〇六七 天下三分の計
~~~成都~~~
「劉備ちゃん!」
「劉璋さん! 怖い思いをさせてしまってすまんのう。
じゃが安心しとくれ。もう戦は終わりじゃ」
「益州はこれから劉備ちゃんに任せるよ。
だからもう劉備ちゃんたちと戦わなくていいんだよね?」
「そうじゃそうじゃ。
わしらが劉璋さんの代わりに曹さんと戦ってやるからな。
なーんも心配することはないぞ」
「やったー! ありがとう劉備ちゃん!」
「殿、益州の臣を集めたき、一言掛けてやってくれ」
「おう、わかった。すぐに行くぞ。
うう……でもちょっと緊張してきたのう。
亮さんが書いてくれた台本をもう一回読んでからにするか」
~~~成都 軍議場~~~
「あー。えーと。コホン。
そのー。わしが……劉備っちゅうもんじゃ」
「………………」
「んー。すまんな亮さん。
やっぱり台本どおりにしゃべるのはわしには無理じゃ。
そもそもろくに覚えとらんしな。好き勝手にしゃべらせてもらうぞ。
まあ、これからは劉璋さんに代わって、わしが益州の主になる。
知っての通り、わしはこれまで曹操さんと戦ってきた。
ま、正確には曹操さんから逃げ回ってきたんじゃがな。わはは」
「………………」
「曹操さんははっきり言って漢王室をないがしろにしとる。
献帝陛下をさしおいて、専権をふるっとるんじゃ。
王室の末裔であるわしは、それを見過ごすわけにはいかん」
「………………」
「わしは幼い頃の献帝陛下とお会いしたこともある。
わしを叔父上って呼んでくれてな。すごく慕ってくれたんじゃ。
じゃからわしは、血縁とかそういうんは関係なくて、
個人的にも陛下を助けたいと思っとる」
「………………」
「じゃがそのためには、曹操さんと戦うためには、力が必要じゃ。
益州の民や、兵や、土地が必要なんじゃ。
じゃから乗っ取らせてもらった。
失礼じゃが、戦いの経験に乏しい劉璋さんの政権では、
百戦錬磨の曹操さんに攻められたらひとたまりもないからのう」
「ならば劉備殿に問おう!
貴殿はいかにして強大なる曹操に対抗し、
そして勝利を収めるつもりだ?」
「わからん」
「は?」
「知ってる人もいるじゃろうが、わしは無能じゃ。
頭も力も度胸もなーんもありゃせん。
じゃからわしには何もできん。じゃからみんなの力が必要なんじゃ」
「………………」
「ここまで来るために
諸葛亮さんや龐統さん、張飛さんや関羽さんら、
頭が良かったり腕っ節の強かったりする多くの人に助けられてきた。
じゃから今度もそうしたい。みんなの力を借りたいんじゃ」
「………………」
「みんな! わしと一緒に曹操さんを倒そう!
漢王室を再興させよう!
そのための力を、どうかわしに貸してくれ!」
「………………」
「わしらと一緒に戦ってくれるという人は、ここに残ってくれ。
もちろんわしや、わしのやり方が
気に入らないという人もいるじゃろう。
そんな人は去ってくれて構わん。わしは恨んだりせんからな」
「………………」
「わしの言いたいことは以上じゃ。ほんじゃ、よく考えとくれ」
「………………」
~~~成都 軍議場~~~
「……劉備殿の話、お前たちはどう思う?」
「がっはっはっ! 馬鹿が付くほど正直なお人タイ!
俺は気に入ったぞ! 俺は劉備殿とともに戦う!」
「儂はすでに軍門に降った身じゃ。否も応もない。
新たな主君に仕えるまでじゃ」
「こういう時、軍人は単純でうらやましいな……。
劉巴、お前は長年にわたり劉備殿と戦ってきた。
やはりここを去るのだろう?」
「…………いや、正直迷っている。
私はどうやら劉備という男を誤解していたようだ。
皇族の末裔を自称する信用ならない曲者だと思っていたが……。
あれは違う。あれはただの馬鹿だ」
「ああ、馬鹿だ。だが嫌いな馬鹿じゃない。
ああいう君主もいるんだな」
「少なくとも曹操と戦うためには、
劉璋様よりも、ああいう男の方がふさわしいだろう」
「とにかく我々の戦力では曹操と戦えないのは確かです。
益州の民のためにも劉備と力を合わせるべきでしょう」
「……劉備の人間性はともかく、
我々の力では曹操と戦えないのは確かだ。
かくなる上は、劉備と力をあわせる他あるまい」
「秦宓の言うとおりだ。我らはまだしも、益州の民のためにもな」
「民のためってか。
はっ! さすがは高名な許靖サマ、たいしたお考えだな!」
「な、何がおかしいのだ」
「聞いたぜ。アンタ、成都を劉備に包囲された時に、
真っ先に降伏しようとして巡回の兵に捕らえられたそうじゃねえか。
自分だけはちゃっかり助かろうとしたくせに、何が民のためだかよ!」
「そ、それはお前たちが、
馬超が現れるまでは無謀にも徹底抗戦を唱えていたから……」
「やめろ。だいたい李厳、
お主も綿竹関の守備を任されていながら、
戦いもせずに劉備に寝返った身ではないか」
「俺より先に寝返った人が
なんか言ってるけど聞こえねーんですが?」
「無益な争いはやめたまえ!
こんな有様を見たら劉璝様や張任殿が悲しむぞ!」
「卓庸や王累殿、それに張松もな」
「この戦で多くの犠牲が出ましたからね。
死んでいった人々のためにも、
あたしらはこの益州を守らなくちゃいけないんだ。
それが生きてるあたしらの務めですよ」
「……結論は出たか?」
「全員、劉備の新政権に従うようだ」
「ん? 全員ってことは、お前も残るのか?」
「私は劉備と戦うために、ここ益州まで流れてきたようなものだ。
戦う気がなくなったら、もう流れる理由もない」
「あら、劉備嫌いじゃなくなったのね。
ツンがデレに転じたのかしら」
「くだらん。今後は内側から劉備という男を観察するだけだ」
「真っ先に寝返ってたワシが言えた柄じゃないが、
おまんらの中には不満や軋轢もあるじゃろ。
だが、益州のためを思い、それらを乗り越えていって欲しいぜよ。
ワシらの真の敵は、曹操なんだからな……」
~~~建業~~~
「名目上の荊州刺史を務めてた劉琦が亡くなったッス。
あ、あと劉備が益州を完全に制圧したようッス」
「おいおい魯粛、オレは劉備のヤローが
益州を侵略した顛末を聞きたくておめェを呼んだんだぜ。
話の順序が逆じゃねェのか?」
「いえ、これで合ってるッスよ」
「……劉琦がおっ死んだことの方が大事だって言いてェのか?」
「ウィッシュ。劉琦は知っての通り、
前の荊州刺史だった劉表の長子でしたあ。
でも劉表の後は次男が継いで、すぐに曹操に降伏したもんだから、
荊州刺史の座は空いてたんス。
そこで劉備は職にあぶれてた劉琦を担ぎ出して、
代わりの荊州刺史に据えたんスよ」
「血統から言やあ劉琦が後を継ぐのは当然だし、
曹操も降伏してきた次男坊に変な権力を与えるよりはと、
劉琦の刺史就任を認めたんだったな」
「そんで劉備は病弱な劉琦の名代として、荊州に居座ってたッス。
その劉琦が死んだってことはあ――」
「オレたちが荊州を支配する絶好の機会ってわけか。
わかったぜ魯粛。そいつは大事だ」
「もともと荊州は、同盟軍だけど
地盤を持たなかった劉備に貸し与えて統治させてただけッス。
益州ってえ巨大な地盤を手に入れた今なら、
返してもらって当然っスよ」
「そりゃそうだ。
そういうことなら魯粛、おめェひとっ走り行ってきて、
荊州を返してもらってこいよ」
「はい。荊州の全権は関羽に任されてるそうなんで、
話をつけてくるウイッシュ」
~~~建業 一月後~~~
「――ってことで関羽と話してきたんスけど、
あっさり断られましたウイッシュ」
「そうか。断られちまったか。
はっはっはっ。そいつは困ったな」
「困ったッスねえ」
「困った困った。
……こんな時はどうしたらいいと思うよ、呂蒙?」
「あっはは。そこであっしに振りますか。
そうですねえ……やはり、攻めるしかないでしょうな」
「そうか、攻めるか。
軍権を任せてるおめェが言うんだったら、そうするしかないわな。
よし、じゃあしかたねェ。呂蒙、ちょっくら攻めてきてくんな」
「はいはい。承知しました」
(……黙って聞いておればなんという茶番じゃ!
まったく! 我が殿も腹黒くなったものじゃ!)
「どうした張昭? なんか言いたそうじゃねェか」
「何も言うことはありませんぞ!
孫権殿も腹芸を覚えられたようで喜ばしい限りですなまったく!」
~~~荊州~~~
「荊州東部の三郡が呂蒙軍に攻略されただと!?」
「長沙、桂陽、零陵の三郡が奪われたそうでさあ。
孫権とは同盟を結んでいるからと守備兵が少なかったですからね」
「おのれ卑怯者め! かくなる上は奪い返すまでだ!」
「お待ちください。
諸葛亮軍師は益州に遠征する前、
この荊州の守備を関羽将軍に任されるにあたり、
決して孫権とは争わないように厳命されました」
「だ、だからと言って反撃しないと言うのか?
私は零陵から命からがら逃げてきたのだぞ!」
「た、大変アル! 孫権のもとから使者が来たアルよ。
関羽将軍との会談を求めてるアル。し、しかも……」
「しかも?」
「使者の魯粛は、たがいに代表者3名ずつで、
荊州の統治について話し合いたいと言ってるアル」
「たったの3名ずつで……? こいつは謀略の匂いがしやすね」
「今度は関羽将軍を罠にかけるつもりか!?
お前らごときに負ける将軍ではないぞ!」
「た、たしかに怪しい話ですが……。
どういたしますか、関羽将軍?」
「………………」
「さすがは父上、戦であれ会談であれ、
未だかつてこの関羽が退いたことはないと言うのですね!」
「まあ、とにかく戦うにしろなんにしろ、
会談に応じないことには話は進まないでしょうや。
……そうだ、こういう時のために軍師は
馬良殿を残されていたのではないですかい?」
「そうだ、馬良殿の意見を聞かなくては。
あなたはどうお考えですか馬良殿!」
「………………」
「あ、あれ? ば、馬良殿……です、か?」
「………………」
「軍務に政務にと忙しく働いておられたから、
少し疲れているのだろう。とにかくすぐに会談に赴かなくては。
父上と俺、それに馬良殿の3人で行って参る!」
「………………」
「ほ、本当にあの3人で会談に行って大丈夫なのか…………?」
~~~荊州~~~
「3人だけで会談なんて、普通なら怪しんで受けてもらえないッスけど、
関羽なら、いや関平なら受けてくれると思ってたッス」
「さすがこれまで劉備との交渉を一手に担っていただけはあるな」
「あっちも俺らと同じくらい奇人変人ぞろいだから大変なんスよお。
――おっ。来たッスね。向こうは関羽に関平……もう一人は誰だ?」
「馬良……のようです」
「馬良ってあんな顔だったスか?」
「……とてもまともな交渉ができるメンツには見えんな。
まあいい、私は孫権の代理として同行しているだけだ。
細かいことは魯粛に任せるぞ」
「ウイッシュ」
~~~荊州~~~
「――というわけでえ。
そもそも荊州の領有権は孫権さんにあるのは明白ッス。
先に益州を攻略したら荊州を返してもらうって
言質も取り付けてますしい。
今こそその約束をガチで果たしてもらいたいんスけど」
「……だが同盟を無視して東部の三郡を占領したのは感心できない。
納得のいく説明をしてもらおうか」
「うちの呂蒙は血の気が多いもんで、
ちょっと先走っちゃっただけッス。
でもそもそも荊州は俺らのものなんでえ、
占領しようがどうしようが勝手っしょ?
三郡とも無抵抗で降伏してくれたから、死傷者も出してませんしね。
まあ、後で呂蒙は降格とかガチで処分しときますから」
「むう……」
「………………」
「んじゃあ、そういうわけで
荊州の他の土地も返してもらえますよね?
江夏は亡くなった劉琦さんの任地だから、
今は宙に浮いてますし、南郡も周瑜が死んだから
貸し与えただけで所有権は当然、俺らにあるんで――」
「ま、待て。話を急ぐな」
(3人しか招かなければ責任者の関羽と通訳の関平が必ず含まれる。
無口な父と政治に疎い息子では、とうてい魯粛には敵うまい)
「何か反論があればご自由にどうぞッス」
「そ、そうだな。ええと。ううむ。
ば、馬良殿。お主は何か言うことはないか?」
「………………」
「ま、またお主は面倒くさがって何も話さないつもりか!」
「馬良さんからも別に無いようッスね。
それじゃあ俺の言った通りに――」
「魯粛はさきほど所有権があると言ったがそもそも荊州を統治する権利があるのは刺史であって劉琦が死んだ今は空位になり誰にも所有権は主張できないはずだあえて言うならば所有権は漢王室に帰属するのだから新たな刺史が派遣されるまでは荊州を実効支配している勢力に荊州を統治し民を守る責任と義務があり現在荊州を統治しているのは劉備とその名代である関羽なのだから孫権が横から所有権を主張するのは筋違いも甚だしいだろう」
「な、なんだって? は、早口すぎて聞き取れなかったんスけど」
「魯粛はさきほど所有権があると言ったがそもそも荊州を統治する権利があるのは刺史であって劉琦が死んだ今は空位になり誰にも所有権は主張できないはずだあえて言うならば所有権は漢王室に帰属するのだから新たな刺史が派遣されるまでは荊州を実効支配している勢力に荊州を統治し民を守る責任と義務があり現在荊州を統治しているのは劉備とその名代である関羽なのだから孫権が横から所有権を主張するのは筋違いも甚だしいだろう、です」
「お、おう……。闞沢を連れてきて良かったッス」
「そもそも元をたどれば劉表の前の荊州刺史をお前たちの主君孫権の父孫堅が殺しそのために劉表が新たに刺史として赴任したのであり刺史を殺しておきながら軍勢だけ奪い荊州を占領しなかったお前たちに荊州を所有する意思が無かったのは明らかであり歴史的観点からも孫家に荊州の所有権は認められないまた血統から言っても劉表と同族である劉備が荊州を治めるのも当然であり病弱な劉琦に代わり刺史の職務を務めてきたのもやはり劉備だまた赤壁の戦いの際には十万もの民が劉備を慕い江夏へと移住した民も孫権ではなく劉備を支持しているのは明白で民も土地も徳のある人物に帰属するべきである第一益州を攻略した暁には荊州を返還する約束があると言うが先に不可侵条約を破ったのはお前らのほうではないか奇襲攻撃をかけたり孫堅のように刺史を殺して軍勢を奪い取るのがお前たちのやり方ならば長沙桂陽零陵のように江夏や南郡も奪い返せばいいだけだ我々は逃げも隠れもしないいつでも攻めてくるがいい関羽はもちろんのこと今や益州を領し巨大勢力に膨れ上がった劉備や曹操を何度も苦しめた馬超を恐れぬのならばな」
「か、闞沢!」
「そもそも元を(以下同文)、です」
「い、言いたいことはなんとなくわかったッスけど、
なんなんスか彼は!? 句読点くらい打って欲しいッス!」
「馬良殿は極度の面倒くさがりなのだ。
口を開いてもらっただけありがたいと思われよ」
「劉備さんとこらしい人材だ……。
と、とにかくどこから反論すればいいんスかね。
ああもう、面倒くさいのはこっちの方ッスよ!」
「何も迷うことはないお前たちの採るべき道は3つだ1つ目はこの場で我々を斬り捨て荊州争奪戦を始めること2つ目はおとなしく逃げ帰り長沙桂陽零陵を解放すること3つ目は荊州を分割統治することだ荊州の所有権がお前たちに無いことは先刻述べたばかりだが我々とて地盤を失い途方に暮れかけていたところに荊州を貸し与えてくれたお前たちに恩を感じていないこともないまた我々が相争えば必ずや曹操がそれに付け込もうとするだろう劉備も孫権も倒れ曹操に荊州を奪われることになれば元も子もないそこで関羽は折衷案を提案する湖水を境として東の江夏長沙桂陽は孫権が西の南郡零陵武陵は劉備が統治するこの第3の案が呑めないならば1か2を選び戦の準備を整えるがいい」
「何も迷う(以下同文)、です」
「え、選べも何も1と2は論外ッスよ!
この場で関羽さんを斬れるわけがないし、
せっかく攻略した三郡をただで返せるものッスか!」
(他の案を出そうにもこの馬良を論破するのは不可能に近い。
いったん話を持ち帰ろうにも、
関羽が黙って見逃してくれるはずもない。
……してやられたな。第3の案を受け入れるしかないか)
「…………わかりましたあ。3でいいッスよ。
その代わり、しっかり誓約書に署名してもらうッスよ。
まさか天下に義人として轟く関羽殿が
約定を違えるとは思いませんけど」
「………………」
「この世に生を受けて以来、
この関羽が義を果たさなかったことはない!
……と父は申したいようだ」
「っていうか馬良さんが全部決めちゃったけど、
いいんスかそれで?」
「ば、馬良殿は関羽も信頼を寄せる腹心だ。
馬良の言葉は関羽の言葉と同じと受け取ってもらってかまわない」
「ま、曹操に荊州を奪われるよりはマシかな。
こっちに異存はないんでえ、こことここ、
ガチで署名してもらえますか」
「………………」
「…………………('A`)マンドクセ」
~~~長安 隠者の庵~~~
「やあ、邪魔するよ」
「!」
「ここが君の住まいか。なんとか寒さや雨露はしのげそうだね。
寝床はこれでいいとして食事はどうしてるんだい?」
「……野菜や残飯を分けてもらっています」
「それで一人分くらいはなんとかなるのかい。
これは良いことを聞いた。
僕も劉備君や孫権君に負けて国を追われたらそうするよ」
「……今日は何の御用ですか」
「そう警戒するな。
これから漢中を攻めるから人手が欲しいのは確かだけど、
今さら君を担ぎ出そうだなんて思わないよ。
ちょっと顔を見に来ただけさ。話題の寒貧君の顔をね」
「………………」
「病み上がりなのにこんな生活を始めたっていうから心配したよ。
でも余計な物のないこういう暮らしのほうが、
かえって健康にはいいのかもしれないね。
これが儒者の目指す窮極の形なのかい?」
「いえ、これは私がもともとしたかった暮らしなのです」
「そうか。君も変わっているね。
僕には耐えられそうもないな。
酒も女も音楽もない。何よりも書がないのが駄目だ。
僕は一日だってごめんだよ。
――そういえば、程昱君がたまに訪ねてきてるんだって?」
「はい。酒と碁盤を持って遊びにいらしてくれます。
酒は程昱殿が一人で飲んでいますが」
「ははは。程昱君は引退して以来、
僕をちっとも訪ねてくれないが、元気にやっているようだね。
老衰したとか言ってたけど、単に僕が嫌いなだけなんだろう。
僕が退いて息子の代になったら担ぎ出すよう言っておこうかな」
「……程昱殿は、殿が嫌いなわけではありません。
私も、荀彧があんなことになったから隠居したわけではありませんよ」
「わかってるよ。
だから君の方こそ気にするな。荀彧は荀彧、君は君だ。
――さて、僕はそろそろ戻らないとね。
近くまで来たから、警護の目を盗んで抜け出してきたんだ。
大騒ぎになってるかもしれない」
「殿はあいかわらずですね」
「君も変わりないようで安心したよ。
もうここには来ない。達者でな。……荀攸君」
「ご達者で」
(…………荀攸。
愚鈍に見えて内には叡智を宿す。
臆病に見えて勇気を秘め、善行をひけらかさず、
他者に面倒を押し付けない。
その叡智には近づけても、その愚鈍さには近づけず、か)
~~~~~~~~~
かくして天下三分の計は成った。
荊州の版図は東西に裂かれ、曹操の目は漢中へと注がれる。
妖かしの術を用いる五斗米道の本拠地を、曹操軍は落とせるのか?
次回 〇六八 五斗米道の地




