2-18:継ぐ刃
工房の作業台に、三つのものが並んでいた。
折れた、あの一振り。
鬼の皮の一部と、太い角。
そして、体の中心から見つかったという、拳大の赤黒い結晶――「核」と呼ばれているものだった。
「これが、鬼の核......」
思わず、手を伸ばしかける。
「まだ触るな」
佐伯が、鋭く制した。
「魔素とやらが、まだ内部に凝縮しとる可能性がある。研究班の分析待ちじゃ」
「......はい」
政府からは、あの一戦の礼として、この素材一式が正式に譲渡されていた。
九条からの直筆メッセージも、資料に添えられていた。
**貴殿の働きに、心からの感謝を。**
**この素材が、新しい一振りへと生まれ変わることを、楽しみにしている。**
何度読み返しても、胸が熱くなる一文だった。
「さて」
佐伯が、折れた刀身を手に取る。
「どうする、錬司」
「......どう、とは」
「新しく一から打つことも、できる。だが」
佐伯は、赤みを帯びた断面を、じっと見つめた。
「この刀を、活かす道もある」
その言葉に、迷いはなかった。
「活かしたいです」
即答だった。
「この刀は、俺の原点です。折れたからって、捨てられません」
「......そう言うと思うたわ」
佐伯が、満足そうに笑う。
「なら、やり方は一つじゃ。折れた刀身を芯にして、新しい鋼を、その周りに鍛え重ねる」
「継承鍛え、ってやつですか」
「本来は、そう簡単な技法じゃない。じゃが」
佐伯は、鬼の素材に目をやった。
「これだけの上等な材料が揃っとるなら、挑戦する価値はある」
その日から、数日にわたる作業が始まった。
まず、鬼の角と皮を、丁寧に下処理する。
硬すぎる角は、例によって、青い結晶の欠片を使って少しずつ削り、粉末にした。
核については、研究班の分析結果を待ってから、慎重に扱うことになった。
「核の分析結果、来ました」
江藤から、直接連絡があった。
『高濃度の魔素が、結晶化して閉じ込められている状態だそうです。加工の際、熱を加えると、内部のエネルギーが徐々に解放される可能性があります』
「危険ですか」
『適切な手順を踏めば、制御可能だと分析班は見ています。ただ、慎重に』
「分かりました。ありがとうございます」
佐伯と二人、何度もシミュレーションを重ね、ようやく本番の日を迎えた。
「よし、いくぞ」
「はい」
折れた刀身を、炉の中で熱する。
あの赤みを帯びた断面が、炎の中で、一段と鮮やかに輝いた。
そこに、粉末になった鬼の角と、玉鋼を重ねる。
槌を、振り下ろす。
カン。
いつもの音のはずなのに、今日は、どこか特別な響きに聞こえた。
折り返す。
また熱する。
また打つ。
何度も、何度も。
汗が、滴り落ちる。
腕が、悲鳴を上げる。
それでも、止められなかった。
鋼の中に、折れた刀の記憶が、少しずつ馴染んでいくのが分かる。
最後に、核の欠片を、ごく小さく削り、刃の芯に、そっと埋め込む。
「これで、最後じゃ」
佐伯の声に、緊張が走る。
差刃土置き。
焼き入れ。
水桶に、刀身を沈める。
じゅわっ、と蒸気が立ち上る。
水から上げる。
刀身が、静かに横たわる。
「......見てみい」
差し出された刀身を、震える手で受け取る。
刃文が、浮かび上がっていた。
波の合間に、以前よりも、はっきりとした赤みが差している。
まるで、傷ついた過去ごと、静かに受け継いでいるかのようだった。
「......綺麗だ。」
声が、震えた。
「これが、俺の刀。」
最初の一振りが、折れて、そして。
新しい形で、また自分の手の中にある。
その日の夜、配信で、初めて刀を披露した。
『......というわけで、完成しました』
カメラの前に、刀身を掲げる。
『これが、あの日折れた刀と、鬼の素材から生まれた、新しい一振りです』
コメント欄が、一気に沸き立つ。
『うわあああ美しい』
『あの刀が、こんな形で帰ってくるとか』
『名前とかつけないんですか?』
名前。
考えていなかった。
『名前、まだないです』
『じゃあ皆で決めよう』
『赤いから紅一文字とかは?』
『いや、継いだ刀だから「継刃」とかどう?』
『守り抜いた刀だから「守り刃」とかも良さそう』
次々と流れる案を見ながら、思わず笑ってしまう。
『......じゃあ、"継刃"にします』
画面の向こうの声に、背中を押されるように、名前が決まった。
継刃。
折れても、終わらない。
受け継いで、また前へ進む。
その名前は、自分自身にも、よく似合っている気がした。
配信を終え、工房の窓から、夜空を見上げる。
佐伯が、隣に立って、同じ空を見ていた。
「いい刀になったな」
「はい」
「これで、満足か」
少し考えてから、首を振った。
「まだまだです。もっと、いい一振りを打ちたい」
「......そうか」
佐伯が、満足そうに笑う。
「それでええ。満足した瞬間に、腕は止まる、じゃったな」
「はい」
新しい刀を、腰に差す。
子供の頃からの夢は、もう、通過点になっていた。
この先に、まだ見ぬ素材が。
まだ見ぬ強敵が。
そして、まだ知らない、多くの出会いが待っている。
窓の外、東京の方角に、あの人――九条総理がいる。
深い階層の奥に、まだ解明されていない、魔素という謎がある。
あの日、危険を庇った、天音澪の体の中にも、何かが静かに育っているのかもしれない。
全てが、まだ始まったばかりだった。
「......よし。」
小さく気合を入れて、夜空を見上げる。
新しい一振りと共に、新しい物語の幕が、静かに上がろうとしていた。




