表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オタク、刀に狂う  作者: Asansol ackey
第二章:スタンビート
59/88

2-18:継ぐ刃

工房の作業台に、三つのものが並んでいた。


折れた、あの一振り。


鬼の皮の一部と、太い角。


そして、体の中心から見つかったという、拳大の赤黒い結晶――「核」と呼ばれているものだった。


「これが、鬼の核......」


思わず、手を伸ばしかける。


「まだ触るな」


佐伯が、鋭く制した。


「魔素とやらが、まだ内部に凝縮しとる可能性がある。研究班の分析待ちじゃ」


「......はい」


政府からは、あの一戦の礼として、この素材一式が正式に譲渡されていた。


九条からの直筆メッセージも、資料に添えられていた。


**貴殿の働きに、心からの感謝を。**


**この素材が、新しい一振りへと生まれ変わることを、楽しみにしている。**


何度読み返しても、胸が熱くなる一文だった。


「さて」


佐伯が、折れた刀身を手に取る。


「どうする、錬司」


「......どう、とは」


「新しく一から打つことも、できる。だが」


佐伯は、赤みを帯びた断面を、じっと見つめた。


「この刀を、活かす道もある」


その言葉に、迷いはなかった。


「活かしたいです」


即答だった。


「この刀は、俺の原点です。折れたからって、捨てられません」


「......そう言うと思うたわ」


佐伯が、満足そうに笑う。


「なら、やり方は一つじゃ。折れた刀身を芯にして、新しい鋼を、その周りに鍛え重ねる」


「継承鍛え、ってやつですか」


「本来は、そう簡単な技法じゃない。じゃが」


佐伯は、鬼の素材に目をやった。


「これだけの上等な材料が揃っとるなら、挑戦する価値はある」


その日から、数日にわたる作業が始まった。


まず、鬼の角と皮を、丁寧に下処理する。


硬すぎる角は、例によって、青い結晶の欠片を使って少しずつ削り、粉末にした。


核については、研究班の分析結果を待ってから、慎重に扱うことになった。


「核の分析結果、来ました」


江藤から、直接連絡があった。


『高濃度の魔素が、結晶化して閉じ込められている状態だそうです。加工の際、熱を加えると、内部のエネルギーが徐々に解放される可能性があります』


「危険ですか」


『適切な手順を踏めば、制御可能だと分析班は見ています。ただ、慎重に』


「分かりました。ありがとうございます」


佐伯と二人、何度もシミュレーションを重ね、ようやく本番の日を迎えた。


「よし、いくぞ」


「はい」


折れた刀身を、炉の中で熱する。


あの赤みを帯びた断面が、炎の中で、一段と鮮やかに輝いた。


そこに、粉末になった鬼の角と、玉鋼を重ねる。


槌を、振り下ろす。


カン。


いつもの音のはずなのに、今日は、どこか特別な響きに聞こえた。


折り返す。


また熱する。


また打つ。


何度も、何度も。


汗が、滴り落ちる。


腕が、悲鳴を上げる。


それでも、止められなかった。


鋼の中に、折れた刀の記憶が、少しずつ馴染んでいくのが分かる。


最後に、核の欠片を、ごく小さく削り、刃の芯に、そっと埋め込む。


「これで、最後じゃ」


佐伯の声に、緊張が走る。


差刃土置き。


焼き入れ。


水桶に、刀身を沈める。


じゅわっ、と蒸気が立ち上る。


水から上げる。


刀身が、静かに横たわる。


「......見てみい」


差し出された刀身を、震える手で受け取る。


刃文が、浮かび上がっていた。


波の合間に、以前よりも、はっきりとした赤みが差している。


まるで、傷ついた過去ごと、静かに受け継いでいるかのようだった。


「......綺麗だ。」


声が、震えた。


「これが、俺の刀。」


最初の一振りが、折れて、そして。


新しい形で、また自分の手の中にある。


その日の夜、配信で、初めて刀を披露した。


『......というわけで、完成しました』


カメラの前に、刀身を掲げる。


『これが、あの日折れた刀と、鬼の素材から生まれた、新しい一振りです』


コメント欄が、一気に沸き立つ。


『うわあああ美しい』


『あの刀が、こんな形で帰ってくるとか』


『名前とかつけないんですか?』


名前。


考えていなかった。


『名前、まだないです』


『じゃあ皆で決めよう』


『赤いから紅一文字とかは?』


『いや、継いだ刀だから「継刃」とかどう?』


『守り抜いた刀だから「守り刃」とかも良さそう』


次々と流れる案を見ながら、思わず笑ってしまう。


『......じゃあ、"継刃つぐは"にします』


画面の向こうの声に、背中を押されるように、名前が決まった。


継刃。


折れても、終わらない。


受け継いで、また前へ進む。


その名前は、自分自身にも、よく似合っている気がした。


配信を終え、工房の窓から、夜空を見上げる。


佐伯が、隣に立って、同じ空を見ていた。


「いい刀になったな」


「はい」


「これで、満足か」


少し考えてから、首を振った。


「まだまだです。もっと、いい一振りを打ちたい」


「......そうか」


佐伯が、満足そうに笑う。


「それでええ。満足した瞬間に、腕は止まる、じゃったな」


「はい」


新しい刀を、腰に差す。


子供の頃からの夢は、もう、通過点になっていた。


この先に、まだ見ぬ素材が。


まだ見ぬ強敵が。


そして、まだ知らない、多くの出会いが待っている。


窓の外、東京の方角に、あの人――九条総理がいる。


深い階層の奥に、まだ解明されていない、魔素という謎がある。


あの日、危険を庇った、天音澪の体の中にも、何かが静かに育っているのかもしれない。


全てが、まだ始まったばかりだった。


「......よし。」


小さく気合を入れて、夜空を見上げる。


新しい一振りと共に、新しい物語の幕が、静かに上がろうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ