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アルベルトとの夕食

 食堂に入ると既にアルベルトが席について待っていた。

「リオナ!ここ、ここ!」

 アルベルトが椅子を飛び降り隣の椅子をポンポンと叩く。ここに座るようにということなのだろう。リオナがアルベルトの隣に着席するとアルベルトも椅子に座り、食事が運ばれて来た。

「アルベルト様。たくさん召し上がってくださいね」

「うん!リオナもたくさん食べてね。ボルガの料理は美味しいよ!」

 スプーンを持ったアルベルトが自慢気に言う。

 料理は、パンとスープ、レタスとベビーリーフのサラダ、鶏肉のグリルだった。アルベルトの分は食べやすいように既に切ってある。そんな料理の中、異彩を放っていたのはオレンジ色のスープだ。

「綺麗な色のスープですね」

「初めて見た。リオナ飲んでみてよ」

 リオナはスプーンにすくい一口飲んでみる。ほのかに甘みを感じる優しい味だ。丁寧に裏ごしされたポタージュは口当たりがまろやかで飲みやすい。しかしこのオレンジ色の正体はニンジンだ。リオナにとってはちょうど良い甘さで美味しいが、ニンジンが嫌いなアルベルトは飲めるだろうか。

 ニンジン独特の臭みはほとんどないが、嫌いな子どもは敏感に反応するかもしれない。リオナは元々好き嫌いがなく育ったのもあるが、食事を抜かれた時は、それこそ好き嫌いなど言ってはいられない状況だった。もちろんニンジンを丸かじりしたこともあるし、玉ねぎを齧った時は苦しんだ。好きになってくれれば良いのだが。

「美味しいですよ。是非飲んでみてください」

 アルベルトがそっとすくい口元まで運んで眉間に皺を寄る。

「これ、ニンジンだ」

 泣きそうな目で見上げてくるが食べると言ったのはアルベルトだ。しっかりその約束は守らせたい。

「アルベルト様が召し上がるとおっしゃったのでボルガさんが作ったんですよ。さあ頑張りましょう」

 スプーンを持ったアルベルトの手が震えている。余程嫌いなのだろう。食べようと思っても手が動かないようだ。リオナはアルベルトの手からスプーンを取るとそっと口元に持って行った。それにアルベルトが目を瞑って口を開ける。少し口の中に入れるとアルベルトが口を閉じて飲み込んだのが分かった。

「いかがですか?」

「リオナ!これ美味しいよ!」

 パチリと目を開けたアルベルトの目が輝いている。

「甘くてね、しょっぱくてね。なんだか美味しい!リオナもっとちょうだい!」

 リオナはスープをすくってはアルベルトの口に運ぶの繰り返す。まるで雛に餌を与える親鳥になった気分だ。全て飲み終えると満足気に胸を張っている。

「ぼくニンジン大丈夫だったよ!」

「凄いですよ。アルベルト様」

 ミリアたちが手を叩いている。

「リオナもぼくのこと凄いと思う?」

「ええ。思います。さあ、他の物も召し上がってください」

「うん!」

 今度はフォークを持ったアルベルトが食べ始めるのを見ながらリオナはスープを口にした。これが大丈夫なら他のニンジン料理も大丈夫かもしれない。パンにもよく合うのでついついパンに手が伸びてしまう。

 サラダにはグレープシードオイルと塩で作ったドレッシングがかかっていて食べやすく、香ばしく焼かれた鶏肉のグリルにはチーズがかかっている。乳製品が豊富なだけあって溢れるほどかかったチーズは見た目と違って案外さっぱりとした味で美味しい。

 アルベルトに目をやると口元にチーズが付いていたのでフキンで拭くと嬉しそうにリオナを見上げて来た。

「リオナ、美味しい?」

「はい。とても美味しいですよ」

「良かった。ボルガが言ってたの。美味しい料理は幸せにしてくれるから、ボルガはまだまだ料理を研究するんだって」

「そうですよ。美味しい料理は人を幸せにするんです。ボルガさんの料理は今でも美味しいのにもっと美味しくなりそうですね」

「リオナは幸せになった?」

「はい。とても幸せです」

 リオナの言葉にアルベルトが笑う。

「明日も明後日も一緒に食べようね」

「はい。ご一緒します。さあ、まだ残っっていますよ」

 アルベルトが再び食べ始めるのを見てリオナは別の幸せを感じた。美味しそうに食べている人を見ると幸せになる。リオナは自分が食べるよりどちらかと言えばそちらで幸せを感じるのだ。

 友人三人とのお茶会で、ルリバーラがお菓子をどんどん食べて行くのを見るのが好きだった。美味しそうに食べている姿は微笑ましく、リオナはいつも幸せな気分になっていたのを思い出す。アルベルトの食べている姿もそうで、口を大きく開けて頬張る顔が可愛らしい。

「あのね、ぼく他にも嫌いな食べ物があるんだ」

「何が食べられないのですか?」

 アルベルトが首を傾げて考えている。

「えっと、トマトとナスとタマネギでしょ?それから、キャベツとアルパラガス。野菜はあんまり好きじゃないんだ。お魚も好きじゃないし」

 だんだん俯いていく姿は、好き嫌いが多いのは恥ずかしいと思っているのかもしれない。

「だからね、ボルガが大変なの」

「食べられるようになりたいですか?」

「うん。だって何でも食べられる方が良いんでしょ?その方が大きくなれるってばあやが言ってた。でも美味しくないんだもん。デルは大きくなると食べられるようになるって言うんだけど、食べられた方が良いよね?」

「私は食べられる方が良いと思います」

 グランバール領はいざという時真っ先に戦場となる。そんな時に好き嫌いを言っている暇はない。少しでも早く克服した方が良いだろう。それにその方がアルベルトの自信にも繋がる。

「では、今日はニンジンを食べられましたから、これから毎日少しずつ食べられるようになって行きましょう」

「うん!リオナが一緒に食べてくれたら食べられるような気がする。さっきも食べられたし」

 見上げて来る顔を見つめると何とかしてあげたいと思ってしまう。アルベルトは意欲があるのだから。

「わかりました。アルベルト様が嫌いな食べ物がなくなるまで、私も一緒にどうやったら食べられるか考えます」

「嫌いな食べ物がなくなっても一緒に食べてくれる?」

「もちろんです」

「あのね。お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「さっきみたいにぼくの口の中に入れてくれる?さっきも食べようとしたんだけどできなかったの」

 なるほど。意欲はあるが勇気が足りないということか。

「良いですよ」

「約束だよ!あっ、ニンジンはね、もう大丈夫、だと思う・・・」

 苦笑いを浮かべるアルベルトが頬を掻いている。

「では明日はニンジンではなくトマトを食べてみましょう。トマトのどんなところが嫌ですか?」

「トマトはね、ぐにゃっとしているところがあるでしょ?あれがね嫌なの」

「私は好きですけどね。じゃあ、潰して食べてみましょうか。ボルガさんに頼んでおきますね」

「わかった。頑張る!」

 元気の良い返事にリオナは気を良くしてその頭を撫でる。気持ち良さそうにアルベルトが目を細めるのがより可愛らしく見える。そこに扉が開きデルフィーノが入って来たので、リオナは立ち上がりお辞儀をした。

「食事を続けてくれ」

「デル!ぼくね、ニンジン食べられたの!」

 デルフィーノが驚いた顔をしている。そしてちらりとリオナを見て来た。

「本当に食べたのか?」

「はい。まだスープだけですが、美味しいとおっしゃって召し上がられました」

「そうなの!美味しかったよ!これからリオナと一緒に嫌いな食べ物をなくすんだ!」

 デルフィーノがアルベルトの側に来てしゃがみアルベルトを見る。

「そうか。一度決めたことはやり通すんだぞ」

「うん!リオナが食べさせてくれたの!そしたら食べられたんだよ」

 ちらりとデルフィーノがリオナを見て来る。それにリオナはどう応えれば良いかわからなかった。アルベルトが頑張っただけで、余り差し出がましいことも言いたくはない。そんなリオナから視線を外したデルフィーノがアルベルトの向かいの席に座る。

「今日のスープは美味しいよ。見た目もキレイだし。ね、リオナ!」

「はい。美味しいスープでしたね。アルベルト様は全部召し上がりましたし、明日からの食事も楽しみですね」

 二人で笑いあっていると視線を感じ、目を向けるとデルフィーノがこちらを見ていた。おかしなところでもあっただろうかと不安になる。しかし視線を合わせ続ける勇気もなくリオナは再びアルベルトを見た。ほとんどの料理が食べ終わっている。リオナもフォークを持つと鶏肉を口に入れた。

 程なくデルフィーノの前にも料理が並び、美しい所作で食べる姿はさすが辺境伯家だ。アルベルトにも学ばせなければならない。しかし目の前にお手本がいるのだから、わざわざ講師を呼ぶ必要も感じない。デルフィーノの所作を真似すれば自ずとできるようになるはずだ。

 その為にはできるだけデルフィーノが一緒に食事をする必要がある。一緒に食事を摂る日は少ないと聞いているが、進言しても良いだろうか?ちらりとデルフィーノを見ると目が合った。

「何か言いたいことがありそうに見えるのだが」

 低めの声は感情は読めないが、拒まれているとも感じない。

「アルベルト様と一緒に食事を摂る時間を増やしていただけませんでしょうか?」

「できるだけ摂るようにしているつもりだが、仕事の都合で少ないのは事実だ。何故そう思った?」

「デルフィーノ様の食事の所作は完璧だと思いました。ですから、アルベルト様にも少しずつ覚えていただきたいので、お手本として一緒に食事をしていただければと」

 少し考える素振りを見せたデルフィーノがリオナを見る。

「善処しよう。君の働き次第で私の仕事も減るはずだ」

「わかりました。よろしくお願いいたします」

「デル、もっと一緒に食べてくれるの?」

 期待のこもった目でアルベルトが聞く。やはりずっと寂しかったのだろう。

「ああ。毎回とはいかないが増やせるようにする」

「やった!」

「よかったですね。アルベルト様」

「でもリオナも一緒に食べてね。約束だよ」

「はい。かしこまりました」

 終始楽し気にアルベルトが話し、それをデルフィーノが聞いている。リオナはそんな二人を見つめた。

 これからどんなことだできるだろうか?リオナにできることならやっていきたい。この場所がリオナを受け入れてくれるようにと願った。

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