〇七五 漢中王の名の下に
~~~荊州 南郡~~~
「………………」
「五虎将軍だと?」
「ええ。漢中王(劉備)は即位を機に、
建国に多大な功績のあった5人の将を五虎将軍に任ぜられました。
関羽将軍はその筆頭です」
「して、他の4人は誰だ?」
「張飛様、趙雲様、馬超様、黄忠様です」
「なんだと!?」
「……何か異議がございますかな」
「あるとも!
張飛様は父の義弟、趙雲殿もまた長く父とともに戦ってきた功臣だ。
だが馬超は降将ふぜい、黄忠など死にぞこないではないか!
そのような者たちと同列に並べるなど、関羽に対する侮辱だ!!」
「………………」
「…………当の関羽殿は、喜んで任官の印綬を受け取られましたが?」
「む、むう……」
「関平殿。漢中王と関羽殿は
同日に死ぬことを誓った義兄弟だと伺っております。
五虎将軍と申しましても、即位にあたって
定めた人事整理のひとつに過ぎません。
職名はどうあれ、漢中王にとって関羽殿が
特別な存在であることは疑いようもありますまい。
そのことは御子息であるあなたが誰よりもご存知でしょう」
「……費詩殿!
この関平がいまだ父の心の一片も理解できぬ未熟者でござった!
どうか我が妄言は忘れてくだされ」
「………………」
(黙って印綬を受け取ることで
自分の心を息子に悟らせようとする……。関羽将軍はさすがだな!)
(……もらえる物はなんでも喜んでもらう、ってだけじゃね?)
(またお前は冷めたことを言いやがって!
少しは関平殿の熱さを見習ったらどうだ?)
(遠慮しとくよ。俺はクールが信条なんでね)
「さて、関羽将軍。
私が漢中王の使者として参りましたのは、
任官のためだけではありません。出撃の指令を伝えに参りました」
「! おお……いよいよでやすか」
「漢中王の旗を掲げ、堂々と北へ攻め上がれ、との指示です。
細かい作戦などは関羽将軍に一任するとのこと」
「承った!! 関羽の戦をとくと漢中からご覧あれと、
王に伝えてくだされ!!」
「………………」
~~~荊州 樊城~~~
「関羽が動いたか!
あの戦闘狂にしてはずいぶんと
おとなしくしてやがったが、ついに来るか!
面白え! 迎え撃つぞ!!」
「待たれよ将軍。血の気の多い関羽が7年にわたり戦を挑まず、
兵の鍛錬と荊州の統治に力を注いだのだ。
兵は一騎当千に鍛え上げられ、装備も兵站も万全と見るべきだろう」
「だから迎撃するのは危険だ、籠城しろとでも言いたいのか?」
「それこそ関羽を図に乗らせ、勢いづかせてしまうわ!」
「うむ。まずは一戦してその力量を推し量るべきであろう」
「待て待て。私も戦うなと言うつもりはない。
関羽を相手に兵力でも劣る我々が
正面から迎え撃つのは危険だと言いたいのだ」
「そんなことはわかっている。
すでに襄陽に援軍を要請しておるし、
関羽軍の背後にも兵を回す手はずだ」
「こっちの備えも万全ってわけだな!
行くぞ! 関羽を返り討ちにしてやらあ!!」
~~~樊城 南 関羽軍~~~
「我が軍5万に対し、樊城を守る曹仁軍はおよそ2万の兵力だ。
しかし城外に布陣した兵力は1万。
樊城に5千が残ってるとしても、
伏兵として5千は潜んでいるようだな」
「小細工を弄したところで、この関羽には通用しない!」
「その通りだ! 本隊も伏兵も樊城も蹴散らしてやろうぜ!」
「……たしかに関羽将軍は天下無敵だが、
脇を固める我々はそうではない。
関羽将軍を助けるためにも、
若将軍と廖化には伏兵に備えてもらいたい」
「む……。なるほど、父上は勝つに決まっているが、
もし我々が敗れては父上に面倒をかけてしまうな。
承知した。伏兵は俺たちが引き受けよう!」
「それではあっしが先陣として攻撃を仕掛けやす。
関羽将軍はその後から堂々と進撃してくだせえ」
「………………」
~~~樊城 南~~~
「引っ込め三下!
てめえじゃ相手にならねえ! 関羽を出せ関羽を!!」
「くっ……。面目ねえ。後は頼みやしたぜ、関羽将軍」
「逃げるのか三下! 首を置いていけ!!」
「待て曹仁将軍!
敵の先陣は我々を誘い出そうとしている。深追いするな」
「そんなことはわかってらあ! さっさと出てきやがれ関羽!!」
「………………」
「関羽が来たぞ! 伏兵に合図を送れ!」
「待ってました! うおおおおお!!」
「関羽は袋のネズミだ! 首を獲れ!!」
「………………」
「やはり伏兵がいやしたね。
関羽将軍が前に出るのを待って、左右からの挟撃。
まずはお見事ですが、しかし――」
「愚かな! 貴様らの策などこの関羽はお見通しだ!」
「おとなしく関羽将軍と漢中王に降伏しやがれ!」
「まずい! 敵は伏兵に備え、迎撃部隊を用意していたぞ!」
「フン。そのくらいはこっちも読んでいた。今だ牛金!」
「おう!」
「なんと! さらに5千の兵が我々の背後に現れやしたぜ」
「どうやら樊城を空にして第二の伏兵を用意していたようだな。
大胆不敵な策だ。
かくなる上は、背後の牛金軍は私と周倉で食い止める。
関羽将軍はまっすぐに進み曹仁の本隊を破り、
一息に樊城を攻められよ!」
「………………!」
「関羽の野郎! 伏兵は三下に任せて俺たちに向かってくるぜ!」
「関羽の武勇頼みの強引な策だな。
――大盾部隊と弓部隊で関羽を足止めしろ!
我らの伏兵が関羽以外を破れば勝ちだ!」
「とことん関羽将軍を無力化させようという魂胆か……。
さすがは曹仁、ここまでは見事と言っておこう。しかし!」
「曹仁将軍! 襄陽から急報だ!
関羽の別働隊が襄陽を包囲した!」
「なんだと!?」
「頃合いやよし。襄陽が陥落したと魏軍に触れ回ってやれ!」
「襄陽は落ちた!
あんたさんらの背後は封じられた! 孤立しやしたぜ!」
「な、なに? じ、襄陽が……」
「陥落しただと……!?」
「隙ありいィィ!!」
「もらったああ!!」
「ぐわああああっ!!」
「ぎゃあああああ!!」
「くそっ!
襄陽陥落の報に動揺した隙をつかれて、伏兵が打ち破られたぞ!
さらに関平や廖化はがら空きの樊城に向かっている!」
「も、もはや打つ手はない。引き上げましょう!」
「ちきしょう! 関羽! 勝負は預けたぜ!」
「………………」
「急げ! 逃げる曹仁より先に樊城に入るのだ!」
「ん? 若将軍! 樊城の前に新手が現れたぜ。
曹仁の野郎、まだ伏兵を用意してやが――」
「この馬鹿弟子があああっ!!」
「し、師匠!?」
「そう簡単に樊城に入れると思ったら間違いだ!
樊城が欲しくばこのワシの屍を越えて行け!」
「師匠? あの男は廖化の師なのか?」
「あ、ああ……。
南方では知らぬ者のいない、流派・南方不敗の呂常師匠だ。
師匠が魏軍に仕えていたなんて……」
「どうした廖化! 臆病風に吹かれたか!
泣き虫癖は治っていないようだなあ!」
「ば、馬鹿にするな! 師匠のもとにいた頃の俺とは違う!
あれから俺は関羽将軍のもとで腕を磨き、
今や師匠をも越えたのだ!」
「ほほう。面白い!
ならばそのワシを越えた腕とやらを見せてみよおおっ!」
「悪逆非道の魏に仕えたならば、もはや師とは思わん!
行くぞ呂常!!」
「甘い! 甘いぞ廖化! 貴様の拳など止まって見えるわ!
手本を見せてやる。
これが奥義・ナイトメアフィンガーだああっ!!」
「うわああああああっ!!」
「廖化!!」
「ぐうっ……。ど、どうした南方不敗。
て、敵である俺に手心を加えるのか……」
「だからお前は阿呆なのだああっ!!
貴様ごとき殺すにも値せんということがわからぬか!」
「おのれ…………」
「若将軍!
呂常の援軍が足止めしている間に、曹仁らは樊城に逃げ込んだ。
戦果は十分だ。引き上げるぞ!」
「くっ……。関羽の子が、敵を目の前におめおめと……」
「その関羽将軍なら、深追いせずもう自陣に戻りやしたぜ」
「そ、そうか。ならば俺も帰ろう。
呂常とやら、次はこの関平がその白髪首をいただくぞ!」
「貴様が関羽のガキか。ワシは逃げも隠れもせん。
いつでも訪ねてくるがいい!
うわっはっはっはっはっはっ!!」
「師匠………………」
~~~荊州 襄陽 関興軍~~~
「呂常とかいう奴の部隊には出て行かれちまったけど、
とりあえず襄陽は包囲できたね」
「おかげで曹仁軍は泡を食って敗走し、樊城に閉じこもったそうだ」
「この後はどうする? 襄陽を攻略するか?」
「それには及ばない。
むしろ襄陽と樊城は生かさず殺さず、包囲を続ける目論見だし」
「落とさず包囲し続ける?」
「つまり襄陽と樊城を餌に、魏軍の援軍を呼び寄せるのさ。
それを片っ端から関羽さんに叩いてもらう。
そうして相手の戦力が薄くなったところで――」
「漢中王の本隊が西から、孫権軍が東から兵を進めるというわけか!
まるで私の顔のように美しい戦略だ……」
「あんたの顔はおいといて、御名答。これから面白くなるよ。
この中華の大地を盤面にして、
無数の駒が縦横無尽に中原を切り裂くんだ。
そしてその中心にいるのは関羽さんだ。
漢中王の名の下に、一大ゲームの幕開けさ!」
~~~~~~~~~
かくして常勝将軍・関羽は曹仁を破った。
樊城・襄陽を餌に魏軍の精鋭を釣り出す戦略は、魏の肺腑を喰い破るのか。
樊城には早くも魏の援軍が現れようとしていた。
次回 〇七六 樊城の戦いへ




