2-5 「誰がお前に言うか。秘密だよ、ね?」
改めて校内に不幸なニュースが舞い込んだ。
件の他殺体がゴードンの物だと確定したのだ。この報せに、特に2年生の教室は大いに悲しんだと言う。
折角クーポンの話題を出せるくらい教室の雰囲気も落ち着いてきたのに。結局ドミニクも校内も、また葬式会場のように暗くなってしまったのだった。
一体誰が。
秋風にさざめく校門の木を見ながら、ノアも必要以上に口を開く事を止めていた。
***
窓の外、エルキルスはもう夜が訪れている。
朝食を食べて学校に行き、昼食を食べ学校が終わって、夕食を食べる。昨日久しぶりにノアに会えて運を使い果たしたのか、今日は変化のない日だった。
イヴェット・オーグレンはそんな事を思いながら、夕食の後片付けをしていた。今日はポークチャップだったので、油汚れが面倒臭い。
「そういえば今日、中央公園近くの路地裏で死体が見付かったんだってね」
コーヒーが入った青いマグカップを手に取った隣人──牧師館ではなく教会の2階で寝起きしているだけで、ほぼ同居人だが──アンリの声がした。何時ものように作業服を着ている。
自分と叔父、それに隣人が居るリビングにはコーヒーの香ばしい匂いが広がっている。
「あ、それさっきラジオで言ってた! 被害者が高校生なんだってね」
「そうそう、それミトズロッドの男の子なんだって」
「え!?」
ミトズロッド――昨日会った少年の通っている高校。「もしかして」とどうしても思ってしまう。
連続連れ去り事件が落ち着き、ポピーも閉まってしまい縁が途切れた少年。偶然再会出来て運命を感じただけに胸がざわついた。
「え、なんでそんなに驚くの。ミトズロッドに友達でも居る?」
「……そういえばノアさん、ミトズロッドだとか言っていましたっけね。昨日少し聞こえましたよ」
同じくコーヒーを飲んでいる叔父が不貞腐れたように言い、「なるほどね」とアンリもニヤついた。
「イヴェットちゃん、大丈夫。その子ノア君じゃないから」
「私もそのニュースは聞いていましたが、そこまで情報開示はありませんでしたよ。どうしてノアさんじゃないと知ってるんです? その名前を言いたかっただけ、とかなら怒りますよ?」
貴方ならやりそうですし、と呟いてから、叔父は雪だるまがプリントされたマグカップ――6年前の誕生日にプレゼントした物だ――に口を付ける。
言われてみれば確かにそうだ。
焦げ茶色の髪をしたこの青年は確かに詳しすぎる。教会で事務員をしているからと言って、信託を受けた訳でも無いだろうに。
「失礼だな、人から聞いたんだよ! さっき家電修理店でバイトしてたら警察が聞き込みに来てさ、その子家電が好きとかで良くあの辺利用してたらしくて。その時、2年生って言ってたんだ。けどノア君はイヴェットちゃんと同じ1年生じゃん」
「人をなんだと思ってるんだ」とアンリは叔父を睨み付け、再度コーヒーを煽る。
「なら良かった。……でもノアさん大変だね。連れ去り事件の次は殺人事件? 運が良いというかなんというか……」
「ですね、悪霊に憑かれてるのでしょう」
「叔父さんそんな言い方~!」
「――あ、そうだイヴェットちゃん」
叔父の発言を咎めようとした時。
自分の発言を遮るようにアンリに話しかけられた。あっ、と思い視線を隣人に向ける。アンリは小脇に置いていた紙袋をこちらに手渡してきた。
「これ、プレゼント。ごめん、そういえばさっき使った人参、この紙袋に一緒に入れちゃってたや」
差し出された紙袋を前に、毛細血管の先まで血流が行き渡る感覚に襲われる。
「ううん、それくらい良いよ。有り難うー!」
皿を置いて紙袋を笑顔で受け取る。待ち望んでいた物なので頬が上がり、気持ち早口だ。
「えっ、何ですそれ?」
そんな自分を変に思ったのか叔父が瞬いている。
「誰がお前に言うか。秘密だよ、ね?」
「うん。あっ、あたし部屋に戻って良い?」
ニヤニヤと目を細めて同意を求めてくるアンリに、同じ表情を浮かべて頷き返す。
「良いよ。休んでおいで」
「むっ……お風呂沸いたら呼びますので」
話が理解出来ない叔父はつまらなそうに唇を尖らせ、コーヒーを一気に煽った。
「そうだユスティン。俺明日ジャンヌさんの家行く事になったから、午後居ないよ。夕飯までには戻る」
「どうぞご勝手に!」
不貞腐れた叔父の声を背に廊下に出る。
ジャンヌ。
ここの教会の長い信者で、先日愛犬を殺された女性。
日曜礼拝を休んだから何か届け物でもあるのだろうか。それとも、悲しみを直接吐き出したくて呼び出されたのか。
ジャンヌの事は気になったが、それ以上にこっちも気になった。
これがあれば、今日が一転虹色に変わる魔法の品物なのだ。
飴細工を抱えるように紙袋を持ち直し、頬を持ち上げてそそくさと自室に戻っていった。
***
『親愛なるノイへ。
こんにちは。返事をくれて有り難う。
文通って何往復かしたら自然消滅してしまう事が多いから、ノイのようにテンポ良くやり取り出来る友達に巡り会えた事、とても嬉しく思っている。もうノイに会ってから1ヶ月になるんだね、これからも友情を育んでいけたら嬉しいよ。
うん、この街は良いね。
そこかしこで蒸気が上がったりガス灯があったりノスタルジックなのに、駅前や近隣にはショッピングモールが多い。駅前ロータリーからは港や空港までの馬車も出てて交通の便も文句なし。
ちょっと前までは連れ去り事件なんてあったけど、主犯の半グレ達も捕まって治安も最近落ち着いてきたし、美味しそうな店も多い。あ、オススメがあったら教えてよ。
ああでも……霧が出やすいのは嫌だな。
私が住んでいる郊外は霧がそんなに出ないけど、川沿いや工業区の方に行くと凄いね。もしすぐ近くで誰かが誘拐されても、気付かずに通り過ぎる自信がある。怖い怖い。
霧と上手く付き合っていくポイントなんかあればこちらもご教授願えるかな。私は今年エルキルスに来たからまだ分かってないんだ。
それじゃあ今回はこの辺で。また。
スケアリー・メアリーより愛を込めて。』
***
木製で統一された家具や、シンプルな家電しか残っていない板張りの部屋。
雑貨や小物、服といった私物を全て片付けると、そこには思っていた以上に殺風景な空間が広がっていた。
「んー……」
今日で見納めとなる光景を、ノア・クリストフはただただ眺めていた。
ポピーの2階には少ししか暮らしてはいないものの、ここには小さい頃から良く遊びに来ていた。初めてこの家に遊びに来た頃の自分は、何も考えずに水溜まりを飛び跳ねていた。
感傷に浸っていると、そんな自分を現実に引き戻すかのような少年の声が背後から聞こえてくる。
「ノア?」
ハッとして振り返る。




