〇八一 次代の風
~~~蜀 成都~~~
「荊州への遠征軍は3つに分かれて進軍してもらうわ。
中軍は劉備、左軍は黄権、右軍は程畿が総大将よ。
水軍は呉班と陳式にお願いね」
「任せるタイ!」
「心得た」
「委細承知の介」
「は、はい…………」
「中軍の先鋒はアタイ。副将に王甫、関興」
「私の顔のように美しい戦いをお見せしよう」
「………………」
「関興?」
「いっちょまえに関羽様の真似をしてんだよ。
父上の心を受け継ぐんだとさ。
形ばっか真似したってしかたねえのによ」
「………………」
「ま、その心意気は買ってあげないとね。
わかったわ。張苞、その代わり幼なじみのアンタが通訳すんのよ」
「げ」
「んで、右軍の副将は張南と馮習にお願いね」
「おう!」
「孫権の小僧など一蹴してやる」
「その他に馬良に一部隊を率いてもらって、
武陵の蛮族を扇動してもらうわ。
武陵蛮に孫権軍の背後を襲わせて、挟み撃ちにするの」
「………………」
「面倒くさがりの馬良に扇動なんてできるのか?」
「大丈夫。ある情報をつかんでるから、
そのへんの心配はいらないわ」
「他のみんなにはこの益州を守ってもらう。留守を頼んだぞ」
「ちょっと待ってくださいッス。自分も遠征に出たいッスよ!」
「龍さんには白帝城に後詰めに入ってもらう。
魏を警戒しつつ、もしわしらに何かあったら救援に来とくれ」
「しかし――」
「馬超も黄忠も倒れてるから、
残る五虎将軍のうち片方が留守番やんのは当然でしょ。
アタイたちは、一番頼りになるアンタに留守を任せたいの」
「……承知したッス。関羽先輩の仇討ちは任せるッスよ」
「魏延さんや呉懿さん、張翼さんには漢中で魏軍に備えてもらう。
今回の戦は長くなりそうじゃ。しっかり後を頼んだぞ!」
「へ、陛下!」
「なんだ騒々しい、軍議中だぞ」
「急ぎお耳に入れたきことが……。
り、劉封様が帰還なさいました」
「! 封さんが…………」
「孟達に上庸を奪われて逃げてきたそうね。
いくらか兵は連れてんの?」
「残兵を500ほど。あとは孟達に降るか討たれたそうです。
あ、あと霍峻殿も上庸を脱出する時に負傷されたが、帯同しています」
「そう……。とにかく本人から話を聞くわ。ここに通しなさい」
「待った張さん!
……霍峻さんと兵は収容してかまわん。
じゃが劉封さんは、いや劉封の入城は駄目じゃ」
「ど、どうしてよ?」
「わしらはこれから関さんの仇を討つ戦に出る。
じゃというのに、経緯はどうあれ
関さんを見殺しにした劉封を許すわけにはいかん。
もしここに劉封が来たら、わしは思わず殴っちまうかもしれん。
いや! 殴るならまだいい。斬りかかっちまうかもしれんぞ……」
「……関羽を失って、さらに劉封まで失いたくはないのね。
もしここに諸葛亮のバカがいたら、
嬉々として劉封を殺すでしょうけど……。
ううん、いなくなったバカのことはどうでもいいわ。
まずは関羽の仇を討つ。劉封の処遇のことは後で考えましょ」
「すまんな張さん……。
そうじゃな。亮さんがいたら、
わしを甘いと笑ってコケにするじゃろうな……」
~~~成都 城門前~~~
「そうか……。義父上は俺に会わないと言われたか……」
「劉封……殿。時機が、悪かった……のだ」
「無理にしゃべられるな。
貴殿の入城は許された。ごゆるりと療養なされよ」
「す、すまない……。これだけは、言わせてくれ……。
陛下は、あなたの、ことを大事に思われて、いる……。
どうか、恨まれるな……」
「恨むわけがない! この俺が愚かだったのだ……。
かくなる上は――」
「ど、どこに行かれる、つもりだ……?」
「俺のなすべきことをする。
……義父上には、劉封は死んだと伝えてくれ。さらばだ」
「劉封……殿……」
~~~呉 建業の都~~~
「ほーう。劉備のジジイは魏じゃなくてオレらを攻撃してきたか。
関羽の仇討ちを優先させるたァ意外だな。
諸葛亮のセンセとか反対しなかったんか?」
「それが……どうやら弟は劉備様のもとを離れたようです」
「離れた? 暴言が過ぎてとうとうクビにされたんか?
いや、諸葛亮センセが劉備のクビを切るならまだしも、逆はねェよな」
「私も風の便りに聞いただけで、理由はわかりません。
なにぶんあんな弟ですから、私的な付き合いも無いもので……」
「人間かどうかも怪しいもんな、あの男」
「まあとにかく、センセがいねェってのは朗報だ。
で、劉備軍の陣立ては? ……ほうほう。地味だが無難な陣容だな。
兵力もオレらよりずっと多いようじゃねェか」
「すでに孫桓様と朱然将軍が迎撃に出ていますが、
彼らだけでは防ぎきれません。援軍が必要です」
「おうよ。陸遜! おめェどうするよ?」
「それじゃあボクが援軍に行きます!
ボクにどーんと任せちゃってください!」
「そうか。んじゃあ総大将は陸遜だ。
編成とかはおめェに任せるぜ。好きな将を連れてきな」
「はーい」
「「「………………」」」
「んん? どうしたてめェら。
面白くなさそうな顔してんじゃねェか。
言いたいことがあんなら言ってみろ」
「……呂蒙や艦長が陸遜のこと認めてんのは知ってるけどさー。
俺らは正直、ガチで陸遜やれんのか? って思ってんだよね。
実績とかねーし。それなのに陸遜が総大将デスって言われて、
はいはいそうですかって気にはなれねーっつーか」
「なんでェそんなことか。
――陸遜! おめェにこれをくれてやんよ」
「うわわっ! か、刀を投げないでくださいよ~。危ないなあ。
この刀、酷い刃こぼれしてるし、なんかばっちいし……」
「ただの小汚ない刀じゃねェ
オヤジが使ってた古錠刀だ」
「そ、孫堅殿の遺品を投げた……。
それにろくに手入れもしていないのか……」
「いいかてめェら! この刀を持ってる奴ァ、オレだと思え。
遠慮はいらねェぞ陸遜。
逆らう野郎はその刀でぶった斬っちまえ!」
「ええ~。ボクって剣術は苦手なんだけどそんなことできるかなあ?
あ、べ、別にみなさんを本当に斬り捨てちゃうつもりはないですよ?
た、譬えですからね」
「……艦長がそこまで言うなら、否も応もない。
我々は陸遜将軍に従おう」
「それでいい。任せたぜてめェら!
――そういやあこいつはオレが呉王に封じられてから初めての戦だな。
へへっ。曹丕んとこにならって、
オレらも『呉軍』と名乗るとしようぜ。
呉軍の船出の戦だ! 大戦果を上げてこいよ!!」
「はーい!」
「「「「おう!!!!」」」」
~~~呉 夷陵~~~
「蜀軍の先鋒の水軍が迫っている。
オレらの援軍も近づいてるようだが……どうするよ?
援軍を待たずに先制攻撃を仕掛けるか?」
「遠征軍に益州の将は黄権と呉班くらいしか
連れてきていねえようだな。その他も新顔が中心のようだ。
力がよくわからねえし、正面からぶつかるのは賛成できねえぞ」
「ムン。そういえば李異は益州出身だったな。フン」
「火火火ッ。
敵は燃えやすい船に乗って、
燃えやすい葦の群生地に差し掛かっている。
火をつける絶好の機会をみすみす見逃すつもりか?」
「待つアル。火計は劣勢の時に用いる奇策ネ。
一戦も交えずに奇策を頼るなんて、
陳武師匠の弟子として賛成できないヨ」
「馬鹿な。火計は戦争の美学だ。
せっかく美しく燃え広がる炎を見られるのに、
火をつけないなんて理解に苦しむぞ」
「ムン。変態放火魔め……」
「ん? 何か言ったか筋肉馬鹿」
「やめろ。仲間同士で争っている場合か!
――ならばまず、俺が一軍を率いて敵の力量を推し量ってこよう」
「火火ッ。まーた崔禹のおいしいとこ取りが出たぞ」
「いつもずるいアル」
「いや、冷静な崔禹なら引き際も心得ているだろう。
譚雄とともに攻撃を仕掛けてくれ。ただし無理はするなよ」
「承知した」
「ムン。任せろ!」
~~~夷陵 張飛軍~~~
「へへへ。孫権軍め、俺らを正面から迎え撃つつもりだぜ。
腕が鳴るなあ、関興」
「………………」
「おっと、関羽様にならって無口になったんだったな。
やりづれえな、おい」
「張苞、敵が来たって?」
「おう。5千ぽっちだから様子見ってところじゃねえか?
これなら母ちゃんの出る幕はないぜ」
「そうね。ここはあたいらに任せてよ」
「星彩! お前また軍中に潜り込んでたのか……。
女はおとなしく留守番してろよ」
「なんですって?
そのセリフ、張飛母さんや董白さんにも言えるの?」
「か、母ちゃんらは別だろ。
母ちゃんは女なのは心だけだし、董白さんはすげえおっかないし……」
「はいはい。兄妹ゲンカはやめなさい。
……ま、たしかにアタイが出るまでも無さそうね。
危なくなったら助けてあげるから、
アンタたちと関興で攻撃しなさい」
「そうこなくっちゃ! 行くぜ関興!」
「………………ッ!」
「ちょっと! 黙って先に行くなんてずるいわよ!」
「待ちやがれ関興ーーーッ!!」
「…………よろしいのですか? お子らだけで行かせて」
「……あの子らを見てると、若い頃の自分や関羽を思い出すわ。
関羽が死んで、アタイも引き際を考えるようになったの。
この戦が終わったら、引退しようと思ってる。
だから、アタイの後が務まるようにあの子たちを鍛えてあげないとね」
「なるほど……。
では、私はこの髭のように美しく敵の背後に回り、
若武者たちの援護をします」
「ええ。頼んだわよ」
~~~夷陵 戦場~~~
「俺の名は張苞! 張飛の十人いる養子の長男だ!!」
「同じく末娘の星彩よ!」
「………………ッ!」
「そしてこいつが関羽の次男、関興だ!
――ってめんどくせえなやっぱり! 自分で名乗れよ!」
「張飛と関羽の子か! なんと勇ましい……」
「ムン。感心している場合か。
――俺は譚雄! この筋肉美の前にひれ伏すがいい!」
「ッ!!」
「関興、敵の方が力は上よ! 正面から受け止めちゃダメ!」
「ムン。どうした小僧?
その偃月刀はお前には大きすぎるのではないか? 手が震えているぞ」
「………………」
「この偃月刀は父・関羽の愛刀と同じ物だ!
私は偃月刀から父の心をも受け継ぐのだ! ……と関興は思ってるぜ。
――だから俺に通訳させんな!」
「ムン。心意気は買おう。だが身の丈に合った武器を選ぶべきだったな。
喰らえ!
マスキュラーポーズからのダブルバイセップス・フロント!」
「ッッ!!」
「なっ!? 俺の大太刀を支点にして反転し――ぎゃああああ!!」
「譚雄!!」
「………………ッッ!!」
「譚雄討ち取ったりい!!」
「ずりいぞ星彩、それは俺に通訳させろよ!」
「孫権軍は将を討たれて醜く狼狽しているぞ!
私の顔よりも美しく背後を襲え!」
「背後にも兵を回していたか……。退け!!」
「ふう。なんとか勝ったな。追撃は王甫さんに任せようぜ」
「関興、ケガはない?」
「………………」
「大丈夫そうだな。でもお前、運が良かったな。
長い偃月刀を譚雄の馬鹿力で押されて、
たまたま偃月刀ごと身体が回っただけだろ。
テコの原理とか言うんだっけ?」
「またあんちゃんはそういうことを……。
関興は実力で勝ったんだもんね?」
「おっ。なんだよ星彩。やけにこいつの肩を持つじゃねえか。
さてはお前……」
「はあっ? なに勘違いしてるの?
あたいはヒゲモジャの男は大嫌いよ!」
「え? じ、じゃあまさか俺のことを……」
「黄巾賊顔はもっとお断りよ!!」
「誰が黄巾賊だとぉ!?」
「………………」
~~~~~~~~~
かくして張飛と関羽の子は華々しく初陣を飾った。
だが復讐戦は幕を開いたばかり。
呉の新たなる指揮官・陸遜は秘策を胸に戦場へと駒を進めていた。
次回 〇八二 蜀の明暗
 




