4-17:酔った師匠、語る
今日は、少し奮発することにした。
地元の酒屋で、店主に勧められるまま、少し値の張る一本を選んだ。
「これ、新政っていう銘柄なんですけど」
「......ほう」
瓶を受け取った夜桜の目つきが、いつもと違った。
封を開け、香りを確かめる。
「......」
しばらく、無言だった。
一口、含む。
「......」
さらに、無言だった。
「夜桜さん?」
「......これは」
夜桜の目が、これまでにないほど、大きく見開かれていた。
「なんという、洗練された味わいじゃ」
「気に、入りましたか」
「気に入る、などという言葉では、到底、足りぬ」
夜桜は、二杯、三杯と、立て続けに杯を傾けた。
いつもより、明らかに、頬が赤い。
「今日は、機嫌がよいぞ」
夜桜は、上機嫌に、袖を払った。
「何でも、聞くがよい。特別に、答えてやろう」
配信をつけていたことを、思い出す。
「皆さん、今日は、夜桜さんが質問コーナーをやってくれるそうです」
『やった!』
『待ってた!』
『夜桜さんの正体、聞いていい?』
案の定、真っ先に、その質問が来た。
「さて、な」
夜桜は、涼しい顔で、はぐらかす。
酔っていても、そこだけは、崩れない。
『じゃあ、継刃について聞きたいです。あの刀の力って、どういう仕組みなんですか?』
「ほう、良い質問じゃ」
夜桜は、杯を置き、少し、真面目な顔になった。
「錬司、お主の刀。あれのような、特殊な性質を宿す道具には、共通する条件がある」
「条件、ですか」
「一つは、持ち主の、並々ならぬ愛着」
夜桜は、指を一本、立てた。
「そしてもう一つは、魔素の影響」
「その二つが、揃うと」
「道具が、一種の、擬似的な『モンスター』と化す」
思わず、息を呑んだ。
「モンスター、ですか」
「うむ。この地の底に巣食う生物どもも、元を辿れば、魔素によって形作られたものじゃ。道具もまた、同じ理屈で、生物に近い、何かになる。魂に近いものが、宿ると言うてもよい」
夜桜は、杯を傾けながら、続けた。
「そして、面白いのは、ここからじゃ。目覚める能力は、持ち主が、その道具に込めた気持ちに沿ったものになる」
「込めた気持ち......」
「お主は、あの刀に、何を込めておった」
問われて、少し考える。
「......自分の全部を注ぎ込んで、育て上げて。至極の一振りに、したいと」
「じゃろうな」
夜桜は、満足そうに頷いた。
「継刃は、斬った相手の力を糧に、絶えず成長を続ける。それは、極限まで育て上げたいという、お主自身の、貪欲なまでの願いの表れじゃ」
その言葉に、鳥肌が立った。
継刃という刀が、単なる偶然の産物ではなく、自分自身の想いを、映し出したものだったなんて。
『鳥肌立った』
『刀に心が宿るって、ロマンすぎる』
『じゃあ、他の武器も、みんな同じ理屈で?』
「理屈は、同じじゃ。じゃが、実際にそうなるものは、極めて稀じゃ。愛着と、魔素と、そして――」
「そして?」
「持ち主自身の、生き方、じゃな」
夜桜は、少し、遠くを見るような目をした。
「並大抵の想いでは、道具は応えぬ。お主のように、迷いなく、まっすぐな願いを、長く抱き続けられる者だけが、その扉を開ける」
『刀オタクさん、すごい人だったんだな......』
コメント欄が、静かに、感嘆の色に染まっていく。
少し照れくさくなり、話題を変えるように、別の質問を拾った。
『あと聞きたいんですけど、前に起きた、スタンピードって、結局何が原因だったんですか?』
「ああ、それか」
夜桜は、軽く笑って、答え始めた。
「あれは、単純な話じゃ。ダンジョン内を漂う魔素というものは、時に、偶然、一箇所に溜まることがある」
「溜まる、というと」
「淀み、と言えば分かりやすいかの。水が、流れの緩やかな場所に、溜まって淀むのと同じじゃ」
夜桜は、宙に、指で円を描くようにしながら、説明を続けた。
「その淀みの中に、生物が長く留まると、じわじわと、魔素の影響を受け続けることになる。結果として、強化され、そして、凶暴化する」
「その一体が、鬼だった、ってことですか」
「――待て」
夜桜の声が、急に、鋭くなった。
「鬼、と言うたか、今」
「あ、はい。俺たちは、そう呼んでたんですけど」
「それは、断じて、鬼などではない」
夜桜が、珍しく、身を乗り出してきた。
「あれは、オーガじゃ。図体がでかいだけの、力任せの獣。鬼族とは、似ても似つかぬ」
「......そんなに、違うものなんですか」
「違う」
夜桜は、はっきりと言い切った。
「鬼族という者は、あのような、粗野なだけの化け物とは、格が違う。知恵もあれば、技もある。オーガなど、鬼族に比べれば、赤子同然の強さじゃ」
珍しく、熱のこもった口調だった。
いつも、飄々として、何事にも動じない彼女が、ここまで、はっきりと感情を見せるのは、珍しい。
『夜桜さん急に早口で草』
『鬼族へのこだわり強すぎるw』
『何かのプライドを感じる』
コメント欄も、その変化を、面白がっていた。
「......詳しいんですね、鬼族について」
「......まあ、な」
夜桜は、少し、ばつが悪そうに、視線を逸らした。
「昔、色々と、聞きかじっただけじゃ」
それ以上は、いつも通り、はぐらかされてしまった。
「うむ。じゃが、それだけでは終わらぬ。強化された個体の周囲では、他の生物たちも、次第に、その気配に呑まれ、凶暴化していく」
「連鎖する、ってことですね」
「そうじゃ。そうして凶暴化した生物たちが、我先にと、ダンジョンの外――安全な場所を求めて、逃げ惑うように、暴れ出す」
「それが、スタンピード」
「うむ。あれは、悪意ある侵略ではない。ただの、自然現象のようなものじゃ。淀みができ、それが、行き場のない圧力となって、溢れ出す」
なるほど、と思う。
あの日の鬼の咆哮も、狂暴さも、悪意ではなく、ただ、抗いようのない力に、飲み込まれた結果だったのか。
『分かりやすい説明ありがとうございます!』
『夜桜さん物知りすぎる』
『やっぱりただ者じゃない......』
夜桜は、その反応に、満足そうに笑った。
「今日は、気分がよいでな。これくらいは、教えてやる」
「ありがとうございます」
深く、頭を下げる。
だが、心のどこかで、小さな疑問が、また一つ、増えていた。
なぜ、彼女は、これほどまでに、この場所の理を、詳しく知っているのか。
まるで、自分自身のことのように、語る、その口ぶり。
だが、その日は、それ以上、深く考えることはなかった。
ただ、素直に、また一つ、この世界の謎が解けたことに、胸を躍らせていた。
「今日の酒、本当に、うまかったぞ」
夜桜が、瓶の底に残った最後の一滴まで、大切そうに飲み干す。
「また、持ってきます」
「うむ、楽しみにしておる」
二十層に舞う、桜の花びらの中。
その日の稽古も、いつも通り、賑やかに終わった。




