「はい。アストリア王国について、少し気になることが」
ノアが答える。
「魔法技術が非常に発達した国だったことや、アヴェリオス王国と友好関係にあったことは、殿下もご存じですよね」
「そうだな」
ルシアスは頷いた。
ノアは、わずかに眉を寄せる。
「実は、滅亡に至るまでの詳しい記録がほとんど残っていないんです」
「……ほとんど?」
ルシアスの表情がわずかに変わった。
「はい」
リアも頷く。
「近隣国から攻撃を受けたことや、その後エルディア王国が領土を併合したことは書かれていました。でも、戦争が始まってから何があったのかとか、王都がどうやって陥落したのかとか……そういう詳しいことは、ほとんど分かりませんでした」
「まるで、記録そのものが失われているようでしたねぇ」
オスカーが口を挟む。
「これほど魔法技術の発達した国なら、もっと多くの資料が残っていてもおかしくないはずなんだけどね」
「……そうか」
ルシアスは、しばらく黙っていた。
「アストリア王国の滅亡については、俺も詳しいことは知らない」
「殿下もですか?」
ノアが驚いたように尋ねる。
「ああ。十一年前、俺はまだ九歳だったからな。当時、父上がアストリア王国への救援を決めたことは覚えているが、エルディア軍が到着した時には、すでに王都は壊滅していた」
「……」
リアは黙ってルシアスの話を聞いていた。
「その後、残された民を保護するために、アストリア王国の領土を併合した」
ルシアスの視線が、リアへ向く。
「それが、俺の知っていることだ」
「そうだったんですね……」
リアは小さく呟いた。
「でも、やっぱり調べてみたいです」
リアは、はっきりと答えた。
「アストリア王国がどうして滅びたのか。私がどうしてこの世界に来たのか。どうしてあの魔法陣を描けたのか……知りたいです」
「そうだな」
ルシアスは短く答えた。
「アヴェリオス王国にも、何か手がかりがあるかもしれない」
「ですよね!」
リアは期待に目を輝かせる。
ノアは小さく頷くと、そっとルシアスへ歩み寄った。
「殿下。一つ、気になることがあります」
「……何だ」
ノアは声を潜める。
「リア殿がこの世界へ来た日と、アストリア王国が滅びた日が一致しています」
「……」
ルシアスの表情がわずかに変わる。
――リアがこの世界へ現れた日。
そして、
『実は今日が誕生日で』
あの時のリアの言葉が脳裏をよぎる。
「……そうか」
ルシアスは小さく呟いた。
「まだ偶然という可能性もありますが……」
「いや」
ルシアスは静かに首を振る。
「頭に入れておこう」
その一言だけ返し、ルシアスは視線をリアへ向けた。
「おやおや、随分と楽しそうだねぇ」
オスカーが、楽しそうに口を挟んだ。
「アヴェリオス王国に行くのかい?それなら僕も――」
「先生」
ノアがすかさず遮る。
「まだ行くと決まったわけではありませんよ」
「おや、そうかい?」
オスカーは残念そうに肩をすくめた。
「リアちゃんと一緒に行けると思ったのに」
「先生は、まず魔力のコントロールの指導でしょう」
「それも大事だけどねぇ」
オスカーはリアを見る。
「明日から、僕と魔力の練習をするんだよ。楽しみにしていてね」
「はい!」
リアは元気よく返事をした。
「ただ、その前に」
ルシアスが口を開く。
「明日、父上に会ってもらう」
「……え?」
リアの動きが止まった。
「父上……?」
「ああ」
「えっと……」
リアの顔が、少しずつ引きつっていく。
「それって……王様、ですよね?」
「そうだ」
「……」
リアは、固まった。
王様!?
まさか、こんなに早く会うことになるとは思っていなかった。
「この国に滞在する以上、挨拶は必要だ」
ルシアスは淡々と告げる。
「明日の午前、時間を取ってある」
「は、はい……!」
リアは慌てて返事をした。
けれど。
(どうしよう……!王様って、何を話せばいいの!?)
リアの頭の中は、すでに明日のことでいっぱいになっていた。
そのため、夕食もあまり喉を通らず、夜もなかなか眠れなかった。
そして翌朝。
「リア様、おはようございます」
「……ん?もう朝?」
リアは、ぼんやりと目を開けた。
昨夜なかなか寝つけなかったせいか、少し寝不足気味だ。
「リア様、あまり眠れなかったのですか?」
ナタリーが心配そうに声をかける。
「おはようございます、ナタリーさん」
リアは上半身を起こしながら、苦笑した。
「今日、王様にご挨拶しなくちゃいけなくて……緊張して、あまり眠れなくて」
「あらまあ」
ナタリーは、少し驚いたように目を見開いた。
「それは緊張してしまいますよね」
「ですよね!?」
リアは、ぱっとナタリーを見る。
「何を話せばいいのかも分からないし、変なことを言ったらどうしようって……」
「大丈夫ですよ、リア様」
ナタリーは、安心させるように微笑んだ。
「国王陛下は、とてもお優しい方ですから」
「本当ですか?」
「ええ。それに、リア様はいつも通りで大丈夫です」
「いつも通り……」
リアは少し考える。
「でも、王様の前ですよ?」
「ふふっ」
ナタリーは小さく笑った。
「では、無理に何か話そうとしなくても大丈夫です。ご挨拶をして、聞かれたことにお答えすればよろしいかと」
「なるほど……」
リアは少しだけ肩の力を抜いた。
「それなら、なんとかできそうです」
「はい。きっと大丈夫ですよ」
ナタリーはそう言うと、リアの着替えを用意し始めた。
それでも、リアの緊張が完全になくなったわけではない。
(王様かぁ……)
着替えを終え、髪を整えてもらうと、リアは鏡の前で自分の姿を確認した。
「……大丈夫かな」
「ええ、とてもお似合いですよ」
ナタリーが微笑む。
「本当ですか?」
「はい。自信を持ってくださいませ」
リアは胸の前で、ぎゅっと手を握った。
(よし……大丈夫。普通に挨拶すればいいだけ)
そう自分に言い聞かせる。
その時。
「リア」
部屋の外から、聞き慣れた声が聞こえた。
「ルシアスさん?」
「迎えに来た」
「は、はい!」
リアは慌てて立ち上がった。
ナタリーに見送られながら部屋を出ると、そこにはいつもと変わらない様子のルシアスが立っていた。
「おはようございます、ルシアスさん」
「ああ。よく眠れたか?」
「……」
リアは、一瞬黙った。
「……あまり」
「そうか」
ルシアスはリアの顔を見つめる。
「緊張しているのか?」
「はい……」
リアは正直に頷いた。
「王様に会うの、初めてなので」
「父上は怖くない」
「でも、王様ですよ?」
リアが不安そうに見上げると、ルシアスはほんの少しだけ目を細めた。
そして、口元にかすかな笑みを浮かべる。
「……そうだな」
「えっ」
「いや」
ルシアスは踵を返す。
「行くぞ」
「はい!」
リアは慌ててその後を追った。
いよいよ、国王との対面だった。
王族専用の応接室に案内され、中へ入る。
「父上、連れてきました」
ルシアスが、部屋の奥にいる国王へ声をかけた。
「……ああ」
国王は手にしていた書類から顔を上げた。
「は、初めまして。リアと申します」
リアは慌てて頭を下げる。
「……」
国王は、何も言わなかった。
ただ、リアの顔をじっと見つめている。
その視線は、リアを見ているようで――どこか別の誰かを見ているようにも思えた。
「……父上?」
ルシアスが、不思議そうに声をかける。
「ああ……すまない」
国王は、そこでようやく我に返ったように目を瞬かせた。
「少し、昔の知人に似ていると思ってな」
「え?」
リアは顔を上げる。
「私が、ですか?」
「ああ」
国王は、もう一度リアの顔を見つめた。
「……いや。気のせいかもしれん」
そう言って、国王は穏やかに微笑んだ。
「よく来たな、リア」
「は、はい!」
リアは緊張したまま、もう一度頭を下げた。
「王宮での暮らしには慣れたか?」
「えっと……皆さん、とてもよくしてくださって……!」
「そうか。それならよかった」
国王が穏やかに笑う。
その後、いくつか言葉を交わし、リアは国王のもとを辞した。
部屋を出た瞬間。
(……終わったぁぁぁ……!)
リアは心の中で大きく息を吐いた。
緊張したけど、優しそうな方でよかった……
リアは、ほっと胸を撫で下ろした。
それに、ルシアスさんと少し似ていた気がする。
そんなことを考えながら、リアは小さく微笑んだ。
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