〇八八 南中への道
~~~呉 濡須~~~
「がっはっはっ! 掛かったな曹丕!
そら、火と矢の雨を浴びせてやれ!!」
「味方は徐盛軍の奇襲を受け総崩れです!
張りぼての城壁や軍船で我々の目をかく乱し、徐盛は背後に回っていました。
我が軍の船は次々と焼き払われています!」
「へ、陛下! こ、ここはもう危険です!
な、流れ矢が! 流れ矢が飛んできます!!」
「ふむ。遠征のたびに軍船を焼き払われては、いくら造ってもきりがないね。
かくなる上は、僕も認めざるをえないようだ」
「な、なにをですか? ああっ! 矢です!
ほら! 矢ですよ矢! 射程圏内です!!」
「僕は父上ほど、曹操ほどは戦が上手くないということだよ。遺憾ながらね」
「ヘーイ! 曹丕はそこかい? 江東一の伊達男、ショウさんとは俺のことさ!
あんたの首をシャンパンタワーの頂上に飾らせてもらうぜ!」
「敵です! 今度は敵です! 流れ矢も飛んでます! 敵です! 矢です!
もう駄目だ! 死ぬ! みんなここで死ぬんだ!!」
「落ち着きたまえ。援軍が来たようだよ」
「陛下! 無事かてめーら!」
「臧覇が参ったぞ! 今のうちに退却せよ!」
「張遼君に臧覇君か。
病気で後方に下げられていると聞いたが元気そうだね。ここは任せたよ」
「ケッ。病気は確かだがただの左遷だっつーの。
おらおら、さっさと逃げろよ!」
「! いかん張遼! 左だ!」
「むううううううん!!」
「ぐわっ! な、なんだこりゃ……石片か?」
「伏兵だ! 大丈夫か張遼!」
「脇腹にもらったがかすり傷だ。逃がさねーぞてめえ!!」
「あれで動けるのか? 張遼やはり恐るべしだな……」
「彼らが足止めしている間に総退却する。全軍に合図を送りたまえ」
「はッ!」
~~~蜀 成都~~~
「曹丕は再び大軍を催し濡須を攻めましたが、徐盛によって撃破されました。
遠征軍は多数の軍船を失い、合肥に守備兵を残し総退却した模様です」
「また軍船を失ったのか。曹丕は道楽で戦をしているようだな」
「金があるってうらやましいなあ。わしらにはそんな遊びできないよ」
「つづけて攻撃を受け、呉と魏の関係はもはや修復不可能であろう。
呉に使者を送ればたやすく同盟を結べるに違いない」
「宿敵の呉と同盟するだと?」
「すでに不戦条約は結んでいる。それをもう一歩進めるだけだ。
だいたい呉を目の敵にしていたのは劉備だ。余には関係ない」
「………………」
「蜀には呉と魏を同時に相手にする力はない。呉も同様だ。
利害は一致する。孫権に人並みの脳みそがあれば同盟は必ず成るであろう」
「………………」
「どうした。何か言いたそうだな。
察するところ呉と同盟することよりも、余の存在自体に異議があるようだな」
「…………単刀直入に言おう。我々はお前が復帰したことに納得していない」
「ほう。貴様らが納得していようがいまいが余には関係ないが?」
「わしは納得してるぞ。っていうかわしが諸葛亮を呼び戻したんだし」
「恐れながら陛下! 我々はこの諸葛亮という男が信用できません。
夷陵の戦いを前に、自分勝手な理由で離脱しておきながら、
今またのこのこと帰ってきて、我が物顔に振る舞うこの男を!」
「余は劉備と劉禅に全権を託されている。
余に逆らうことは劉備と劉禅に逆らうことと同義であるぞ」
「ぐっ…………」
「おっ。出たな身も蓋もない発言!
諸葛亮~。これじゃあ議論が発展しないじゃん。
わしが許すからみんなこいつを口撃していいぞ。
ほらほら武官も黙ってないでなんか言えよ」
「……自分は劉備先輩が諸葛亮先輩に後を託すのをこの目で見たッス。
劉備先輩の遺志に従うだけッスよ!」
「む、むう。そうか……」
「趙雲の実年齢を知ってからみんなの反応が変わったです。
扱いに困ってるです」
「我々、武官は難しいことは考えられません。
指揮官が誰であろうと関係なく、命令通りに戦うだけですよ」
「わては先帝(劉備)は関係なく、馬超はんや董白の姐御に後を託されたんや。
諸葛亮だろうと誰だろうと、命令に従い戦うだけや」
「馬岱殿の言うとおりだ。夷陵の戦いで多くの将兵が失われた。
残された我々は死んでいった彼らの分も戦うまでだ!」
「つーかよ。だったら諸葛亮の代わりが務まるヤツが他にいんのかよ?
この悪人面を追い出して、国が成り立つのかよ?」
(…………私がいる、と名乗り出られる雰囲気ではないな)
「諸葛亮殿の実力は我々もよく知っている。
若き新帝を迎えたいま、仲間割れをすべきではないでしょう」
「……確かに我々の腹積もりで国を揺るがせるわけにはいかないな」
「だが諸葛亮。二度と我々を、いや蜀と劉禅陛下を裏切ることは許さん!
お前の一挙手一投足に我々は目を光らせていると肝に銘じよ!」
「だってさ」
「フン。話はそれだけか? ならば鄧芝を呼べ」
「トウシ? 誰だそれは」
「貴様らボンクラの百倍は使える男だ。
なぜかこの軍議の場には呼ばれていないようだがな。
そろいもそろってたいした節穴を顔の真ん中に空けているようだ」
(……暴言も控えろと言っておけばよかった)
「そのトウシという男に何をさせるおつもりですか?」
「話の流れを忘れたのか?
呉との同盟が必要だと説いてやっただろうが。
鄧芝を使者として呉に送り、孫権を説得させる」
「ご、呉との交渉にそんな
軍議の場にも出ていないような無名の者を使われるのですか」
「ご高名な貴様らの百倍はマシな男だと言った。
地位を気にするなら将軍職でもなんでもくれてやり箔を付けてやれ」
「ふーん。ま、とにかくそのトウシ? っていうの連れてきなよ。
あと無名で貧乏だろうから、服とか馬とか従者とか用意してあげて」
~~~呉 建業~~~
「蜀が同盟を持ちかけてきたって?
つーかこの手紙を書いてんの諸葛亮センセじゃねェか。
いつの間に復帰しやがったんだ?」
「つい先日、下の弟(諸葛均)に会いましたが、
まだ無職だと聞いていたのですがね」
「そんなことより問題は内容のほうじゃ。
我々は毎年のように魏から攻められておる。
蜀との同盟は願ってもない話じゃろうて」
「おっ。珍しいじゃねェか。張昭が何かに賛成するなんてよ」
「なんですと孫権殿!
まるでワシが内容に関わらずなんでもかでも反対しているようではないか!
ワシはいつも国のためになることだけを願い、
国のために思案をめぐらしているというのに、まったく――。
ガミガミガミガミガミガミガミガミ!!」
「わーった。わーった。オレが悪かったよ。
で、蜀から使者として来てんのは誰だって? トウシ? 誰だそりゃ」
「諸葛亮の復帰に際し、新たに将軍位に任じられた者だそうです」
「へえ。…………あれ? 顧雍、おめェ最初からいたっけ?」
「最初からいました。
しかしこの鄧芝という者、若手ではなくだいぶ年齢は行っているようですな」
「ふーん。諸葛亮センセに見込まれたオッサンか。面白そうじゃねェか。
ま、とりあえず会ってみようや。つれてきてくんな」
「ガミガミガミガミガミガミガミガミ!!
――孫権殿、蜀と同盟を結ばれるおつもりか?」
「ガミガミ言いながらちゃんと聞いてやがったのか……。い、いや。なんでもねェよ。
同盟するかどうかはオレの決めることじゃねェ。判断は陸遜に任せるぜ。
オレはそのオッサンに会いてェだけだ」
「………………まったく」
「お、お初にお目にかかります!
と、鄧芝として参りました使者という者です!!
…………あれ?」
「そんな大声出さねェでも聞こえんよ。まあ落ち着けよ。
別にオレらはアンタを取って食おうなんて思っちゃいねェんだ。
それとも煮えたぎった大釜でも用意して待ち構えてると思ったか?」
「わ、私はそのようなことはですね!
考えたこともないというかなんと言いますか!!
あ、でも魚は焼くよりも煮たほうが好きではあります!」
「…………この男、ノープランでしゃべってないゲスか?」
「ははは。今まで来てた堅苦しい連中よりはいいじゃねェか!
まあ立ち話もなんだし、こっちゃ来いや。
酒の用意がしてあんだ。いける口だろ?」
「い、いけると言えばいけますし、いけないと言えばいけません!
し、しかしお望みとあらばいって見せますとも!!」
~~~蜀 成都~~~
「これから御主人様が考えた南蛮討伐軍のメンバーを
発表するからお前ら耳の穴かっぽじって聞きやがれです」
「まず先鋒に趙雲、魏延。左右の軍に王平と張嶷。遊撃隊に張翼」
「ウス」
「私のギヱンに任せよ」
「 」
「がってんだ!」
「承知」
「かしこまった!」
「後衛は馬岱と馬忠。本隊の副将に李恢、それに私、馬謖(ドヤァ」
「はいな」
「熱い戦いをお見せしよう!」
「はッ!」
「漢中の守りは…………ええと、誰だっけか。ああ、呉懿将軍か。
永安には鄧芝を入れる。また成都には張苞、関興、星彩を残す。異変に備えよ」
「はいはい。お任せください」
「そ、備えます! 地震雷火事親父に備えます!」
「ああ、背後は心配しないでくれ!」
「………………」
「関興もあたいもがんばるよ!」
「で、兵站はいつも通り李厳に一任と。……こんなところだな」
「ちょっと待ったコーール!!」
「お邪魔します。諸葛亮殿、俺も遠征軍に加えてください」
「!!」
「関索兄ちゃん!」
「誰かと思えば父の危機も放って気ままに旅していたドラ息子か。
どういう風の吹き回しだ」
「……ようやくお役に立てる力が身についたと自負しています。
どうか雑兵の端にでも加えてください」
「ぶっちゃけ師匠に修行がてら行ってこいって言われたッキャ♪」
「余計なことを言うな鮑三娘」
(!? いま、気配が変わったような……)
「フン。こき使ってくれと言うならば望み通りにしてやるまでだ。
余の側に付き従え」
「………………」
(キキ? なんか敵意に満ちた視線……)
(おっ。張飛はん亡き後のヒロインの座(?)をめぐってつばぜり合いや。
こいつはおもろくなりそうやで)
「此度の戦は、文明の光届かぬ未開の地の蛮族どもが相手だ。
貴様らには文明人としての叡智と矜持を示してもらおう。行け」
「「「「はッ!!!!」」」」
~~~南中 越嶲~~~
「蜀の遠征軍が現れただと?
ブハハハハハ! 待ちくたびれたぞ!」
「フシュルルルル……。都のひょろひょろ侍など恐れるに足らん。
この高定様が返り討ちにしてやろう!」
「……しかしまだ二酸化炭素を吐き出して永昌郡は呼吸をしている。
放っておいたら背後に不安が残るのではないか」
「チッ。これだからもともと蜀の臣下だった奴は頼りにならん。
我らの背後には南中王、それに呉がいるのだ! 蜀が何するものぞ!」
「フシュルルルル……。
そんなに不安ならば朱褒、お前が永昌郡の包囲に残れ。
蜀軍が怖い怖いと震えているがいい」
「ブハハハハハ!」
「……………………」
~~~南中 蜀軍~~~
「あんた、敵の先鋒部隊が見えてきたで!」
「ウス。いよいよっスね」
「博士、ここは危険です。そろそろ後方にお戻りください」
「久々に従軍したのにつれないことを言うネ。
ホラホラ、この植物のつるは伸縮性に富んでいろいろな部品に使えそうだヨ。
おお、そこの樹からにじみ出ている樹液も接着剤にもってこいだ!」
「がはは。ハカセは遠征じゃなく旅行にでも来たみてえだな!」
「何をのんきなことを。
もし博士や私の頭脳が失われればこの国にとってどれだけの損失に――」
「シャアアアアッ!!」
「なんや! 敵かいな!?」
「てやんでい! 一人で向かってくるたぁ、いい度胸じゃねえか!」
「シャアッ! タイガークロー!!」
「つ、爪使いだと!?
面白い、ギヱンのプログレッシブ・ネイルのサビにしてやろう!
ギヱン起動せよ!!」
「 」
「…………あ、あれ? ど、どうしたギヱン?」
「これは熱気と湿度にやられたようだネ。
この気候じゃ無理もないヨ。
早急にチューンアップしないと南中では使えないようだ」
「どどどどどどどうしましょう博士!?」
「タイガーアパカ!!」
「危ないッス! 博士と楊儀先輩は下がってるッスよ!」
「ヒイイイイイイイ!!」
「タイガージェノサイド!
シャシャシャ! シャシャシャシャ! シャシャシャシャシャシャシャ!!」
「ちっきしょうめ! なんて動きの速い野郎だ!」
「接近戦は危険や! なら……ウチの弓の出番っすよ! 喰らえ!!」
「ぐっ!?」
「よくやった雲緑! そこッス!!」
「がああああっ!!」
「さすが趙雲将軍だ! おら、おとなしくしろい!
爪を全部折られちゃどうしようもねえだろべらぼうめ!」
「く、クソ。三人がかりとはいえ俺様を捕らえるとは……」
「おや? こちらの言葉も話せるようだネ。
誰に習った? キミの他にも話せる人はいるのかな?」
「まあまあ、詳しいことは本陣に連れ帰ってから聞くッスよ。
諸葛亮先輩にいい手土産ができたッス!」
~~~~~~~~~
かくして諸葛亮の南中征伐は幕を開けた。
南中の過酷な風土や特異な戦術が遠征軍に牙をむく。
はたして蜀軍を待ち構える運命とは?
次回 〇八九 南中の門




