4-15:届く刃
夜桜を、初めて配信に映してから、一ヶ月が経っていた。
あれ以来、気まぐれながらも、定期的に、彼女との稽古風景を配信するようになっていた。
『今日も夜桜さん出るかな』
『師匠回、密かに一番好き』
『あの人の毒舌、癖になる』
最初は、その正体不明な佇まいに、戸惑う声も多かった。
だが、回数を重ねるごとに、視聴者との掛け合いにも、すっかり慣れてきていた。
『夜桜さん、今日の錬司さんの動き、どうでした?』
誰かのコメントに、夜桜が、興味深そうに目を細める。
「甘い。じゃが、先月よりは、幾分、まともになった」
『辛口www』
『でもそれが良い』
『師匠に褒められると逆に嬉しい現象』
「褒めておらぬ」
夜桜が、ぴしゃりと言い返すと、コメント欄は、また笑いに包まれる。
いつの間にか、彼女は、「美人で強い、正体不明のお姉さん」として、視聴者たちに、すっかり親しまれるようになっていた。
『夜桜さん今日も綺麗』
『声だけで惚れる』
『でも絶対に敵に回したくない』
「これは、褒め言葉なのか?」
夜桜が、時折、そう首を傾げる様子も、また視聴者たちには好評だった。
その日も、いつも通り、二十層で、稽古が始まった。
「今日も、頼む」
「はい」
継刃と結刃、二刀を構える。
この一ヶ月、夜桜から学んだ型を、体に、さらに深く刻み込んできた。
力の使い方。
継刃の気配を、結刃へ通す呼吸。
そして何より、彼女の動きを、少しでも先読みする感覚。
「行くぞ」
夜桜の姿が、掻き消える。
だが。
「――そこ、ですよね」
振り向きざま、継刃を振るう。
空振り、ではなかった。
夜桜が、僅かに、体を捻る。
「......ほう」
初めて、その声に、驚きの色が混じった。
「見えておったか、今の」
「なんとなく、ですけど」
息を切らしながら、答える。
これまでなら、彼女の動きは、まるで残像のように、捉えられなかった。
だが、今は、微かに、その気配の流れが、見える。
「もう一度」
「はい」
夜桜が、間合いを詰める。
振るわれる手刀を、結刃で受け流す。
その隙に、継刃を、下から掬い上げるように放つ。
「――っ」
夜桜が、初めて、小さく身をよじって回避した。
着物の袖が、わずかに切れる。
『は?今の当たりかけてなかった?』
『師匠に一撃入れかけてるwww』
『刀オタクさん急成長してない?』
コメント欄が、色めき立つ。
「......悪くない」
夜桜が、静かに、袖を確かめながら呟いた。
「じゃが、まだじゃ」
次の瞬間、夜桜の姿が、視界から、完全に消えた。
「え――」
気づいた時には、背後を取られていた。
「甘い」
軽く、首筋に、指先を当てられる。
もし、これが本物の刃だったら。
その事実だけで、背筋が、冷たくなった。
「......負けました」
肩を落としながら、素直に認める。
「悪くない攻めじゃった」
夜桜が、いつになく、率直に言った。
「一ヶ月前のお主なら、あそこまで、刃を届かせることすら、できなんだ」
「......本当ですか」
「世辞を言う趣味は、ない」
夜桜は、袖の裂けた部分を、指でなぞりながら、微かに笑った。
「この調子で、続けよ。いずれ、わらわを本気にさせる日が、来るやもしれぬ」
「その日を、楽しみにしてます」
思わず、笑みがこぼれる。
まだ、勝てない。
だが、確実に、その距離は、縮まっている。
配信を締めくくった後、コメント欄には、たくさんの声が残っていた。
『二人とも、どんどん強くなってる気がする』
『師弟関係、良いなぁ』
『次回も絶対見る』
地上への帰路、夜空を見上げながら、静かに、拳を握った。
あと、どれだけの稽古を重ねれば。
あの、風のような剣技の持ち主に、一太刀、確かに届かせられるのか。
答えは、まだ、遠い。
でも、その距離が、確実に、縮まっている実感だけは、確かにあった。




