1.やり直しなんて認めない
[日間]ハイファン - 完結済 2位
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暗闇で蝋燭の金色の炎が揺らぎ、体長10㎝ほどの赤い小鬼が朗々と語る。
「…いいか、嬢ちゃん。
その男はな、先代当主が事故死したもんだから、伯爵家を継ぐために急いで結婚しなきゃならなかったんだ。
婚約者も恋人もいないような堅物な男。そいつが選んだのは、なんと、いつかの夜会で一目惚れした貧しい男爵家の娘だった!
わ〜お、なんてロマンス……おいおい、睨むなよ。
…そんで、特に交流もないまま娘は嫁いだが、男はその娘を愛していた。
でもな、非っ常〜に残念な事に、それを態度に表す様な柔軟性は持ち合わせていなかったってぇわけよ。
だって堅物だもん。恋愛経験0だもん。絶対DT…いや、なんでもねぇ。
普段通りの仏頂面しながらも、心の中では、
『…急な結婚だ。せめて彼女の気持ちが落ち着くまではそっとしておこう』
とかなんとかイケボで思ってるわけ。
いやー泣かせるねぇ!惚れた女の気持ちが動くまで待とうだなんて、漢だねぇ!
体から始まる愛だってあるだろうに、なんでこうDTってやつはロマンチストなやつが多いんだって…え?DTとは?…いや、気にすんな。
でもさぁ、それを言葉にしないわけよ。
北部系ってやつは、多くは語らない方がカッコいいとでも思ってんの?察してちゃんなの??
貴族の娘として、それ相応の覚悟を持って嫁いできた娘にも、使用人にもなぁんにも言わないのよ、こいつ。
そんなわけで、もちろん初夜は決行されず、娘ちゃん、ベッドでぽつん。淋しく一人寝。ぐすん。
なんだっけ?『今はその時ではない』だっけ?それだけ言って寝室を出ていったんだっけか。
惚れた女が薄着でいるってのに、その鋼の意思はすげぇとは思うけどよ…、こいつ、アホなの?言葉足らなさすぎるし、想像力も足りてねぇっていうか。
予想通り、初夜すら行われなかった娘は、伯爵家で触れてはいけない腫れ物のように、遠巻きにされたってわけ。
それでも二人が少しずつ歩み寄りが出来てたら、まだハッピーエンドが見えてたんだけどな。現実ってのはほーんと厳しい!!
代替わり直後で慌ただしかった事もあって、いろんなトラブルが領地のあちこちから出てくる出てくる!
新婚だってのに、男はその対応に追われ、何日も家を空けるようになっちまった。
屋敷に馴染んだ様子のない娘を気にして、使用人たちにも『彼女に適した扱いをするように』なぁんて厳つい顔で言って出ていったけどさぁ…。
適した扱いって何?ふわっとした指示出していくんじゃねーよ!!
そこは、俺のスイートハニーだから最上級のおもてなしをしろ!って言うべきところだろ?
あ、ちょい、引くなって。
伯爵夫人として誠心誠意お世話しろって言いたかったんだろうけどよぉ、言葉足らずもここまでいったら才能だよな。
案の定、使用人たちは男の意図を読み違えたってわけだ。
二人はまだ初夜すら行われてない。交流している姿も見受けられない。
結婚してから、旦那様はいつも難しそうな顔をしている。もしや望まぬ結婚だったのでは?
真実の愛を隠すための偽装結婚?本当の相手は平民?今も恋人に会いに行った?
パッと出の貧乏男爵令嬢はカモフラージュ?いつか離婚するのでは?
…とまぁ、妄想に妄想を重ねて、それが奴らの真実になり、娘のお世話はおざなりどころか底辺レベル。
『望まぬ結婚相手として適した扱い』をするようになっていった。
侍女も、いずれ離婚されるであろう娘の世話しても旨味がないからと、世話を平民メイドに丸投げし、メイド達も、存在しない『真実の愛の相手である平民の娘』を応援して、嫌がらせを繰り返して…」
「もう止めて!!」
小鬼が言葉を止めると、金色の炎がゆらりと揺れた。
どこまでも続く真っ暗な空間。小鬼が持つ蝋燭だけが唯一の明かりだった。
「…もう関係ないわ。わたくしは死んだの」
夫婦の寝室にネズミが出るからと、使用人の部屋に移動させられた。
作物が不足しているのだと、食事が具のないスープと黒パンになった。
メイドが怪我をしているからと、部屋の掃除がなくなった。
護衛の人数が足りてないからと、部屋から出ることを禁じられた。
夫の検閲が必要だからと、他所に手紙を出すことも出来なかった。
態度を注意をすれば、『奥様は伯爵領の常識を知らないようで…』とこちらを見下してくる。
ちょっとした嫌がらせ。ちょっとした悪意。男爵家よりも貧しい生活。味方はいない。
わたくしが何をしたというの。こちらはただ、伯爵家の申し出に断れず嫁いできただけなのに。
最初に壊れたのは心だった。それから体の不調が出るのはあっという間だった。
寝たきりになって、物を食べられなくなっても『また悪妻のワガママが始まったわ』なんて言われるだけで、医者を呼ぶわけでも、様子を見に来るでもなく。
3か月間、家を空けていた夫がやっと帰ってくるだなんて騒ぎを、端のほうの汚れた使用人部屋で聞きながら、この小鬼に見守られ、静かに息を引き取ったのだ。
あの時は、夫を恨む気力さえなかった。ただ、すべてを諦めていた。
「死ぬ間際に、俺様が時を戻してやるって言ったろぅ?あん時に大人しく魂をよこせば良かったんだ」
「…言ったでしょう。もう良いの。やり直したいなんて思わない。あの屋敷で生きる気力もない。このまま無に還りたいだけよ」
「旦那はただ不器用なDTなだけだぜ?」
「それでも、あれほど想像力の欠如した人とどう幸せになれというの。手紙の1通さえなかったのよ」
正直、こうして小鬼が語る夫の心情も信じきれないし、今更どうでもいい。
愛じゃなくてもいい。少しの情があったのなら何故それを表してくれなかったのか。その気遣いさえあれば、わたくしはまだあの屋敷で呼吸をしていられたかもしれないのに。
「ほ〜ん、そういうもん?」
「……そろそろ良いかしら。わたくし、向こうに行かないといけないの」
ずっと、暗闇の向こうから何かに呼ばれている気がしている。早くあちらに行かなければ。
きっとここは生と死の狭間の空間で、呼んでいるのが死後の世界なのだろう。
横を通り過ぎようとするわたくしに、小鬼が蝋燭を掲げる。
「…旦那に期待値0な嬢ちゃんにとっちゃぁ、ひっじょーに残念なお知らせだ」
「…え?」
蝋燭から飛び出した金色の炎が、足に纏わりつきそのまま金色の足かせになる。
「なっ、なによこれ…!?」
「フランチェスカ。お前の旦那が俺と魂の契約をした。これから、お前が生きていた時まで時間が戻される。
良かったな、今度は旦那が頑張って愛を囁いてくれるってよ」
「は…??」
誰が?何を?契約しただと??
とうに枯れ果てたと思っていた心の底から、どす黒い何かがせり上がってくる。
自分のしでかした不始末で妻を殺しておいて、今度こそ愛する、ですって?
自分の後悔を晴らすためだけに、死んでようやく解放されたわたくしを引きずり戻すというの?
激しい嫌悪感と、ふつふつと湧き上がる怒りで、目の前が真っ赤に染まる。
「わたくしに、また、あの結婚生活を送れというの…!?貴族としての矜持も、人としての尊厳も傷つけられたあの日々を!??
…どこまで、どこまで自分勝手で傲慢な男なの……ッ!!」
「安心しろ、旦那以外の記憶はなくなる。苦しかった記憶も綺麗さっぱりとな」
「ハッ」
わたくしが死んだ元凶のくせに、自分の罪を隠してのうのうと生きて、何も知らないわたくしに愛を囁いて満足する…?
「これで嬢ちゃんも、晴れてハッピーエンドってわけさ」
「ふざけないでちょうだい!!」
小鬼の軽い物言いに、思わず地面を強く踏みつけてしまったが、この空間では音も痛みもない。
「……そんな事、絶対に認められないわ」
「悪ぃが、キャンセルは出来なくてね。お前は蘇る。これは決定事項だ」
許さない。自分の不手際でわたくしを死に追いやったことよりも、わたくしの苦痛を泥で塗りつぶして隠そうとする、その性根が許せない…!!
「……なら…小鬼、わたくしと取引なさい」
そう言うと、小鬼はシワシワの顔を楽しそうに歪ませた。
あいつが望む『やり直しのハッピーエンド』なんて、絶対に踏み潰してやる。




