表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「鑑定しかできない無能」と追放された俺、実は壊れた才能を直せる唯一の神職でした〜捨てられ聖女と辺境村を修理していたら、勇者より先に国を救ってしまった〜  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
229/235

第229話 時刻表に矢印を描くな

 時刻表は、ただの表ではない。


 今日、そのことを思い知った。


 線を引けば地図になる。

 色を塗れば流れになる。

 隣に並べれば仲間に見える。

 上から下へ読めば、原因と結果に見える。


 時刻表は、恐ろしい。


 数字が並んでいるだけなのに、人間の頭の中で勝手に物語を作る。


 何時何分に旧水路。

 そのあとにハルマ古井戸。

 少し遅れて中枢室。


 それだけで、まるで旧水路が井戸へ何かを伝え、井戸が中枢室へ返したように見えてしまう。


 そんなものは、まだどこにもない。


 ないのに、見える。


 だから、危ない。


 朝の中央井戸で、副記録係が読み上げた。


「朝。中央井戸、水温正常。水面揺れなし。濁りなし。匂いなし。同時記録表第一枠作成後、継続異常なし。時刻表作成、ただし矢印不可」


 ニコルが頷く。


「よいです」


 トマは水面を見ながら、自分の眉間を指で押さえていた。


 ダリオさんが豆を噛む。


「今日は眉間に線がある」


「もう分かってます。矢印ですよね」


「今日は矢印というより、流れ図だな」


「進化してるじゃないですか、嫌な方向に」


 井戸番が通信越しに笑った。


『眉間に流れ図を描くな。水面が迷惑する』


「水面、俺の眉間まで見てるんですか」


『見てない。だが、焦った顔は水に映る』


 ニコルが記録する。


『焦った顔は水に映る』


 村長が静かに言った。


「水に映る顔も、観測の一部じゃ」


 トマが慌てる。


「俺の顔、観測に混ぜないでください」


 ダリオさんが即答する。


「混ざる。だから気をつけろ」


 セリアが薬草茶を配りながら言う。


「薬草を見る時も、こちらの顔つきで判断が変わることがあります。焦っていると、葉のしおれが大きく見えます」


 ハンナが頷いた。


「セリアさん、心配な鉢を見る時、顔が近いです」


「ハンナ」


「今日は顔の話なので」


 ミラが真面目に書く。


『心配なものを見る時、顔が近くなる』


 トマが小さく笑った。


「今日は顔と時刻表の話なんですね」


 ダリオさんが言った。


「どちらも勝手に線を作る」


 広間へ戻ると、机の上には昨日作った同時記録表の第一枠が置かれていた。


 ただし、まだ空欄が多い。


『同時記録表・第一枠』


 一、現地

 二、現象名候補

 三、分類

 四、発生推定

 五、観測時刻

 六、報告時刻

 七、広間記録時刻

 八、中枢室表示時刻

 九、観測者

 十、環境差

 十一、同時記録注意

 十二、因果判断禁止欄


 そして赤字。


『因果表ではない』

『矢印不可』

『色分け不可』

『比較不可』

『並べることで生まれる誤解を併記する』


 ニコルはその横に、さらに新しい紙を置いた。


『時刻表作成規則』


 一、矢印を描かない。

 二、流れ図にしない。

 三、色で関係を示さない。

 四、同じ行に置く時は「関係なし未確定」と併記する。

 五、時刻を一つにまとめない。

 六、発生推定、観測時刻、報告時刻、広間記録時刻、中枢室表示時刻を分ける。

 七、見やすくしすぎない。

 八、見にくくしすぎない。

 九、空欄を埋めるために推測しない。

 十、時刻表完成を観測準備完了にしない。


 トマが七番と八番を見て顔をしかめた。


「見やすくしすぎない、見にくくしすぎない。人間の面倒さがすごいですね」


 ニコルが頷く。


「はい」


「そこ、否定してくれてもいいんですよ」


「否定しません。時刻表は、人間の面倒さをかなり受けます」


 ダリオさんが言った。


「見やすい表は、勝手に読めた気になる。見にくい表は、読んだことにしたくなる。どちらも危ない」


 セリアが静かに言う。


「薬草棚の札もそうです。大きすぎる札は、その薬草ばかり目立ちます。小さすぎる札は、見落とします」


 ハンナが言った。


「ちょうどいい札って、作るの面倒です」


 ミラが記録する。


『ちょうどいい札は面倒』


 村長が頷いた。


「ちょうどよいものは、だいたい面倒じゃ」


 午前の王都協議が始まった。


 王都再審査室、外部監査部、防衛局、保存官、地図職人班、そして王都書記班。


 今日はこの王都書記班が、問題だった。


 通信が開くなり、王都書記班の代表がかなり丁寧な声で言った。


『王都書記班です。同時記録表を見やすくするため、暫定的な流れ図案を作成しました。旧水路淡青白揺れ候補、ハルマ古井戸水面遅れ候補、中枢室表示時刻を縦に並べ、発生推定から表示までを段階線で——』


「止めます」


 ニコルが即座に言った。


 声は丁寧だった。


 だが、刃物みたいに切れた。


 王都書記班が止まる。


『まだ案の段階ですが』


「案の段階で止めます」


 ダリオさんが豆の椀を置く。


「段階線とは何だ」


 書記班は少し戸惑いながら答えた。


『発生推定、観測、報告、記録、表示の順を見やすくするための線です。因果を示すものではありません』


 トマが小声で言った。


「でも、線ですよね」


 ニコルが赤字で書く。


『因果を示さない線でも、因果に見える』


 ダリオさんが言う。


「順番を示す線も、原因に見える。特に縦に置くと、上から下へ落ちる。人は落ちたものを流れだと思う」


 書記班が沈黙する。


 外部監査部がすぐに入った。


『外部監査部、リベル村指摘を支持。流れ図案は破棄。時系列の視覚補助線は不可』


 書記班が、少し残念そうに言った。


『了解しました。では、線なしの表形式へ戻します』


 地図職人班が通信越しに、ぽつりと言った。


『気持ちは分かります』


 トマが小声で笑う。


「地図職人さんが同情してる」


 ニコルが続ける。


「王都書記班へ。時刻表は見やすさより、誤読しにくさを優先してください」


 書記班が復唱する。


『見やすさより、誤読しにくさを優先』


 ダリオさんが頷く。


「いい。見やすくて誤読する表は、見にくい表より危ない」


 ニコルが赤字で書いた。


『見やすくて誤読する表は、見にくい表より危ない』


 防衛局が慎重に入る。


『同時記録表の目的を確認します。時刻帯近接を記録しつつ、関連判断を保留するための表、という理解でよろしいですか』


 ニコルが頷く。


「はい。ただし“時刻帯近接”も強い場合があります。今回の旧水路とハルマ井戸については“時刻帯微弱近接”です」


『了解しました』


 防衛局は、今日はかなり言葉を選んでいた。


 少しずつではあるが、王都も止まり方を覚え始めているのかもしれない。


 そう思った瞬間、ダリオさんがこちらを見た。


「レオン」


「はい」


「王都が覚え始めた、と思った顔をするな」


「……してました?」


「していた」


 トマが笑いをこらえる。


 ニコルが記録板を構えた。


「レオン、王都が覚え始めたと思いかける」


「それ、記録します?」


「します。期待は判断を甘くします」


 俺は黙るしかなかった。


 セリアが少し笑って言った。


「希望は必要です。でも、混ぜすぎると甘くなります」


 ハンナが頷く。


「薬草茶もそうですね。甘くしすぎると、薬草の苦みが分からなくなります」


 ミラが書く。


『希望を混ぜすぎると、苦みが分からなくなる』


 ダリオさんが言う。


「採用」


 午後は、実際に同時記録表を作る作業になった。


 まず、旧水路淡青白揺れ候補。


 現地。旧水路浅層緩衝線。

 現象名候補。淡青白揺れ候補。

 分類。未分類微弱反応。

 発生推定。未確定。

 観測時刻。現地班報告による。

 報告時刻。旧水路班通信記録。

 広間記録時刻。ニコル記録。

 中枢室表示時刻。表示あり。ただし表示遅れ未検証。

 観測者。旧水路班二名。

 環境差。水面なし、浅層土壌上の空気揺れ。

 同時記録注意。ハルマ水面遅れ一度目候補と時刻帯微弱近接。

 因果判断禁止欄。因果判断不可。矢印不可。


 次に、ハルマ古井戸水面遅れ一度目候補。


 現地。ハルマ古井戸。

 現象名候補。水面遅れ一度目候補。

 分類。現場違和感名。

 発生推定。未確定。

 観測時刻。井戸番観察。

 報告時刻。ハルマ通信記録。

 広間記録時刻。ニコル記録。

 中枢室表示時刻。表示あり。

 観測者。井戸番。足音二名。

 環境差。風あり、桶揺れ微長、匂いなし、縁冷え平常。

 同時記録注意。旧水路淡青白揺れ候補と時刻帯微弱近接。

 因果判断禁止欄。因果判断不可。矢印不可。


 並べると、やっぱり何かあるように見える。


 紙の上で、二つの記録が顔を合わせる。


 トマが言った。


「並べると、やっぱり話してるみたいに見えます」


 ニコルが書く。


『並べると話しているように見える』


 井戸番が通信越しに言った。


『勝手に喋らせるな。井戸にも都合がある』


 旧水路班からも声が入る。


『旧水路も無口です』


 トマが笑った。


「旧水路班が旧水路の代弁してる」


 ダリオさんがすぐ言う。


「代弁しすぎるな」


 旧水路班員が慌てる。


『はい、すみません』


 セリアが穏やかに言った。


「でも、そう言いたくなる気持ちは分かります。守っている場所に、性格をつけたくなります」


 ハンナが言う。


「セリアさん、薬草に性格つけますもんね」


「今日は本当に遠慮がないですね、ハンナ」


 ミラが記録する。


『守っている場所に性格をつけたくなる』


 ダリオさんが頷く。


「危険語ではないが、注意欄だ。場所に性格をつけると、意思を読もうとする」


 ニコルが追記する。


『場所に意思を読ませない』


 王都書記班が、線なし表を提出した。


 今度は、線も矢印も色分けもない。


 ただ、欄の並びがきれいすぎた。


 ニコルがじっと見る。


「きれいですね」


 書記班が少し嬉しそうに言った。


『ありがとうございます』


「褒めていません」


『……はい』


 トマが口元を押さえた。


 ニコルは続けた。


「発生推定、観測時刻、報告時刻、広間記録時刻、中枢室表示時刻が左から右へ流れています。これは横向きの矢印に見えます」


 書記班が絶句した。


 地図職人班も黙った。


 防衛局まで黙った。


 トマが小声で言う。


「厳しい……でも分かる……」


 ダリオさんが言う。


「時刻は並べるだけで流れる。だから、流れ方向を作るな」


 ニコルが新しい案を出す。


「縦横の流れを避けるため、時刻種別は一列に並べず、欄を分けた短冊形式にします。各記録ごとに小札として扱い、表全体ではなく、記録束として保管します」


 王都書記班が混乱する。


『表ではなく、記録束ですか』


「はい。表にすると流れます。束にします」


 トマがぽつりと言った。


「時刻表を、表じゃなくする……」


 ダリオさんが頷く。


「いい。表である必要がないなら、表にするな」


 外部監査部が言う。


『外部監査部、リベル村案を支持。同時記録表は“同時記録束”として仮採用。視覚的な流れを避ける』


 ニコルが赤字で書く。


『表である必要がないなら、表にするな』


 セリアが感心したように言った。


「薬草の記録札みたいですね。一枚ずつ見る」


 ハンナが頷く。


「束なら、勝手に線が引かれにくいです」


 ミラが書く。


『束は線を生みにくい』


 ダリオさんが少し笑った。


「今日の勝ち筋だな」


 夕方、中枢室へ登録した。


 俺は入力文を確認する。


 時刻表に矢印を描かない。


 それどころか、表そのものを束に変える。


 こんな面倒なことをするのかと思う。


 でも、今日ずっと見ていて分かった。


 表は、流れる。


 線を引かなくても、人の目が勝手に流れを作る。


 俺は読み上げた。


『同時記録整理。王都書記班の流れ図案を破棄。時刻表の矢印、線、色分け、段階線、比較線不可。見やすさより誤読しにくさを優先。発生推定、観測時刻、報告時刻、広間記録時刻、中枢室表示時刻を横並びの流れにしない。同時記録表は、同時記録束へ変更。各記録を小札化し、因果判断禁止を併記。』


 中枢室の光が細く揺れた。


《同時記録表:再分類》

《流れ図:不可》

《矢印:不可》

《段階線:不可》

《色分け:不可》

《見やすさ優先:不可》

《誤読防止:優先》

《時刻横並び:流れ誘因あり》

《同時記録束:仮採用》

《記録小札化:採用》

《因果判断禁止:併記》

《注意:表は、線を隠して流れる》


 俺が最後の一文を読むと、広間がしんとした。


 表は、線を隠して流れる。


 トマがゆっくり息を吐いた。


「怖いですね、表」


 ニコルが頷く。


「怖いです。私は表が好きなので、余計に」


 ダリオさんが言った。


「好きな道具ほど、危ない使い方を知っておけ」


 ニコルは少しだけ笑った。


「はい」


 夜、俺は個人記録を書いた。


『時刻表作成規則を整理。

王都書記班より、旧水路淡青白揺れ候補、ハルマ古井戸水面遅れ候補、中枢室表示時刻を段階線で繋ぐ流れ図案。破棄。理由:因果を示さない線でも、因果に見える。順番を示す線も、原因に見える。

時刻表は見やすさより、誤読しにくさを優先。見やすくて誤読する表は、見にくい表より危ない。

旧水路、ハルマ古井戸の記録を同時記録表へ試入力。ただし、並べるだけでも話しているように見えるため注意。場所に意思を読ませない。

王都書記班の線なし表も、時刻種別が左から右へ流れており、横向きの矢印に見えるため不採用。

同時記録表を“同時記録束”へ変更。各記録を小札化し、発生推定、観測時刻、報告時刻、広間記録時刻、中枢室表示時刻を一列に流さない。因果判断禁止を各小札へ併記。

中枢室表示:同時記録表再分類。流れ図不可。矢印不可。段階線不可。色分け不可。見やすさ優先不可。誤読防止優先。同時記録束仮採用。記録小札化採用。注意、表は線を隠して流れる』


 最後に書く。


『時刻表に矢印を描くな。

今日は、そのつもりだった。

でも、最後には時刻表そのものを疑う日になった。

王都書記班は、流れ図を作ってきた。

因果を示すものではありません、と言った。

たぶん本気だった。

悪気はない。

見やすくしようとしただけだ。

でも、因果を示さない線でも、因果に見える。

順番を示す線も、原因に見える。

上から下へ落ちれば流れになる。

左から右へ並べば進行になる。

線がなくても、表は流れる。

それが今日一番怖かった。

見やすさより、誤読しにくさ。

ニコルはそう決めた。

見やすい表は気持ちがいい。

綺麗な表は、仕事が進んだ気になる。

だが、綺麗な表ほど、読む者の頭の中に線を隠すことがある。

表は、線を隠して流れる。

中枢室の表示は、かなり嫌な真実だった。

だから、同時記録表をやめた。

同時記録束にした。

一枚ずつの小札。

旧水路は旧水路。

ハルマ古井戸はハルマ古井戸。

中枢室は中枢室。

並べても、肩を組ませない。

小札ごとに因果判断禁止を書く。

面倒だ。

とても面倒だ。

でも、面倒でない表は、たぶん危ない。

ニコルは表が好きだと言った。

好きな道具ほど、危ない使い方を知っておけ。

ダリオさんの言葉も残った。

俺も中枢室が好きだ。

表示されると安心する。

だからこそ、表示も疑わなければならない。

今日の記録束を作っていて、一つ気になることが出た。

旧水路とハルマ井戸の記録の間に、中枢室表示時刻が少し遅れているように見える。

まだ見えるだけだ。

レオンの読み上げ遅れかもしれない。

中枢室の表示遅れかもしれない。

広間記録の処理差かもしれない。

でも、時刻種別を分けたからこそ、そのズレが見えた。

次は、中枢室の表示遅れを読む。

もちろん、俺自身の読み遅れも疑う。

見えているからといって、中枢室だけを責めてはいけない。

表示点も、人も、疲れる。

明日は、その話になる。』


 地上では、水車が回っている。


 時刻表は、表ではなく束になった。


 矢印は描かなかった。


 それでも、記録の間に小さな遅れが見えた。


 中枢室の表示が、少し遅れていたのか。


 それとも、俺が読むのを遅らせたのか。


 次は、そこを分ける。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ