第1話 「鑑定しかできない無能」はもういらない
「――で、結論は?」
焚き火の向こうで、勇者カイルが腕を組んだままこちらを見ている。
夜の野営地。魔王軍の前線に最も近い拠点のひとつ。
周囲には、さっきまで戦っていた魔物の死骸が転がっている。
俺はしゃがみ込み、地面に転がった魔物の牙を手に取った。
「この個体は群れの先導役です。牙の摩耗から見て、ここ最近で戦闘回数が増えてる。近くに巣がある可能性が高いですね」
そう言って、牙を軽く弾く。
硬い音が、乾いた空気に響いた。
「あと、この種類は炎耐性が高い。エレナさんの魔法は効きづらいです。代わりに――」
「もういい」
カイルが、短く遮った。
「……え?」
「そういうのはもういいって言ってるんだよ」
焚き火の火が揺れる。
その向こうで、カイルの顔がわずかに歪んだ。
「結局お前は、戦えないんだろ」
その言葉に、空気が一瞬だけ固まる。
賢者のマリウスが、肩をすくめた。
「言い方がきついな、カイル。だが間違ってはいない。鑑定士の役割は、あくまで補助だ」
「補助でも役に立ってりゃいいけどな」
カイルは吐き捨てるように言った。
「お前がいなくても、別に困らないって話だ」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわつく。
困らない、か。
「……それは違います」
気づけば、口が動いていた。
三人の視線が、いっせいにこちらへ向く。
「魔物の弱点、罠の位置、装備の状態。全部、戦闘に直結します。無視できるものじゃ――」
「でもお前、戦えないだろ?」
カイルが、淡々と言い切った。
「前に出て剣を振るえるのか? 魔法を撃てるのか? 盾になれるのか?」
言葉が詰まる。
「……それは」
「できないよな」
焚き火の火が、ぱち、と弾けた。
「だったら、それが答えだ」
カイルは立ち上がり、腰の聖剣に手を置く。
「俺たちはこれから、もっと強い魔物と戦う。遊びじゃないんだよ」
マリウスも頷く。
「人員は精鋭に絞るべきだ。無駄を抱える余裕はない」
エレナは何も言わない。
ただ、視線を少しだけ逸らした。
――ああ。
そういうことか。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「……つまり、俺はいらないってことですか」
カイルは少しだけ間を置いて、答えた。
「そうだ」
はっきりと。
迷いなく。
「鑑定しかできない無能は、ここまでだ」
胸の奥で、何かが静かに落ちた気がした。
怒りでも、悲しみでもない。
ただ、納得してしまったような感覚。
「分かりました」
俺は頷いた。
「じゃあ、これまでの装備、全部返します」
腰のポーチを外し、地面に置く。
中には記録帳、予備の魔石、簡易修理道具が入っている。
マリウスがちらりと中身を見て、眉をひそめた。
「ずいぶん細かく管理していたんだな」
「まあ、一応仕事なんで」
軽く笑ってみせる。
エレナが、ほんの少しだけこちらを見る。
何か言いたげだったが、結局何も言わなかった。
「じゃあ、これで」
背を向けて歩き出す。
足音が、やけに大きく響いた。
そのとき。
「おい」
カイルの声が、背中にかかる。
振り返る。
「最後に言っておく」
カイルは顎でこちらを指しながら言った。
「お前がいなくても、俺たちは勝つ。勇者パーティーだからな」
その顔には、疑いはなかった。
――ああ、本気でそう思ってるんだな。
「……そうですね」
俺は、小さく頷いた。
それから、少しだけ視線を下げる。
カイルの腰にある聖剣。
見慣れたはずのそれが、今は違って見えた。
ひび。
細い、見逃しそうなほどの線が、刀身に走っている。
俺は思わず、口を開いていた。
「その剣」
「ん?」
「もうすぐ折れますよ」
沈黙。
次の瞬間、カイルが笑った。
「は?」
マリウスも、鼻で笑う。
「負け惜しみか」
「違います。鑑定結果です」
静かに答える。
「破損率、七十%以上。次の戦闘で崩壊する可能性が高い」
カイルの笑みが、少しだけ消える。
だがすぐに、また嘲るような表情に戻った。
「くだらないな」
聖剣を軽く叩く。
硬い音が鳴る。
「こんなもんが折れるわけないだろ。これは“聖剣”だぞ」
「……そうですか」
それ以上は何も言わなかった。
言っても無駄だと分かっている。
俺はそのまま背を向けて、歩き出した。
焚き火の明かりが遠ざかる。
夜の冷たい空気が、頬を撫でた。
森を抜け、街道へ出る。
振り返らない。
振り返る理由が、もうない。
しばらく歩いてから、足を止めた。
ふう、と息を吐く。
空を見上げる。
星がやけに綺麗だった。
「……終わったな」
小さくつぶやく。
勇者パーティーでの日々。
戦場での緊張。
誰かの役に立っているという実感。
全部、終わった。
――でも。
不思議と、絶望はなかった。
ただ、ぽっかりと空いた感じがあるだけだ。
「これからどうするか……」
呟いたそのとき。
視界の端に、何かが残る。
鑑定結果。
さっき見た、聖剣の情報がまだ消えていない。
《対象:聖剣アークレイヴ》
《状態:破損》
《破損率:七十二%》
《次回使用時、崩壊の可能性あり》
俺は目を細めた。
やっぱり、間違ってない。
……まあ。
もう俺には関係ないか。
「頑張ってくださいよ、勇者様」
誰に聞かせるでもなく、そう言って。
俺は、王都とは反対の道へと歩き出した。




