〇九三 女王と獣王
~~~銀坑洞~~~
「悪人面にはああ言ったけどよ。だはははは!
頼りになりそうな部族なんて他にいたっけか?」
「兄ちゃん……心当たりが無いのにあんな大口叩かないでよぉぉ」
「ぶあっははは! だってああでも言わないとあの場で殺されてたぜ!
なあ朶思王よ、なんか強い部族に心当たりはねえか?」
「む、むう……。ちょっと今は思い当たらんが……」
「こいつ本当に使えないよぉぉ。やっぱり殺しちゃおうよ兄ちゃん」
「ま、待て! もう少しで思い出す!
もう少しで思い出すから刃物をしまって――」
「お困りのようだな、大王」
「ああ、帯来義兄ちゃん。援軍に来てくれたんだね!」
「兵も連れてきたが、それよりも俺に名案があるぜ。
木鹿大王を頼ったらどうだ?」
「おお木鹿か! がはははは! そいつはいい! あの野郎を忘れてたぜ!
あいつが力を貸してくれたら蜀軍なんざ恐るるに足りねえぞ!」
「それでは、俺が木鹿大王を説き伏せてこよう。
なに、我々が敗れれば次は自分たちも危ないとわかっているだろう。
利害は一致する。必ずや協力を得られるはずだ……」
「ぐふふふふ……。これで勝ったな!
悪人面や蜀軍どもの驚く顔を見るのが待ち遠しいぜ!
よし、酒盛りしながら帯来の帰りを待とうぜ!」
「おやおや、妾の弟の帯来や木鹿大王に仕事を任せて、
自分たちはのん気に酒盛りかい?
まったく呆れたもんだねえ! 一度や二度負けたくらいで蜀軍が怖いのかい?
自分たちだけで蜀軍を蹴散らしてやろうっていう気概のある男はいないのかねえ」
「か、母ちゃん!」
「ね、義姉ちゃん……。
で、でも一度や二度じゃなくてぼくらはもう五度も負けてるんだよぉぉ」
「妾はまだ一度も負けちゃいないよ!
だらしのない連中ばかりだね。だったら妾が手本を見せてやるさね!」
「ああ……義姉ちゃんが出撃しちゃったよぉぉ」
「ぶはははは! あいかわらず母ちゃんはかっこいいなあ!
なあに、母ちゃんの腕なら心配いらねえよ。
さあ、母ちゃんが敵将の首を挙げてくるのを、酒でも飲みながら楽しみに待とうぜ!」
~~~蜀 馬忠・張嶷軍~~~
「張嶷殿、孟獲軍が珍しく攻撃を仕掛けてきたぞ。
連敗してからそうそう動かなくなったんだが……何か策でもあるのかな?」
「笑止」
「おおっ。さすが張嶷殿だ! 敵の思惑など全く意に介さずに出陣したぞ。
勝負を挑まれたら応じるだけってわけだな!」
「…………!!」
「のこのこ出てきやがったね!
さあ、南中王の妻・祝融が相手になってやるよ!」
「…………御免」
「なんだい? 戦わずに逃げ出すなんてだらしのない奴だねえ!
逃がしゃしないよ! このブーメランを喰らいなッ!!」
「!?
…………不覚」
「くっ! 張嶷殿が捕らわれてしまった……」
「あっははは! 蜀軍の男なんてこんなものかい。
アンタは逃げずに向かってくるんだろうねえ?」
「誤解するな。張嶷殿は御婦人に向ける刃は無いと、戦いを避けただけだ。
だが私は捕らわれの張嶷殿を見殺しにはできぬ。受けて立とう!」
「フン! 戦場で男も女も関係ないさね。
アンタらの軍にも女戦士はたくさんいるだろうが」
「張嶷殿は己の信条に従ったまでのことだ。
さあ、そんなことよりも行くぞ! 西の果て! シルクロードの果ての果て!
土耳古が奥義、油相撲の真髄をとくと味わうがいい!」
「む!? 奴の体から滝のように汗が吹き出している……。
そ、それで何をするつもりだ! な、なんと不潔な! 近寄るなあッ!!」
「甘い! 張嶷殿を襲った時に軌道は見極めた!
そんな攻撃は私には――ん? こ、これは……」
「おやおや、ギリギリで避けられたようだが、摩擦で火がついたようだねえ」
「わ、私としたことが! うわああああああっ!!」
「あっはははは! ざまあないったらありゃしないよ!
ほらほら、火は消してやるからおとなしくおし!」
~~~蜀軍 本陣~~~
「ち、張嶷と馬忠が孟獲の妻に捕らわれただと!?」
「そうか。蛮族は女も野蛮なのだな。
それで兵糧の手配はどうなって――」
「じ、丞相! そんなことよりも
早く孟獲と交渉をしなければ張嶷らが殺されてしまいますぞ!」
「知ったことか。
女子供に負けるような弱将を処刑してくれるなら手間が省けるではないか」
「んぐっ…………」
「張嶷先輩たちは優しいから、女性相手に遠慮があったんじゃないスか。
でも放ってはおけないッス。自分が行って取り返してくるッスよ!」
「待ちやアンタ。目には目を、女には女や。
祝融はんとやらはウチが射倒してやるっす!」
「ちょっと待ったコーーール! 面白そうだからアタシがやるっキャ!」
「脇役は引っ込んでろです。私が殺ってやるです」
「横から出てきてずるいっすよ! だったらジャンケンで決めようや」
「よーし、恨みっこなしだにゃ。ジャーンケーーン!!」
「ああ、姦しい。誰でもいいから外でやれ」
~~~蜀 馬雲緑軍~~~
「――ってことでジャンケンに勝ったウチが戦うっすから、
アンタらは手ぇ出さんといてや」
「わかってるっキャ」
「死んだら次は私が戦うです。安心して殺されて来るです」
「ウス。飛び道具に気をつけるッスよ」
「……で、女の戦いになんでアンタがついてきてるんや?」
「妻の戦いは夫の戦いッスよ。自分が見てるから安心して戦うッス!」
「ヒューヒュー!」
「ただでさえ暑いのに熱くて死にそうです」
「やかましわ!」
「さっきから小娘どもがうるさいねえ。
捕虜を取り返しに来たのかい? だったら安心おし。
亭主を5回も解放してくれた礼に、生かしておいてやってるよ」
「そりゃおおきに。でも勝負となれば話は別っすよ!
ウチは趙雲が妻、馬雲緑や! この矢の照準からは逃がさへんで!」
「フン! 距離をとれば妾と互角に戦えるとでも思ったのかい?
その浅はかな考えを南中王が妻、祝融が粉々に砕いてやるさね!」
「!? チッ……。ブーメランの回転が強すぎて矢が弾かれとるわ……」
「どうしたんだい? 威勢が良かったのは最初だけかいッ!?」
「雲緑! 一矢では足りなくても、二の矢、三の矢と継げば話は変わるッスよ!」
「言われんでもわかっとるわ! ちっとは自分の妻を信用せんかいッ!」
「む……。こ、これは立て続けに同じ場所を狙い撃つことで、
威力を倍増させてるのかい……ッ!?」
「高速回転するブーメランの同じ場所を狙い撃つなんてさすが雲緑っキャ!」
「妾のブーメランの軌道を変えられただと!? な――――ッ!?」
「――勝負あり、やな」
「すごい! ブーメランに意識を向かせて、
その隙に間合いを詰めて剣を喉元に突きつけたにゃ!」
「それにしても鮑三娘は解説キャラがお似合いです」
「な――なぜ殺さない!? 情けを掛けたつもりかい!?」
「アンタが死んだら、亭主が泣くやろ」
「ぐっ…………。張嶷とやらといい、蜀の連中は甘ちゃんばかりだね!
貸しは作らないよ! 捕虜は返してやるからさっさと消えな!」
「うす。おおきに」
「雲緑にゃんかっこいいっキャ! 姐さんと呼ばせてもらうにゃ!」
「雲緑! 鮮やかな勝利ッスよ! 惚れ直したッス!」
「やめや。ひとが見とるわ」
「ママ! 大丈夫?」
「花鬘! ここは危険だよ! 妾は平気だから近寄るんじゃないよ!」
「へ? あの子…………」
「………………」
「なんや、娘もおったんか。なおさら殺さへんで良かったわ」
「馬雲緑と言ったね。次に戦場で会った時は、手心を加えるんじゃないよ!」
「うす。捕虜も返してもろたし、貸し借り無しや」
「面目ない。助かりましたぞ馬雲緑殿」
「感謝」
「さあ、帰るよ花鬘! 出直しだ!」
「うん」
(あの子、孟獲の娘なのに索にゃんを助けてたっキャ?
どういうことだにゃ……?)
~~~孟獲軍 本陣~~~
「……蜀軍は強い。いまいましいけどそれは認めるしかないさね。
女が強い国ってのは本当に強い国だ。
あれだけ強い女が揃ってる国はそうはないだろうよ」
「がははははは! 蜀軍が強ええなんて、
そんなことは母ちゃんに言われなくてもわかってんよ!
俺はもう奴らに5回もとっ捕まってんだぜ!」
「自慢することじゃないよ兄ちゃん……」
「で、どうすんのさアンタ。強い蜀軍をどうやって倒すつもりさね」
「ぶほっ! おいおい、もう忘れちまったのか?
母ちゃんの弟の帯来が、そろそろ援軍を連れて戻ってくるところじゃねえか」
「そんなことは承知だよ!
妾が言いたいのは、南中王・孟獲ともあろうものがね、
他人任せにするだけじゃなくて、
自分でやってやろうって気にならないのかいってことさね!」
「わっはっはっはっはっ!
…………そう言ったってよ、母ちゃん。だってもう5回も負けてんだぜ、俺ら」
「かーーーっ! なんて情けないツラしてんだい!
もうアンタには愛想が尽きたよ。花鬘! 実家に帰るよ!」
「え。で、でも……」
「お、おいおい。待てよ母ちゃん!
やぶから棒に別れるなんてそりゃあねえだろうよ!
もうすぐ木鹿大王のヤツだって援軍に来てくれるし――」
「だからそういう他人任せなところを改めろって妾は言ってんのさ!
まったくアンタは昔っから――」
「………………」
「おやあ、これは間の悪い所に来ちゃいましたかねえ。
いったん出直した方がいいでしょうかな?」
「ぼ、木鹿大王!!
ひゃっひゃっひゃっ! これはみっともないところを見せちまったな!
なあに、母ちゃんと俺の間じゃよくあることだよ。まあまあ、そこに座ってくれよ。
ほらほら、母ちゃんも遠路はるばる来てくれた木鹿に挨拶しろや」
「フン! 調子のいい男だよ本当に!」
「……お茶、いれてくるね」
「いやいやお構いなく。しばらく見ない間に花鬘ちゃんも綺麗になったねえ。
俺が来たからにはもう大丈夫だよ。いや、本当にお茶は結構だ。
連れてきた子供たちがお腹を空かせてるからね。
すぐに餌をやらないといけないんだよ」
「え、餌っていうのはもしかして…………」
「ああ、今すぐ蜀軍の兵どもを、かわいい子供たちの餌に変えてやるよ!」
~~~蜀 趙雲軍~~~
「ち、趙雲将軍! け、獣です! 猛獣の群れがこちらに向かってきます!」
「ウス。見ればわかるッスよ」
「聞いてもわかるヨ。吠え声、鳴き声、叫び声。
こうもうるさくっちゃ読書もできやしないネ」
「は、博士も将軍も何を悠長に……。
す、すぐにギヱンを起動させましょう!」
「ああ。目には目を、獣には獣だヨ」
「オオオォォォォォンンン!!」
「おや? 妙なものがこっちに向かってくるね」
「あ、あれは敵の将軍だよ! 四つ足で疾走し爪と牙で切り裂く魔獣なんだ!!」
「ほほう。獣と人の合いの子、獣人といったところかな。
――半分でも獣なら問題ない」
「ウアァァァァァァァァア!!」
「おすわり」
「ウオン!?」
「よーしよしよしよし。いい子だいい子だ。
お前のことはチャトランと名付けようね。よしよしチャトラン」
「ゴロゴロゴロゴロ……」
「ギ、ギ、ギ、ギ、ギ、ギヱンが…………。
わ、私や博士、諸葛亮丞相にしか従わないはずなのに……」
「そういえば聞いたことがある。
南中には猛獣を意のままに操る、獣王と呼ばれる男がいると。
まさか魏延殿をも手なずけられるとはな」
「猛獣使いっすか。そらすごいわ!」
「か、感心している場合ではありませんぞ!
あれでは魏延将軍を人質に取られたも同然です!」
「よーしよしよしよし。チャトラン、今度は俺のために働いてくれるかい?
さあ、あっちの緑色の連中は敵だよ。一人残らず蹴散らしてくるんだ」
「ガアァァァァァァァァオ!!」
「人質どころか魏延はん、わてらに襲いかかってきとるで。
えらいアグレッシブな人質やな」
「は、は、博士! い、いったいどうすれば!?」
「ふむ……。ワタシはちょっと急用ができた。
ここは楊儀クンたちに任せるヨ。それじゃあ」
「は、は、は、は、は、博士!? こ、こんな時にいったいどこへ――」
「兵たちは猛獣と魏延殿におびえて逃げ惑っている。
これでは勝負にならんぞ!」
「魏延先輩をバッサリ行っちゃうのも気が引けるッスからね。
ここはいったん退却するッスよ!」
~~~蜀軍 本陣~~~
「いやあ、93年も生きてきてあんな敵は初めてッスよ。
兵たちも混乱して戦うどころじゃなかったッス」
「し、しかも魏延が敵に手なずけられたそうだな。
丞相! このような相手とどう戦うおつもりですか!?」
「黙れ。余がこの程度の事態を想定していないとでも思ったか?
馬鈞、貴様の出番だ」
「はいはい。こんなこともあろうかと用意しておいたヨ。
虎戦車のお披露目だヨ!」
「こ、これは……戦車、ですか? し、しかし虎の形をした戦車とは……」
「もともとはギヱンの脚部パーツとして開発していたものだが、
中に人が入って操縦できるように改修したのサ。
でも虎戦車の一番のウリはそんなことじゃないヨ。ほおら、この通り!」
「うおおおっ!? こいつはすげえ! 車が火を噴いたぜ!」
「獣は何よりも火を恐れる。そら、何をぐずぐずしている。
さっさと野蛮人どもに文明の叡智をとくと味わわせてやるのだ」
~~~木鹿大王軍~~~
「い、いったいなんなのだあれは!?
く、車が火を噴いているぞ!?」
「だーはっはっはっ! さすが諸葛亮サンだぜ!
俺らの思いもよらないとんでもねえ代物を隠してやがった!」
「か、感心している場合じゃないよ!
火にまかれて獣たちがみんな逃げちゃったよぉぉ!」
「ま、まだ俺たちにも切り札はある!
行け! チャトラン!」
「グオォォォォォォォォン!!」
「伏せ」
「!?
…………クゥゥゥゥゥゥン」
「な、なに!? チ、チャトランがあっさり寝返った、だと……!?
お、俺にいったんなついた獣が、別人になつくなんてありえねえ!!」
「フン。余の手をわずらわせおって。
くだらぬサーカスはここまでだ。道化どもを殲滅しろ」
「ウス! 覚悟するッスよ!」
「突撃」
「虎戦車が巻き起こしたこの業火……。
いい! 実にいい汗がかけるぞ!」
「ぬぬぬぬぬ……。
こうなったら俺が自ら蜀軍を蹴散らしてやる!
プースケを出せ!!」
「な、なんだあれは!? 灰色の化け物が現れたぞ!!」
「あ、あれは……木鹿大王が乗っているのは噂に聞く象というものか!?」
「なんてえ野郎だ!
火も矢もものともせずに虎戦車を次々と踏み潰してやがるぜ!」
「行くぜ鮑三娘! あれこそ俺たちが戦うべき強敵だ!」
「さっすが索にゃん! あいつを倒すっキャ!」
「象は関索はんが仕留めてくれる! 関索はんに敵兵を近づけるな!」
「バァァァァルカン!!」
「はっはっはっ! 指弾ごときでプースケの分厚い皮膚を貫けるものか!」
「必殺必中! 円月りぃぃぃぃん!!」
「無駄だ無駄だ! プースケを倒せる武器などあるものか!」
「くっ……。どうすればあの装甲を破れるんだ……?」
(人よ………………)
「!?」
(人を狙うのよ、関索…………)
「この声は…………!? よし、もらったああああ!!
俺のこの掌が光って叫ぶ! お前を倒せときらめき唸る!」
「な、なに!? プ、プースケの身体を駆け上がって俺のところまで――」
「ラァァイトニング!! フィンガァァァァァァアア!!」
「ぎゃああああああああああああ!!!」
「やったっキャ!!」
「エェェェェェンド! ヒット!!」
「うわぁぁぁぁ!! ぼ、木鹿大王までやられちゃったよぉぉ!!」
「ぶわっはっはっはっはっ!
こうなったら弟よ、やることは一つだな!」
「え? 一つって?」
「おとなしく降伏するに決まってんだろ!
いやあ、参った参った。ひゃっひゃっひゃっひゃっ…………」
「おい見ろ! 孟獲のヤローが白旗上げてやがんぜ」
「やったで関索はん! あんさんが木鹿大王を倒してくれたおかげや!」
(それにしても……。
あの子の声が聞こえたのは、気のせいだったのか……?)
「索にゃん……? 他の女のことを考えてるのは気のせいかにゃ……?」
~~~~~~~~~
かくして木鹿大王の猛獣軍団を破り、蜀軍は六度目の孟獲捕縛に成功した。
だが追い詰められた孟獲と南中軍にはまだ最後の切り札が残されていた。
切り札の名は藤甲軍。いよいよ最後の決戦の幕が切って落とされようとしていた。
次回 〇九四 不死身の兀突骨




