〇七〇 合肥の戦い
~~~揚州皖城~~~
「おう、あれが皖城か。
小城のくせに粘ってるそうじゃねェか」
「ええ。守将が優秀で、
幾度となくあっしらの攻撃をはね返してます」
「ほう。そんなら軍師サマはどうやって陥落させるつもりだ?」
「孫権艦長の本隊が合流したのなら、小細工は必要ないでしょう。
四方から総攻撃を掛けて一気に落とします」
「さすが呂蒙サンは話がわかるわー。
じゃあオレが一番乗りっつーことで」
「おっと甘寧! お前ばっかりにいいカッコはさせないぞ!
おれが故郷で待つ婚約者に、
一番乗りを土産として届けてやるんだ!」
「フゥー! 待ちな。
艦長に御指名いただくのは江東ナンバーワンの俺だぜ。
引き立て役は脇に退いてろ」
「なんと見苦しい争いであるか……。
諸君には優雅さが足りないようだ。
かくなる上はワガハイが華麗に皖城を攻め落としてご覧に入れよう」
「……じゃあみなさんには、
東西南北それぞれの城門攻撃をやってもらいましょうか」
「「「「おう!!!!」」」」
~~~皖城~~~
「来たか……。
どうやらこれが俺の最期の戦いになるようだな。
迎え撃て! ありったけの矢を放ち、石を落とせ!」
「は? どこ狙ってんデスカ? 当てる気あるんデスカ?」
「ここはおれに任せてお前たちは先に行け!
大丈夫、必ず後から駆けつけるさ……」
「オッケーイ!
まずは射手を狙え! 俺の進撃路を確保しろ!」
「魏軍よ、ワガハイの美しき剣の舞を冥土の土産に見せてやろう」
「くっ……。さすがは江東の精鋭だ。
だが魏王に任された皖城はやすやすと落とさせんぞ!
――西の防備が薄い! 一隊は援護に回れ!」
「チョリース。甘寧一番乗りみたいな?」
「とうとう突破されたか!
だがこの朱光をたやすく討てると思うな!」
「脇役がうるせーんデスけど?」
「な!? そ、その武器はなんだ……。
ぐはあああっ!!」
「ボードも知らないなんて人生やり直したほうがよくね?
あ、朱ナントカ討ち取ったりー」
「くそ! 先を越されちまった!」
「…………美しくない」
「上客を逃がしたか……。
俺は帰るから残党の片付けはお前らに任せるぜ!」
「……オレらも強くなったもんだな。
あっという間に攻略しちまったぜ」
「皖城くらいで苦戦していたら先が思いやられますからね。
合肥を攻略できるかどうか、それが問題です。
ま、この勢いならどうにかなるんじゃないかと、
あっしは思いますがね」
~~~合肥城~~~
「オレは打って出るぜ。
おとなしく守りを固めるなんざ、オレの流儀には合わねーんだよ」
「無謀ですね、はい。我々の兵力は2千にも足りません。
魏王の援軍を待つべきです、はい」
「そうかい。だったらテメーは城に籠もってりゃいい。
オレは半数を引き連れて、孫権軍に先制攻撃を仕掛けてくるぜ」
「……魏王が我々三人に合肥を任せた時に、
なんと仰られたか忘れたようですね、はい。
張遼、李典、楽進の意見を必ず一致させよと言ったはずです、はい」
「うんうん。オイラも覚えてるよ」
「合肥の総大将はオレだ。総大将の意見が聞けねーってんだな」
「民を乱暴な統治で締めつけて、
大量の住民流出を招くのが総大将の仕事ですか。
いったい誰のせいで2千ぽっちの兵しか集められなかったと
思ってるんですかね、はい」
「言ってくれるじゃねーか……。
おい楽進、てめーはどう思うんだよ。
戦うのか。臆病風に吹かれて守んのか」
「うーん。オイラは難しいことはよくわかんないけど、
張遼より李典のほうが頭が良いのはわかるよ。
だから李典の意見のほうが正しいんじゃないかな」
「けっ。話にならねーな。
おい温恢。一言もしゃべってねーが刺史サマの意見はどうなんだよ」
「情けない、としか言いようがありませんな」
「なんだと?」
「私は劉馥殿のもとで、この合肥の発展に尽力してきた。
劉馥殿の亡きいま、孫権軍20万が迫る危機に対し、
一致団結して事に当たるのが当然であろう!
それをあなた方は味方同士で争って……。
劉馥殿が生きておられたらなんと言うだろうな!!」
「…………テメーの言うとおりだ。
おい李典、一時休戦だ」
「温恢殿に返す言葉もないです、はい。
張遼、私も言い過ぎた面があると認めましょう、はい」
「オイラたちは劉馥さんを知らないけど、
合肥を守りたいと思う気持ちはみんな一緒のはずだよ。
味方同士でいがみあってる場合じゃない。
みんなの力を合わせるんだ!」
「……話がまとまったようですね」
「酒臭いと思っていたらお前か。
魏王の遠征軍に同行していたお前が来たということは……」
「ええ。魏王の手紙を預かって、都から飛んで来たんですよ」
「曹操の旦那から手紙だと? 早く見せろ!
…………見ろよおめーら! 旦那も出陣しろと言ってるぜ!」
「……本当ですね、はい」
「もちろん籠城しなければ持ちこたえられないが、
まずは出陣して一撃を加え、孫権軍の出鼻をくじけ、か。
ふーん。オイラにゃ作戦の良し悪しはわかんないけど、
先制攻撃するってのは賛成だな」
「これで決まったな。とりあえず孫権軍をぶっ叩く!
後のことはそれから考えるとしよーぜ!」
~~~合肥 孫権軍~~~
「申し上げます。
楽進軍が前方で待ち構えています。その数およそ1千」
「たったの1千? おいおい、なんのつもりだそりゃ」
「合肥には2千ほどの兵しかいませんが、
それでも1千は少なすぎですね。楽進だけってのも腑に落ちない。
張遼や李典が伏兵で潜んでいると考えるべきでしょう」
「全軍が出てきていたとしても、潜んでいるのは残り1千だろう?
それっぽっちで何ができる。ワシが踏みつぶしてやるわ!」
「どう思うよ呂蒙?」
「風もありませんから、火計も仕掛けられないでしょう。
問題は、まだ後続の部隊は渡河中で、
あっしらの手元にも5千程度の兵しかないことですが――」
「5千もありゃ十分だろ。行こうぜ呂蒙!
面舵いっぱい! 野郎ども突撃だ!!」
~~~合肥 孫権軍 本隊~~~
「ちっきしょう! オイラじゃ刃が立たないや!」
「おのれ逃げるか楽進!」
「なんのために出てきたんだ貴様あっ! 首を置いていかんか!」
「周泰さんと徐盛さんは楽進を追っていってしまいましたね。
潘璋さん、陳武、宋謙は辺りに気を配ってください。
あっしらはここで後続部隊の到着を待ちます」
「おうよ」
「承知したネ」
「はっ!」
「……ああ! 楽進は合肥城に逃げ込まず、さらに北へと走っています。
周泰殿らもそれにつられていますよ!」
「やはり策がありそうですね……。
まずい、あっしらの本隊が孤立しています。
前進して周泰さんらに追いつきま――」
「待ちやがれ孫権! ここがお前の墓場だ!!」
「張遼が現れやがった! 8百はいるぞ!」
「周泰さんらの前衛が離れたから、あっしらの手元には3千弱。
これが張遼の狙いか!」
「艦長には指一本触れさせないアル!」
「ここは通すものか!」
「おーっと退いていいのか?
おめーらの背後には李典が待ってるぜ!」
「包囲の輪にはまったか……。
陳武、宋謙は1千の兵で張遼を足止めしろ!
潘璋さんは艦長をつれて後退を!
駱統は後続部隊に救援を頼みます!」
「こっちだ艦長!」
「ちっきしょう!」
「邪魔だあっ!!
1千ぽっちでオレを止められると思ったか!!」
「ぐわああああっ!!」
「こちとら東方戦線に回されて出番が無くてむかついてんだよ!!」
「やられたアルうううううう!!」
「陳武と宋謙が秒殺だと!?
張遼の武勇がこれほどとは……一生の不覚!」
「雑魚はどいてろ! 待ちやがれ孫権んんんん!!」
~~~合肥 凌統軍~~~
「あれ? 上陸したけど……艦長の本隊はどこだ?
先に行っちまったのか?」
「凌統! 急げ! 艦長が敵に襲われている!」
「マジでか! わかった、すぐに行く!」
「今です、火を放ちなさい、はい」
「ああっ! おれたちの乗ってきた船が……」
「それに橋も落とされた!
まずいぞ、完全に孤立してしまった……」
「……駱統、ここは任せていいか?
おれは軽騎兵だけをつれて艦長を助けに行く。
なあに、すぐに戻るさ」
「わかった! 李典は私に任せろ!」
「甘く見られたものですね、はい。片付けなさい」
「槍働きはできないが、時間稼ぎくらいはしてやる!
弓隊は前へ!」
~~~合肥 呂蒙軍~~~
「ぐっ!」
「やるな呂蒙とやら!
それだけの腕がありながら、なぜ軍師なんかしてやがる!」
「こっちのほうが、よりお国のために貢献できると思いましてね」
「だったらそれは勘違いだ。
曹操の旦那の策にまんまとはまりやがって。
テメーに軍師は務まらねーんだよ!」
「そうか、これは曹操が立てた策略か……。
あっはは。こいつは傑作だ!」
「何がおかしい?」
「おかげで吹っ切れましたよ張遼さん!
あっしはアンタに負けたわけじゃない。曹操に負けたんだ。
それなら諦めが付くってもんだ!」
「ごちゃごちゃとわけのわからねーことを!」
「呂蒙! ここはおれに任せろ!」
「来てくれたか凌統!
だが気をつけろ、張遼は想像以上の強敵だ!」
「呂蒙こそ、背後にゃ李典がいるから気をつけろ。
船を焼かれたし橋も落とされたんだ。
なんとか艦長の逃げ道を探してくれ」
「わかった。死ぬなよ凌統!」
「あの娘からプロポーズの答えを聞くまで死にはしないよ!」
「どけよ小僧!」
「命に代えてもここは通さない!!」
~~~合肥 孫権本隊~~~
「逃げてんじゃねえよ雑魚どもが!!」
「は、潘璋! 我が軍の兵士を斬り殺すとはどういうつもりだ!」
「あん? お言葉ですがねえ谷利さんよ!
こいつらは艦長を守ろうともせずに、
我先にと逃げようとしてたんだ。
そんな連中を放っといたら士気に関わる。
だから殺した。文句あっか?」
「……お前の言うとおりだ」
「俺様は兵士を立て直す。
あんたはあんたのやることをやんな。
――オラオラ、俺様に殺されたくなかったら
敵に向かえよ雑魚どもが!!」
(……単に嬉々として殺しているだけにも見えるんだがな)
「大変だぜ谷利! 船も橋もすっかり焼かれちまってるぜ!」
「敵は我々より二手三手、先んじているようだ。
だが道はある。あそこをご覧あれ」
「……マジかよ。
あの焼け残った橋から、焼け残った船まで飛べって言うのか?
その後はどうするつもりだ?」
「船に火を放つ」
「は?」
「火を盾にして敵の追撃を防ぐのだ。
もうすぐそこまで韓当殿や甘寧殿の船団が近づいている。
火の盾で時間を稼ぎ、援軍の到着を待つか、
もしくは泳いで彼らの船まで行こう」
「ははっ。孫策の兄貴でもこんな無茶はしなかったろうな……。
それにしても谷利、おめェ今日はずいぶんと頭が回るじゃねェか」
「俺ではない。こんなこともあろうかと
呂蒙が俺に策を預けてくれたんだ」
「……そうか。呂蒙のヤロー、いったいどこまで――」
「そこか孫権! 逃がすかっつーの!」
「駱統は片づけました。次は孫権です、はい」
「やべえ! みんなやられちまったのか!?」
「背後には敵だ。もうやるしかないぞ艦長!」
「クソがっ! それしかねェならやってやらああああ!!」
「なにィ!? 焼け残った船に飛び移っただと?」
「しかも船や橋に自ら火を放ちましたね。
参りました。これでは追撃できません、はい」
「正気かよあいつら……」
「ここが正念場だ! 働け雑魚ども!!」
「陣を立て直せ! 槍隊は前へ出ろ!」
「待てよ張遼! おれはまだやられちゃいねえぞ!」
「ヤロー……あれだけ痛めつけたのにまだ動けんのかよ。
孫権が無理ならこいつらだけでも息の根止めてや――」
「待った。合肥城から火が上がってますよ、はい。
城を攻められているようです」
「なんだと? チッ。城にはほとんど兵が残ってねーからな。
万が一落とされたら全てが台無しだ」
「孫権軍には大打撃を与えました。ここが引き際でしょう、はい」
「聞こえてっか孫権! 曹操の旦那が到着したらテメーの最期だ!
それまでによーく首を洗っとけよ!」
「っきしょう。言いたい放題しやがって……」
「艦長の首を獲れなかった以上、奴らの敗北だ。
ただの負け惜しみだと聞き流せ」
「……だが陳武や宋謙は討たれちまった。
自分の戦下手さにヘドが出そうだぜ!」
「艦長! ご無事ですか?」
「オレは無傷だ。駱統こそ酷い顔してるじゃねェか」
「私は泥の中に転んだだけです。
それより凌統が…………」
「痛てて……。わりい艦長、ちょいとドジっちまった」
「凌統! こっぴどくやられてんじゃねェか」
「張遼は強かったよ……。でも艦長が無事で良かった。
なあに、ちょっと休めば大丈夫さ。
あ、あれ。おかしいな……。
なんだか辺りが暗くなってきたけど、もう夜なのかい?」
「や、やべェ! 早く凌統を医者に見せねえと!」
「艦長ーー! 無事かーー!?」
「後続の艦隊が到着したぜ。早いとこ乗り込もうや」
「駄目だ。まだ呂蒙や周泰、徐盛が戻ってねェ」
「あっしならここです。周泰さんらとも合流しましたよ」
「無事だったか呂蒙! どこで何してやがった!」
「合肥の城に火を放って張遼らの目を引き付けました。
城壁をちょっと焦がしただけですが、
うまく引っ掛かってくれましたね」
「ワシらもただでは帰って来んわ!
逃げる楽進にたっぷりと矢を浴びせてやったぞ!」
「逃げるのが下手だったなあいつ」
「我々もいいようにやられていただけではない、ということだ。
艦長、この雪辱は合肥を落とすことで晴らすとしよう!」
「谷利、オレのセリフを取るんじゃねェよ。
――転んでもただじゃ起きねェ。それがオレたちだ。
この次は合肥を落とし、さらに曹操に目にもの見せてやろうぜ!」
~~~合肥 曹操軍~~~
「――孫権君が降伏を申し出てきただって?」
「はい。漢王室を推戴する魏王に逆らう愚を悟ったと言っています」
「白々しい。
孫権はこれ以上我々とやり合っても益がないと判断しただけだ」
「亡き劉馥殿が改修した合肥の防御は万全でした。
兵糧や武器の備蓄は数年の籠城に耐え、
城壁も補修され、長雨の対策もされています。
城兵の数倍もの孫権軍とて攻め落とすことはかないませんでした!」
「劉馥が入るまで合肥はただの空き城に過ぎなかった。
全ては彼ひとりから始まったんだ。
彼は僕の期待をはるかに超える結果を見せてくれたよ」
「それにしても孫権が降伏とは結構ですな!
これで魏王の中華統一ももはや目の前でしょうな!」
「その意見には承服しかねますな。
小生らにも長江を越えて、多くの兵力を温存している
孫権の領地を制圧する余力はない。
降伏と言っても体の良い名ばかりで、
足元を見られたと言うべきでしょうな」
「未確認ですが、孫権の重臣が病没したという情報も入っています。
このあたりが引き際と考えたのでしょう」
「亡くなったのはおそらく従軍していない魯粛君か程普君だろう。
ふむ。国の柱石である彼らを失ったのなら、
僕でも降伏を考えるだろうね」
「そ、それで降伏を受け入れられるのですか?」
「これ以上戦っても益がないのは僕らのほうも同じだよ。
朱光君が斬られ、楽進君も深手を負っているしね。
合肥を守りきれればそれで十分さ」
「えへへ……。かっこ悪いとこ見せてごめんよ。
負けたふりして逃げるなんて、慣れないことはするもんじゃないね……」
「しゃべると傷に障るよ。黙っていたまえ。
それにしても……正直言って、今の孫権君はすこし怖いな」
「怖い?」
「考えてもみたまえ。
赤壁の戦いの際にはあれだけ抗戦か降伏かで揺れた孫権君が、
今回はあっさりと降伏を選んだのだよ。
これがどういうことかわかるかい?
乱暴な言葉を使えば、今の彼は
降伏することなんて屁とも思ってないんだよ。
あの孫権君がしたたかさを身に付けつつあるんだ。
こんなに怖いことはないよ……」
~~~合肥 孫権軍~~~
「曹操はオレらの降伏を受け入れて撤退したか……」
「ですがこれは一時の平穏でしょう。
機が満ちれば、再び曹操は大軍を催して攻め寄せます」
「おめェに言われるまでもねェよ。
……それにしても魯粛のヤローは最期まで大胆不敵だったな。
曹操に降伏しろ、なんて遺言を聞いた時にゃあ、
開いた口がふさがらなかったぜ」
「あっしのような凡人にはとうてい考えの及ばない、
突き抜けた思考を持つ男でした。
実に惜しい人を亡くしたもんですよ……」
「まあ、オヤジといい兄貴といい周喩といい、
早死にすんのはオレらの伝統みてェなもんだ。
魯粛が死んだからにゃあ、後任はおめェだぜ呂蒙。
おめェは長生きしろよ」
「あっはは。まあ努力してみますよ。
――建前上とはいえ、曹操には降伏しましたから、
次に狙うべきは荊州でしょう。
なんとか関羽さんから荊州を奪う手立てを考えます」
「おうよ。
……呂蒙、その前に考えるべき問題があるんだけどよ。
ある意味、曹操や関羽よりもずっと厄介な問題だ。
そっちはどうしたもんかな」
「何の話ですかね?」
「……曹操に降伏しちまったことを、
都で待ってる張昭にどう言い訳するよ?」
「………………」
~~~~~~~~~
かくして合肥の戦いは痛み分けに終わった。
一方、西では国内を固めた劉備が、ついに北上を開始しようとしていた。
狙うは魏軍が陥落させたばかりの漢中。先陣を切った張飛は意気揚々と進撃するが……。
次回 〇七一 劉備の逆襲




