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第52話 王都会議、荒れる

 王都行政庁の会議室は、朝から空気が重かった。


 長い机の上には、リベル村から提出された設備台帳の写し、外縁部確認の記録、クラウス技師が持ち込んだ測定具の鑑定結果、そしてニコルの来訪者記録の写しが並んでいる。


 どれも、辺境村が出した文書とは思えないほど整っていた。


 それが、会議室にいる者たちを黙らせていた。


「……まず確認します」


 行政庁のオルブライトが、低い声で言った。


「外縁部確認において、クラウス技師は事前提出していない機能を持つ測定具を使用しようとした。これは事実ですね」


 クラウスは椅子に座ったまま、顔色を変えずに答えた。


「標準的な補助機能です。現場ではよく使われます」


 防衛局のラウル査察官が、机を指先で軽く叩いた。


「標準的なら、なぜ事前提出しなかった」


「細部まで記載する必要はないと判断しました」


「その判断が問題だと言っている」


 ラウルの声は静かだった。


 だが、会議室の誰もがその静けさの奥にある怒りを感じ取った。


 ギルド側の代理人も記録を確認しながら言った。


「リベル村側の鑑定では、その測定具に“管理紐付け系”の反応があったと記されています。クラウス技師、これは否定しますか?」


「言葉が大げさです。反応値を記録するだけです」


「誰の管理下へ?」


 その問いに、クラウスは一瞬だけ黙った。


 それだけで十分だった。


 オルブライトは眼鏡を押し上げる。


「さらに問題があります。帰路前の発言です」


 机の上に置かれた記録板の写しを読む。


「“王都が一度止めたもの”。その後、“言葉の綾”と訂正」


 部屋の空気がさらに冷える。


 クラウスは薄く笑った。


「古く停止していた設備という意味です。辺境の記録係が過敏に取ったのでしょう」


「その場には防衛局とギルドの立ち会いもいた」


 ラウルが言った。


「そして両者の記録も、ほぼ同じ内容だ」


 クラウスの笑みが少しだけ硬くなる。


 そこへ、商会代表が口を挟んだ。


「しかし、発言一つで技師の責任を問うのは性急では? 問題は、リベル村が危険な古代設備を抱えていることです。確認を制限されすぎては、安全判断などできません」


「リベル村は設備台帳を提出している」


 ギルド代理が返す。


「井戸、水車、旧水路、外周結界。点検日、管理者、危険時手順まで記録されている。少なくとも、管理不能な村とは言えません」


「それは村側の自己申告でしょう」


「外縁部確認で、少なくとも外周結界柱外側は安定していました」


 防衛局の役人が言った。


「こちらの記録でも同じです」


 商会代表は口を閉じた。


 オルブライトは文書をまとめ、淡々と言う。


「行政庁としては、リベル村側案を基礎に第三案を作成します。管理区域は縮小。井戸、水車、治療所は外部管理対象外。古代設備外縁部のみ、第三者立ち会いで継続確認」


「待っていただきたい」


 商会代表が身を乗り出した。


「それでは支援計画が立てられません。設備の全容が不明なまま、どう資材を入れるのですか」


 ラウルが短く言った。


「支援の名で首を突っ込む必要はない」


 会議室が静まり返った。


 オルブライトが軽く咳払いする。


「防衛局、表現を少し」


「失礼。だが、意味は変えない」


 その頃、ローゼン侯爵家の執務室にも会議の途中報告が届いていた。


 侯爵は報告書を読み、指先で机を叩いた。


「クラウスめ。余計なことを」


 アルヴィンは静かに立っている。


「行政庁は村側案を基礎に第三案を作る方向です」


「オルブライトは堅物だ。書類が整っていれば、書類に従う」


「リベル村の設備台帳が効いています」


「辺境村ごときが、紙で王都に対抗するとはな」


 侯爵の声は冷たい。


 怒鳴らない。

 だからこそ、室内の空気が冷えた。


「クラウスは?」


「切り捨てるにはまだ早いかと」


「いや、少し距離を置け。あれは失言した。必要なら“技師個人の判断”で済ませる」


 アルヴィンは小さく頷いた。


「では、次の手は」


 侯爵は椅子に深く座った。


「村そのものを締める」


「物資ですか」


「そうだ。畑を戻すには種がいる。農具がいる。薬草も布も金具もいる。商会へ話を通せ。管理委員会の判断が出るまで、リベル村向けの大口取引は控えるようにとな」


「露骨すぎませんか」


「露骨でよい。理由は“安全確認待ち”だ。危険設備区域へ物資を入れるには慎重であるべきだと言えばよい」


 アルヴィンは少し目を伏せた。


「周辺村にも噂を?」


「流せ。リベル村が水路を戻したなら、次は水だ。水を持つ村は力を持つ。周辺村に不安を植えろ」


「リベル村が水を独占する、と?」


「事実でなくてよい。不安で十分だ」


 侯爵は窓の外を見た。


「村の中を折れないなら、村の外を締める」


 その言葉は、判決のように静かだった。


 会議室では、クラウスがまだ食い下がっていた。


「リベル村の外部技師、ダリオ・ガンツは除名歴のある人物です。その技術報告を信用するのですか」


 ラウルが目を細める。


「信用するかどうかではない。現場結果を見る。旧水路は通水し、畑側へ水が届いた。記録もある」


「偶然でしょう」


「偶然で水路は直らん」


 ギルド代理が思わず言った。


 オルブライトも頷く。


「少なくとも、村は危険を発見し、段階的に処置し、結果を記録した。それは安全管理能力の一部として評価できます」


 クラウスは黙った。


 この場では、押し切れない。


 そして、それを全員が理解していた。


 最終的に、予備会議は次の結論を残した。


 一つ。リベル村側の設備台帳を暫定的に有効資料として扱う。

 二つ。管理区域は行政庁案から縮小し、村側案を基礎に再検討する。

 三つ。クラウス技師の測定具について、提出外機能の説明を求める。

 四つ。クラウスの失言については、現時点で断定材料とはしないが、協議記録に残す。

 五つ。次回協議までに、リベル村の旧水路復旧状況を追加確認する。


 会議が終わると、ラウル査察官は廊下でオルブライトに声をかけた。


「行政庁は、ローゼンに押されるか」


 オルブライトは書類を鞄に入れながら答える。


「押されます。行政庁とは、押される場所ですから」


「正直だな」


「ただし、押された跡も記録に残します」


 ラウルは少しだけ笑った。


「あなたは厄介な役人だ」


「最高の褒め言葉ですね」


 二人の横を、クラウスが無言で通り過ぎていった。


 その背中を見ながら、ラウルは低く言った。


「リベル村へ知らせておく。次は、外から締めてくる」


「物資ですか」


「おそらく」


 オルブライトは頷いた。


「では、行政庁としては中立取引の道を塞がぬよう、記録を残します」


「頼む」


 王都の空は晴れていた。


 だが、その晴れた空の下で、次の圧力はもう形を取り始めている。


 リベル村の小さな畑に、まだ種は足りない。


 農具も足りない。

 布も薬草も金具も足りない。


 ローゼン侯爵は、そこを狙った。


 剣ではなく。

 契約書でもなく。

 制度と商流で。


 辺境村の喉元を、外からゆっくり締めるために。

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