2-4 「はい、これが例のブツ」
その言葉に、「あー」とリチェが納得したように頷いた。話が早くて、共通の友人で良かったと胸を撫で下ろす。
「お前が言うなら有り得るな。有り難う、おかげで今日は家で飲めそうだ。こんな酷いの、友達じゃなきゃ良いんだけどな……いや友達じゃなくても良くないけど……」
ぶつぶつと呟いた後、「鑑識のとこ行って来る」と言い残し先輩は去っていく。
隣の人が居なくなった影響か冷たい秋の風が頬を殴っていく中、自分も立ち上がる。この死体ももうすぐ退かされる手筈だし、先輩がどんな風に鑑識と連携を取るのか見習いに行こうと思った。
この場を離れる前にもう一度死体を見る。
「……」
友達と同じ赤毛の少年が、友達と同じ高校の制服を着て殺された。
気分の良い話ではない。嫌な胸騒ぎがしたのは気のせいだろうか。
雑念を振り払うように一度頭を振り、クルトは野次馬の視線から逃れるように足を動かした。
***
火曜日は久し振りに霧が晴れた。
気分良く登校したノア・クリストフの耳に飛び込んできた第一声は、けれど気分の悪い話だった。
「ノア。聞いた? 行方不明だったゴードン先輩が、殺されたって話」
自分に話し掛けてくる茶髪の親友――ドミニクの声にピクリと動きを止めた。
「は? ころ……された? あの人、ただの家出じゃなかったのか?」
ゴードン。
金曜日から行方をくらました、1学年上の優等生。同じ赤毛なのもあり印象に残っている。
幾ら優等生だろうがサボりたくなる時もある、とみんな考えていたが、違っていたのか。
改めて教室を見渡すと、みんな不安そうな表情でひそひそ話をしていた。
何時もの騒々しさは何処にもない。
「早朝に赤毛の男子学生の他殺体が発見されたんだって。さっき職員室に警察から電話が来てたのを聞いた奴がいて、先輩の事じゃないか? ってみんな噂してる」
何時もは笑い上戸のドミニクの唇に、今は少しも笑みが浮かんでいない。反面自分は根拠がそれだけの事にホッとしていた。
「なんだ……まだ確定じゃねぇんだろ。勝手に殺してやるなよ」
「さっすが、連れ去り事件を目撃しただけあって落ち着いてるねー。オレ、さっきから凄いそわそわしてんのに」
ドミニクの垂れ目が、どこかホッとしたように細められる。
それを見てこちらも肩の力が抜けた。どうやら何時の間にか自分も緊張していたようだ。
「なんでドミニクが? 先輩と接点でもあった?」
「無いけど……ぶっちゃけると、今の教室の空気が落ち着かなくて……」
耳打ちしてくる親友に何時もの人懐っこさはない。
「お前そういうとこあるもんなあ……。じゃあ少し廊下行かね?」
小声で提案すると、ドミニクは葬儀場から気まずそうに抜け出してきた人のように胸を撫で下ろし、コクコク頷く。
廊下に出たものの、廊下も廊下で教室と同じ表情をした人達が声を潜めている。息を殺しながら彼らから逃げるように移動していくと案外居場所が無くて、気が付けば一階上の空き教室に居た。
「ふ~」
誰も居ない教室に入るなり、2駅隣の港町ルイリーフにある床屋の息子は盛大に息をつく。
「なんかもう1日やり切った気分だよ……このまま帰っちゃおうかな。一緒にどう?」
「16時になったら付き合う」
適当な椅子に座り、ベージュ色のカーディガンを着た親友を見ながら返す。
「ま~クリストフさんったらすっかり真面目になっちゃって」
自分の答えにドミニクはケラケラと笑い、楽しそうに肩を揺らした。場所を変えたのが良かったようで、ドミニクの表情は先程よりもずっと明るい。
「うっせー」
頬を持ち上げているドミニクとは、連れ去り事件の直前に親しくなった。
あの日は雲1つ無い晴天だった。
魔が差したと言えばそう。
緊張も緩んだ頃だったので登校する気にならず、ヴァージニアに行って来ます、と言ったもののエルキルス駅とルイリーフ駅の間にある小さな山を何となく登っていた。
目の前の虫を払おうと大きく腕を持ち上げた時、聞いた事がある少年の声が聞こえて来たのだ。
『あ』
『あっ!』
それがクラスメイト、ドミニク・クロスの物であると気付いたのは2秒後の事。
クラスメイトの中でも一等、この少年は人懐っこく笑う。
そんな人物が学校をサボっている──親近感を覚え、秘密を共有したスパイスも手伝いあっという間に親友になったのだ。どうやらドミニクもサボりたい気分だったらしい。
「事件をがっつり目撃してみろよ、誰だって少しは真面目になるぞ。そう言えばさ、髪切りたいんだ。今度お前の家行って良い?」
「どーぞどーぞ。あっ、うち今創業15年を祝ってクーポン配ってんの。教室戻ったらあげる、安く切れるよ。今度と言わず今日や明日でも良いけど?」
「いや今度で頼むわ。今日明日は引っ越し準備しようと思ってっから」
「ああ……ついにあの家から離れるのね。田舎に帰っちゃったんだっけ、あそこの店長」
しんみりと言われ、「そ」とこちらもしんみり返す。嘘だが良いだろう。
元より居候の身。荷物なんて服や本くらいだ。すぐに移し終わるだろうが、その前に家全体の片付けをしなければ。
「引っ越しって業者お願いしてんの?」
「いや。近ぇし、今日は荷造りで明日荷物持って実家と何往復かする。家電や店の後片付けは店長違う人に頼んだってさ」
これは事実だ。
流石にヴァージニアの物はヴァージニアの弁護士が担ってくれた。証拠になり得るし、そこまで学生にやらせるのは大人のプライドが許さなかったようだ。
「実家って川沿いのマンションだっけ? じゃあオレも手伝うよ、明日暇だし。2人でやった方が直ぐ終わるっしょ?」
「良いのか? サンキュ、助かるよ」
「あはは良いよ良いよ、その代わり夕飯はフードコート行こう?」
ニンマリと垂れ目を細めて笑う少年の笑みは、明らかにこちらの支払いを期待していた。
「ははは……」
笑みを深めるドミニクから視線を逸らす。同時に始業のチャイムが鳴り響き、親友と共にまだまだざわついている教室に戻り、いつも通り授業を受けた。
次の休み時間、ドミニクから店のノベルティを貰った。授業を挟んだおかげか、ざわめきはすっかり消えていた。
「はい、これが例のブツ」
名刺大の紙袋には、メモ帳とクーポン券が入っていた。店名から住所に電話番号と印字されたクーポン券の割引率は──5割。
「うわっ太っ腹だなー」
「オレと同い年で15歳だしねえ。新規客呼び込みたいからよ」
シニカルに言うドミニクだったが、兄弟でも自慢するかのように誇らしげだ。
──しかし昼休み。




