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夜の出来事

 リオナは入浴に必要な物を籠に詰めると使用人棟へ向かった。歩いて5分かからないので楽だ。ラーラの案内で脱衣室に入ると棚に籠を置く。ラーラも一緒に入るようだ。

「リオナ様。私はもう、ここ以外で入浴はできません。お気を付けください」

「え?」

「期待してください!まあ、私たち庶民には浴槽があること自体が珍しいですからね。ここで働くことができて本当に良かったと思っています」

「それは楽しみですね。温泉ってやはり普通のお湯と違うのですか」

「全然違います!見た目は普通の透明なお湯なんですけど、お湯に浸かった後お肌がツルツルになるんですよ。疲れもなくなりますし、癒される~って感じです」

 ラーラがうっとりとした目をしている。

「顔もつやっつやになりますから鏡を見るのが楽しいんです!まるで若返ったようですよ!」

 若返ると言ってもラーラはリオナより少し上くらいだろうにとリオナは苦笑した。

 さあ入りましょうとラーラに促されて扉を開けるとお湯が流れる音がする。広い浴室には大きな浴槽があり、そこへたくさんの湯がじゃぶじゃぶと流れ込み、浴槽から絶えず溢れていた。

「なんて贅沢な・・・」

「そうでしょう?初めて見た時は感動しましたよ」

 そんなラーラの指導の下、体を洗い髪も洗う。そしていよいよ温泉だ。

 髪を結い上げてそっと足を入れると少し熱めの湯で、ゆっくり体を沈めると思わずふぅと溜息が出た。横でラーラがこちらを見ながらにこにことしている。

「出ますよね。溜息。私も毎回出ますよ。なんなんでしょうね?体が気持ち良いって言っているみたいです」

「本当に。足の先からじんわりしてきますね」

 王都の邸にいた頃、自分で湯を運んでいた時はどうしても少しぬるくなってしまっていたので、こんな温かい湯に入ることができるのは初めてかもしれない。

 二人で並んで湯に浸かると窓の外を見た。外からこちらが見えないように垣根があるらしいが、今は真っ暗だ。浴室内にはランプが灯り、ほっとする空間になっている。

「私はですね、出身は王都なんですよ。庶民向けの衣料品を扱う店の娘なんです」

 唐突にラーラが話し始めるのにリオナは黙って耳を傾けた。

「姉がいるので、姉が店を継ぐから私は何となく侍女になろうかなと思って学校に通ったんです。そこそこ成績も良くて、卒業してからある貴族のお邸で働いていたんです。頑張って働いていたんですよ。それなのに、2年目でそこで出会った料理人とお付き合いもして、3年目でそろそろ結婚かなって思った矢先、解雇されたんです」

「どうしてですか?」

「その人が前にお付き合いをしていたのがお嬢様付きの侍女で、その侍女が私がその侍女から奪ったとお嬢様に言ったんですよ。

 実際は私がお付き合いを始める結構前に別れていたらしいんですけど、私はお嬢様から解雇を言い渡されました」

「お付き合いをしていた方は何も言ってくれなかったのですか?」

 ラーラが首を振る。

「いいえ。何も。お金を貯めて二人でカフェを経営しようなんて話もしていたんですけどね。しかもみんなの前でお嬢様に罵倒される私を誰も助けてくれませんでした。

 でも当然ですよね。逆らったら解雇されますもん。お給金も良かったですし、誰も巻き添えになりたくないってのはわかるんです。私でもそうしたかなって思いますし」

「そうですね。理不尽ですが、主家に逆らうのは厳しいと思います。それでここに来たんですか?」

「王都で別のお邸で働こうと探したんですけど、主家が解雇なんだからと紹介状をくれなかったので苦戦しました。辞めた理由も説明できませんしね。別の仕事をした方が良いのかなとも考えましたよ。

 それに付き合っていた人から連絡もありませんでした。捨てられたんだなって思って、仕事も決まらないし、段々自棄になってきて、どこか遠くに行こうかなって思っていたら、ここの求人を見つけたんです。

 もう、グランバール領に行くしかないって思ったんです。直感ですよ。これにかけるしかないって。侍女長には紹介状がない理由を説明しました。王都じゃないから良いかなって思って。そうしたら採用されました。可哀想だと思ってくれたんだと思います。侍女長は優しいですから。

 アルベルト様にお仕えするのは楽しくて、だから嫌なこととか全部もう良いかなって。あのまま結婚しても上手く行かなかったでしょうし。だって解雇された後、実家も知っているのに会いに来てもくれないし、手紙もくれないんですよ?酷いと思いませんか?」

 恋愛経験のないリオナはなんと言えば良いかわからなかった。友人たちを見ていると幸せそうだが、母を思えばそうとも言えない。友人の話を聞くのは楽しいが、ラーラの話を聞くと悲しい気持ちになる。恋愛とは一体どんな感情なのだろうか?

「私は恋愛をしたことがないので、安易に言えないんですけど、ラーラさんは今楽しいですか?」

「ふふ。楽しいですよ。食べ物は美味しいし、温泉もありますからね。それに人間関係も良好です。

 エイミーとは男性の好みが違うから揉めることもないですし。もう、ここから離れらえませんよ。女性が少ない職場は私にとったら働きやすいです。恋愛関係でもう揉めることはないってだけで全然違いますからね」

「そうなんですね。ちなみにどんな方が好みなんですか?」

「私は職人肌の人が好きです。この職に人生をかけてます!みたいな。エイミーは鍛え上げらえた筋肉が好きなんですよ」

「筋肉ですか?」

「はい。盛り上がってる筋肉が好きなんですって。だからここで働き始めたらしいです。特に誰と言ったのはまだないらしいんですけど、『筋肉見放題!』って言ってますから。エイミーに筋肉の話をしてはいけませんよ。長々と語り始めるので」

 口に人差し指を当てながらラーラが言う。

「それは気を付けますね」

 リオナは笑みを浮かべた。

「でも私たちはその分アルベルト様には誠心誠意お仕えしています。良い職場環境で働くには自分がちゃんと働かないといけませんから。ですから、リオナ様とも良好な関係でいたいです」

「私も同じ気持ちですよ。どれくらいここで働かせてもらえるかわかりませんけど、ちゃんと働いていたら長くいられるかなって思っています。これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いいたします」

 ラーラの頬が上気している。そろそろ湯から出た方が良いようだ。

「そろそろ出ますか?」

「はい。少し長く話し過ぎました。すみません」

「いいえ。とても温まりました。それに確かに肌がツルツルしています」

 リオナは腕を撫でるとこれほど違うのかと驚いた。

「そうなんです。毎日これに入れるって贅沢ですよね。あの侍女に感謝したいくらいです」

 明るく笑うラーラは過去を振り切ろうとしている。リオナに話したのも、ここにいる理由を知って欲しかったのかもしれない。人に話せば心が軽くなる。それに王都にいた時より今の方が良いというのは本心だろう。

 ラーラが王都で働いていたなら、伯爵家の長女が辺境伯家で働くのはそれなりの大きな理由があると気付いたのだ。だからラーラと同じようにリオナもここでの生活を楽しんで欲しいと言っていいるに違いない。思わぬ優しさにリオナは嬉しくなった。

 浴室から出ると柔らかいタオルで体を拭く。これは脱衣室に置いてあるものだ。自由に使って良いらしい。ラーラが水差しからグラスに水を注いで渡してくれる。

「入浴の後は水分補給ですよ。この一杯が本当に美味しいんです。体に染み渡るなって思います」

 ゴクゴクと飲み干したラーラが2杯目をグラスに注いでいる。リオナも水を飲むと確かにホッとした。

「生き返るってこういうことかしら?」

「そうですよ!私は毎日生き返っています」

 二人で笑うと、ほかほかの体を休ませながらリオナはラーラとたわいもない話を楽しんだ。


 入浴を終えて自室に戻るとリオナは夜着に着替え、すっかり乾いた髪を梳かすとソファーに座りハーブティーを飲んだ。脱衣室を出たリオナにラーラが淹れてくれたのだ。

 今日は忙しかった。感覚的には3日経っていそうだ。目を閉じるとそのまま眠ってしまいそうで、リオナは寝室に向かうと香油を焚き始めた。ルリバーラにもらったもので、香木の香油は心を落ち着かせてくれる。

 そろそろ寝ようかと布団を捲った時だった。微かに泣き声が聞こえる。そんな気がしたリオナは扉を開けた。すると廊下の真ん中でアルベルトが一人、涙を流しながら立っていた。

「アルベルト様。どうされましたか?」

 リオナは駆け寄ると声をかけた。

「ひっく、ひっく。怖い夢を見たの。真っ暗で何も見えないの。だけど何か怖いのがいるの」

 そっと頭を撫でるとより涙が溢れて来る。

「怖いのがぼくに触ろうとするの。ぼく嫌だから走って逃げるんだけど、真っ暗で何も見えないから走ってもどこにいるかわからないの。さっき目が覚めて、ランプが点いてたから良かったって思ったんだけど、寝たらまた怖いのが来るかもしれないの」

 強い恐怖心があるのかもしれない。両親祖父母が急に亡くなり、ちゃんと理解していないとデルフィーノは言っていたが、幼いながらも怖いことが起こったことは理解しているのかもしれない。

 リオナはアルベルトを抱き上げると自室に連れて行き、ベッドに下ろすとしゃがんでアルベルトを見た。

「今夜は一緒に寝ましょうね。ちょっと待っていてください」

 リオナはメモを書くとアルベルトの部屋のベッドサイドのテーブルに置いた。これで明日ミリアたちが来た時にリオナのところに来るだろう。

 部屋に戻ったリオナはポツンと座るアルベルトに声をかけた。

「もう寝ますよ。さあ、こちらにいらしてください」

 アルベルトがおずおずとリオナの隣で横になる。リオナはそんなアルベルトを抱きしめると優しく背中を叩いた。

「これで怖い夢は見ませんよ。さあ、おやすみなさいませ」

「うん。おやすみなさい」

 小さな子どもの体温は少し高くて温かい。押し寄せる眠気と戦いながらアルベルトが眠るのを待つ。しばらくすると、リオナの隣で丸くなっていたアルベルトから寝息が聞こえ始めた。そんな規則正しい寝息がそのままリオナを眠りへと誘った。

 

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