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オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第一章:ダンジョンについての有識者会議
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1−7:有識者は信用できない

 「……有識者とは、何なのだろうな」

 九条恒一は、思わずそう漏らした。

「総理?」

「いや、独り言だ」

 会議室の空気は重い。

 原因は、テーブルいっぱいに積まれた資料だった。

 "空間物理学"

 "量子論"

 "高次元理論"

 "重力異常"

 各分野の第一人者たちが提出した報告書。

 そして、その結論は。

「分かりません」

 見事なくらい、全員同じだった。

「量子論から説明できる可能性は?」

「現時点では困難かと」

「重力異常は?」

「説明できません」

「自然現象では?」

「前例がありません」

 前例がない。

 説明できない。

 分からない。

 昨日から、それしか聞いていない。

(……まぁ、そうなるよな)

 心の中でだけ頷く。

 そもそも、ラノベに出てくるダンジョンを現実の物理学で説明しろと言われても無理だ。

 いや、ダンジョンとは決まっていない。

 決まってはいないのだが。

(見た目がなぁ……)

 どうしても、あの石造りの門が頭から離れない。

「総理。」

「どうした。」

「アメリカ政府より共同声明の草案が届きました。」

「読んでくれ。」

「"各国は未知の構造物に対し、人類共通の課題として協力して調査を進めるものとする"」

「妥当だな。」

 政治利用するには、危険すぎる。

 どこの国も同じ考えらしい。

 今は競争より情報共有。

 それが正解だ。

「それと……」

 職員が少しだけ言い淀む。

「民間では、かなり楽観的な意見が増えています。」

「例えば?」

「『ダンジョン説』です。」

「……そうか。」

 知ってた。

 昨日、孫から送られてきたメッセージにも書いてあった。

『じいちゃん!!』

『ニュース見た!?』

『絶対ダンジョンだよ!!』

 返信はしていない。

 勤務中だから。

 ……勤務中だからである。

「SNSでは『探索者』『スキル』『魔法』などの単語もトレンド入りしています。」

「平和だな。」

「え?」

「いや、何でもない。」

 少なくとも、過度なパニックにはなっていない。

 それだけでも救いだった。

 未知の現象を前に、人はもっと恐怖すると思っていた。

 ところが実際は。

『剣買っとく?』

『筋トレ始めた』

『魔法使えるなら残業なくなる?』

『会社辞める準備しとく』

 ……少し楽しそうですらある。

(日本人らしいな)

 九条は苦笑した。

 恐怖を笑いに変える。

 昔から、この国はそういう国だった。

「総理。」

「何だ。」

「現場から要請です。」

「読んでくれ。」

「無人ドローンによる内部調査を実施したい、と。」

 ようやく来たか。

 九条は資料を閉じた。

「安全性は。」

「入口付近のみです。」

「内部へ侵入する予定は?」

「ありません。」

「通信機器は。」

「最新鋭を使用します。」

 少し考える。

 慎重に。

 今の日本に必要なのは勇気ではない。

 冷静さだ。

「許可する。」

 会議室の空気が少しだけ変わる。

「ただし。」

 九条は続ける。

「絶対に、人は入れるな。」

「はい。」

「未知とは、分からないということだ。」

 だから慎重でいい。

 笑われてもいい。

 石橋を叩いて叩いて、それでも渡らないくらいでちょうどいい。

 もし安全なら。

 その時に進めばいい。

 職員たちが動き出す。

 日本初となる、未知の構造物への本格調査。

 その準備が始まった。

 九条も立ち上がる。

 窓の外を見る。

 夕暮れの東京。

 遠くには、あの石の門が見える。

「……さて。」

 誰にも聞こえない声で呟く。

「頼むから、スライムくらいであってくれ。」

 ドラゴンは困る。

 ゴブリンも困る。

 災害対策マニュアルに載っていない。

 そんなことを考えながら、自分で小さく笑う。

 もちろん。

 それも胸の内だけの話だった。

 その日の深夜。

 日本時間午前二時。

 封鎖区域に、一機の無人ドローンが静かに飛び立つ。

 人類初の"ダンジョン調査"が、いよいよ始まろうとしていた。


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