1−2:総理の胃が痛い
「もう一度聞こう」
静まり返った会議室で、内閣総理大臣・九条 恒一は静かに口を開いた。
「……原因は?」
「現在も調査中です」
「結論ではなく、現時点で何が分かったかを聞いている」
「…………」
誰も答えられなかった。
会議室の空気が重い。
重すぎる。
総理官邸地下、危機管理センター。
いつもなら地震や台風への対応で使われる部屋だが、今日は違う。
モニターには世界地図が映し出され、そのあちこちに赤い点が灯っている。
日本。
アメリカ。
イギリス。
フランス。
中国。
オーストラリア。
南極を除くほぼ全ての大陸で、同じ現象が確認されていた。
空間の歪み。
ただ、それだけ。
近づこうとすると計測機器は正常な数値を返す。
しかし、カメラ越しに見ると、そこだけ景色が揺らいで見える。
蜃気楼のようでいて、蜃気楼ではない。
説明できる人間は、一人もいなかった。
「JAXAは?」
「分かりません」
「気象庁」
「分かりません」
「防衛省」
「分かりません」
「海外は」
「分かっていません」
「…………」
知ってた。
聞いただけである。
(ダンジョンだったら話が早いんだが)
もちろん口には出さない。
絶対に出さない。
総理大臣が会議中に「ダンジョン」などと言ったら、その日のうちにニュース速報になる。
――実は九条総理には、誰にも言えない秘密があった。
孫に勧められたラノベ。
最初は付き合いで読んだだけだった。
それが悪かった。
一冊。
二冊。
三冊。
気付けば電子書籍の本棚には、
『ダンジョン配信』
『現代ダンジョン』
『探索者』
『スキル』
『レベル』
そんな単語が並んでいる。
(いや、ないない)
頭を振る。
現実と創作は違う。
違うに決まっている。
……決まっているはずだ。
「総理」
「どうした」
「海外で同様の現象について共同調査を行うとの連絡が入りました」
「分かった。受けよう」
真面目な顔で答える。
内心は別だ。
(共同調査か……)
(もし本当にダンジョンだったら、海外はどう動くんだ?)
(いやいやいや)
(だから違う)
(落ち着け私)
表情には一切出さない。
長年政治家をやっていれば、このくらいはできる。
「引き続き、国民への情報公開は最小限に」
「はっ」
「憶測が一人歩きする方が危険だ」
もっとも。
その頃にはもう。
SNSでは、
『これダンジョンじゃね?』
『スキル覚醒まだ?』
『俺のステータスまだ?』
などという投稿が大量に流れ始めていることを、総理はまだ知らない。
知ったら、たぶん頭を抱える。
そして同時に。
(……ちょっとだけ分かる)
などと思ってしまう自分にも、きっと頭を抱えることになる。




