〇六五 雒城の戦い
~~~張飛軍~~~
「さっさと首をはねんか!
益州には国に殉ずる将はおっても、降伏する将はおらん!」
「………………」
「……縄など解いてなんのつもりじゃ。
こ、これ。なぜ捕虜の儂に頭など下げおる?」
「年寄りを敬うのは当然のことよ。
ましてや立派な将軍だったらなおさらね。
厳顔将軍、偉そうにおとなしく降伏しろなんて
命令してごめんなさい。だからこうしてお願いするわ。
どうかアタイたちに力を貸してくれないかしら」
「むう……。いや、儂のほうこそ失礼つかまつった。
貴殿をただの侵略者と思い、いささか言葉が過ぎたやもしれん。
どうか許されよ」
「とんでもないわ。
さあ、将軍はもう自由の身だから帰っても構わないわ。
またアタイたちと戦うというなら、正々堂々と受けて立つから」
「……いや、気が変わった。
張飛殿と言ったな。聞かせてくれんか。
劉備殿というのはどういう御方か。なぜ儂らと戦うのか。
貴殿になら聞いてみたい……」
~~~諸葛亮軍~~~
「張飛将軍は敵将の厳顔を降し、
その道案内により快進撃を続けているそうです。
また別路から侵攻中の趙雲将軍も、各地の城を攻略しているとのこと」
「まずは順調、であるな」
「雒城のほうはどうなっている?」
「敵方に成都から多くの援軍が加わり、
また龐統軍師を失ったことで攻撃を見合わせています」
「フン。龐統抜きでは荷が重かろう。
だが敵を足止めできれば上出来だ。
そのまま臆病者の亀のように防備を固めていろと伝えよ。
じきに余が成都を落とす」
「それにしても妙ですな。
劉璋は雒城には主力を回しながら、
こちらには大した戦力を送ってきません」
「当然だ。余が劉備をおとりに成都を落とすのを狙っているように、
彼奴らも余を無視し、劉備さえ討てば良いと考えている。
そしてその考えはいたって正しい」
「なるほど。主君の劉備様さえ討てば、
我々は退却を余儀なくされますからな」
「違う。彼奴らは余に勝ち目はないが、
無能の劉備になら勝ち目はあるということだ。
ましてや側に龐統のいない劉備ごときならな」
「………………」
「このまま劉備がおとなしく守備に徹していれば問題ない。
だがあの今世紀最大の無能のことだ。
そろそろ余計なことをしでかすに違いない。
余は急ぎ成都に迫るとともに、一つ手を打っておくとしよう」
~~~雒城~~~
「このまま雒城の守備を固めていても、
諸葛亮の別働隊に成都を落とされては元も子もありません。
どうにかして劉備を討ち取る策を講じましょう」
「このまま守りを固めていても
成都が落とされたら終わりだああああ!!
陣にこもったきりの劉備をおびき出して殺さなくてはいかんぞ!」
「張任の言うとおりタイ! 何か策はあるのか」
「そうですね。
たとえば我々のほうから打って出て、わざと敗戦を重ね、
劉備軍の進撃を誘い出すのはいかがでしょうか。
雒城を落とせると踏めば、彼らも動くことでしょう」
「俺たちのほうから攻撃を仕掛け、わざと連敗するのはどうだ?
軍師の龐統を討たれたせいで今は慎重になっているが、
雒城を落とせる可能性があれば、奴らも外に出てくるだろう。
そうすれば隙ができる!」
「それはいい考えだな! さすが張任だぜ!」
「ならば俺と雷銅がおとり役を引き受けよう。
援軍の俺たちが弱いと踏めば、ますます進撃を考えるだろうからな」
「そうと決まったらさっそく行くタイ!
――おっと、忘れるところだった。総大将の呉懿殿もそれでいいか?」
「はいはい、いいですよ」
「行くぞ貴様らああああ!!」
~~~涪城~~~
「これまでだ~れも出て来なかった雒城から、
ぽつりぽつりと人が出て来るんだ。
あれ、おかしいな~。あれはなんだろうなあ~と思ってたら、
その数がどんどん増えてくる。
一人が二人に、二人が四人に。四人が八人に。
どんどん増える。どんどんどんどん増える。
敵が出撃してきたんだ! ってあたしは思ってね。
その旗を見に行った。敵がお~きな旗を持っている。
それがバサバサバサバサ! って風に揺れてるんだ。
よ~く目を凝らしてみたら、呉蘭って書いてあるんだ。
雷銅って書かれた旗もある。
呉蘭と雷銅といえば、この前に敵に加わった援軍じゃないかって。
援軍の二人なんだな~。それであたしはあわてて逃げ帰ってきたと。
そんなお話です……」
「お、おう……。偵察ご苦労じゃったな孟さん。
な、なんだか冷えてきた気がするのう。ちょっと毛布を貸してくれんか」
「とにかく敵が出てきたんなら、こいつは願ったりかなったりだ。
城に閉じこもられてたらどうしようもないが、
外に出てきた兵なんて儂らの敵じゃないぞ!」
「その呉蘭と雷銅ってのはどんな将なんだ?」
「技の雷銅・力の呉蘭、
なんて呼ばれるくらい腕はめっぽう立つけど、頭は悪いわ。
奴らが単独で動いてるなら簡単に踏んづけられるはずよ」
「……だが急に出撃してきたのが気になるき。
こいつは罠だと思うぜよ」
「しかし罠にはめようと考えても、
城にこもったきりの奴らにどんな策があるのだ?
呉蘭と雷銅の他に伏兵は出てきているのか?」
「あたしもそれが気になりましてね。
雒城の裏手のほうに回ってみた。
樹が生い茂って、昼間なのにくら~い山道になってるところに、
小さなほこらがあるんだ。
道端にぽつんと、ち~さなほこらが立ってる。
あれ、これはなんだろな~と思ってのぞいて――」
「だからおまんの話は長すぎるき。
……つまり伏兵はいないと。
呉蘭と雷銅だけが出てきて、ワシらの陣に迫ってると。
ますます怪しいぜよ」
「とにかく敵が迫っているなら迎撃しなくてはならん。
殿、ここは俺に任せてくれ」
「おーっと、儂を差し置いてこしゃくな!
この黄忠が弓が大将首を射止めて見せよう!」
「貴様らの出る幕はない。ここはギヱンが――」
「いや、わしが出る」
「と、殿……」
「わしは龐さんを殺されといて、
このまま手をこまぬいとるのは嫌じゃ。
龐さんの弔い合戦がしたいんじゃ。
そのためにはわしが自ら打って出て、
何がなんでも雒城を落とすんじゃっていう、気持ちを見せたい」
「し、しかし――」
「よくぞ言った殿!! 止めはせんぞ!
軍師殿の仇討ちをしたい気持ちは、儂らも一緒なんだからな!」
「龐統殿を守れなかった俺は、借りを返さなくてはいかん。
俺もお供させてくれ!」
(……これは罠だ。だがすまんな龐統。
今のワシには彼らを止めることはできんぜよ……)
~~~雒城 付近~~~
「やはり敵の罠じゃった……。
連戦連勝に気を良くして深入りしたのが運の尽き、
すっかり敵に囲まれてしまったぜよ」
「伏兵に次々と攻撃され、我が軍の兵は散り散りになっている。
なんとか包囲網を突破し、涪城へ戻らなければ」
「わしが罠だと知らずに、
調子に乗って攻めまくったのがいけないんじゃ。
すまんかったのう、法正さん」
「詫びなどいらん。それより周囲に気をつけるき。
流れ矢も飛んでくるぜよ」
「……龐さんも流れ矢に当たって、死んでしもうたそうじゃな」
「心配するな殿!
俺が、俺がついていながら軍師を守れなかったんだ。
二度とあんなことにはさせん!」
「こっちだ! 劉備の旗が見えたぞ!」
「見つかったぞ! 殿は早く離脱するんだ!」
「あわわわわわわわわ!」
「射て! 逃げられる前に矢を浴びせろおおおお!!」
「命に代えてもここは通さん!!」
「殿! こっちじゃ!!」
「な、なんのこれしき……。く、くそ。ぐはあああああっ!!」
「やったか!?」
「いや……これは卓庸だ。身を捨てて劉備を逃がすとはな」
「……裏切り者ながら立派な男だ。手厚く葬ってやれ」
「おう。劉備はまだそう遠くまで行っていない。
追うぞおおおお!!」
~~~劉備軍~~~
「はあ、はあ。
もう駄目じゃ……どこまで逃げても敵が待ち構えとる」
「情けないことぬかすな。諦めたらそこで終わりぜよ!」
「……なあ法正さん。あんたはわしに降ってまだ日が浅い。
わしをふん縛ってつれてけば、
裏切りの罪も赦されるんじゃないか?」
「馬鹿なことを言うな!
龐統が死んだいま、おまんの軍師はワシぜよ。
軍師が戦を捨てることは、ましてや主君を裏切ることはない!」
「……龐さんも、亮さんも、法正さんも、
わしが無能なばかりに苦労をかけるのう」
「くだらんことを考えちょる暇があったら――」
「おやおや。これは劉備殿。
こんなところにいらっしゃいましたか。探しましたよ」
「その声は呉懿か!
殿! ここはワシが食い止めるから早く逃げるぜよ!」
「い、嫌じゃ! わ、わしのせいで今度は法正さんが死んでしまう!
わしは逃げん!」
「この、馬鹿殿が!!
おまん、どうしようもない馬鹿ぜよ……」
「おとなしく降ってくれれば手荒い真似はしませんよ。
さあさ、早くこちらへ――」
「ちょーーーーーーーっと待つッスよ!
先輩には指一本ふれさせないッス!!」
「り、龍さん!? なぜここに!?」
「諸葛亮先輩が、劉備先輩が危ないから
一足早く助けに行けって命じたッス。
間に合ってよかったッスよ!」
「うわああああっ!!」
「じ、状況説明ついでに呉懿を一撃で……。
お、おまんは何者じゃ?」
「サーセン、申し遅れたッス。自分は趙雲ッスよ。
でもこの呉懿って人、強いッス。
刃はかわして、槍の柄で打たれて気絶してるだけッスよ。
今のうちに縛っておくッスね」
「さすが龍さんじゃ! 龍さんが来てくれれば百人力じゃぞ!」
「あざーす! 他のみんなも張飛先輩や陳到先輩が
助けに行ってるんで、じきに救出できるはずッス。
自分は劉備先輩を涪城まで護衛するッスよ」
「張さんも来とるんか! ほうか、ほうか……」
~~~益州軍~~~
「劉備に援軍が到着しただと?
さては南方を侵攻していた別働隊が合流したんだな」
「誰か味方が捕らえられたという情報も入っている。
どうする? 退くか?」
「退くわけにはいかああああん!!
まだ劉備軍の隊伍は乱れている。
今をおいて劉備を討つ機会はなああああい!!」
「そうだな。ならば俺は援軍を足止めする。お前は劉備を追え!」
「奴らは最終的には涪城へ逃げ込むに決まっている。
そこを迎え撃ってやるうううう!!」
~~~涪城 付近~~~
「……それにしても劉備軍、恐るべしだな。
援軍が加わったとはいえ、あれだけの包囲を破られるとは……」
「遅かったじゃない。待ってたわよ」
「ぬ!? 貴様は何者だああああ!?」
「涪城へ逃げ込む劉備を待ち構えるつもりだったんでしょ?
でも残念、そんなことはお見通しなの。ここで止まってもらうわよ」
「俺の考えを見破るとは見事だああああ!!」
「ま、本当に見破ったのはうちのいけすかない軍師サマだけどね。
自分は戦場にいないくせに、よくわかるものだわ。
アイツ本当に化け物じゃないかしら」
「何をぶつくさ言っている! 邪魔だああああ!!」
「アタイに勝とうなんて百年早いのよ!!」
「ぐふううっ!! ふ、不覚……」
「急所は外してあげたわよ。
フフン、劉備のバカに良い手土産ができたわ」
~~~涪城~~~
「張さん! わしは……わしは……。おーいおいおい……」
「ち、ちょっとなに号泣してんのよ」
「龐統や卓庸を失い、殿は弱気になって無理をしていたぜよ。
おまんを見て緊張の糸が切れたんじゃろう」
「ほらほらみっともないわね。しゃんとしなさいよ!
引っ捕らえてきた連中の処遇とか、
いろいろアンタが決めなきゃいけないんだからね」
「おう……おう……」
「まずは自分が捕らえたこの人ッス。
劉璋先輩の一族らしいんスけど、どうするッスか」
「たしか呉懿さんじゃったな。
どうじゃ、わしに力を貸してくれんかのう?」
「はいはい、いいですよ」
「ず、ずいぶんあっさりと承諾するんですね……」
「呉懿は頼まれたら嫌と言えない性格なのよ」
「それは良かった!
――黄さんと魏延さんも、乱戦のさなかに
敵将を捕らえてきてくれたそうじゃな」
「………………」
「呉懿さんは快く降伏してくれたぞ。二人も降ってくれるじゃろ?」
(……どうする呉蘭?)
(今回の戦で多くの兵を失った。
逃げ帰ったところで勝機はないし、命の保証もない。
見れば先に降った厳顔や鄧賢も厚遇されているようだし……)
(そうだな。降伏を望まれているうちに降るべきだろう)
「……我らも劉備殿に降り、新たな益州作りに協力いたそう」
「そうじゃろうそうじゃろう!
さあさあ、この調子で張任さんもわしに――」
「断る」
「へ?」
「他の者はいざしらず、俺は貴様に降る気はさらさらない。
さっさと首を斬れええええ!!」
「待ちなさいよ。せっかくアタイが命は助けてあげたのに、
粗末にするんじゃないわよ」
「知るか。助けてくれと頼んだ覚えなど無ああああい!!」
「……張任はこういう男じゃ。望むようにしてやってくれ」
「むう…………」
「雷銅、呉蘭。……呉懿。俺は二君に仕えることはない。
だがお前たちはお前たちの道を行くがいい。
……これからの益州を頼む」
「………………」
「法正、厳顔、孟達、鄧賢。
俺はお前たちを恨まん。良い勝負だった。
お前たちにも益州を頼むぞ。
……さあ、言いたいことはもう言った。早く斬れええええ!!」
「張任さん…………」
~~~雒城~~~
「そうか……。張任は死を選び、雷銅と呉蘭は降ったか」
「呉懿将軍もです」
「先の戦で多くの兵も失った。もはや勝機は無いタイ」
「成都に援軍を要請しましょう!
劉備軍の南を進んでいた部隊も大半がこちらに移ってきました。
南方の防衛部隊もこちらに回せます。雒城はまだまだ落ちません!」
「お前の言うとおりタイ。
多くの犠牲を出せば、まだまだ戦える。
だが、それも時間の問題タイ。最終的には益州は劉備の手に落ちる」
「…………」
「益州は新しい時代を迎えるタイ。
劉備軍はもちろん、益州の人々の力が必要になるだろう。
そのためには、ここで犠牲を出すのは得策ではない。
それに、新しい時代には俺のような旧領主の一族は邪魔なだけだ。
俺も張任と同じ道を選ぶ。張翼、後は頼んだぞ。
俺が死んだらすぐに開城するタイ」
「り、劉璝将軍!!
城壁の上から身を投げてしまわれるとは……。
将軍の遺志は無駄にはいたしませんぞ。
門を開け! 我々は劉備軍に降るぞ!」
~~~成都~~~
「雒城が落ちたか……」
「ど、どうするの? 劉備ちゃんが成都まで攻めてきちゃうの?」
「すでに雒城と成都の間にある綿竹関に
李厳が詰めてるタイ。
南方の部隊は俺が迎え撃つタイ!」
「フン。李厳が信用できるものか。
あっさり寝返るんじゃないか?」
「有力な将のほとんどは劉備に降伏した。
我々には張飛や趙雲、降伏した雷銅や呉蘭と
満足に戦える将はおらん。かくなる上は――」
「かくなる上は我々も降伏するしかないと言いたいのか?
否! 諦めるのはまだ早い。戦える将ならいるではないか」
「……張魯のことを言っているのか」
「張魯!? ま、まさか宿敵の張魯に援軍を求めると言うのか?」
「背に腹は変えられん。
それに益州が落ちれば次は張魯の漢中の番だということは、
張魯もよくわかっているだろう」
「だがそんな消極的な理由で、
俺たちのために本気で戦ってくれるとは思えんタイが?」
「ならば本気で戦う理由がある者に、
利を説き、エサをちらつかせればいい。
……たとえば、張魯のもとにいる馬超にな」
「馬超!?」
「曹操によって本拠地の関中を追われた馬超は、
新たな根城を求めている。
劉備軍を撃退し、奪った土地はくれてやると言えば、
喜んで本気で戦うことだろう」
「わ、我ら益州の土地を馬超に与えると言うのか……?」
「だから背に腹は変えられんと言っただろう。
まずは劉備を撃退する。そのことだけを考えるのだ」
「張魯の腹心に楊松という強欲な男がいる。
楊松に賄賂を贈り、援軍を出すよう働かせる。さらに――」
「ここで私の出番なのだろう?」
「話が早くて助かるな。
龐羲、お前は従弟の龐徳を説得し、馬超の側にも根回ししてくれ」
「わかった。やってみよう」
「曹操をも苦しめた馬超ならば、必ずや劉備を打ち破ることだろう」
「よ、よくわからないけどみんながんばれー!」
~~~~~~~~~
かくして雒城は落ちた。
多くの将を奪われた益州の打った秘策は、馬超の来援。
ついに劉備、諸葛亮と馬超が激突する
次回 〇六六 その名は錦馬超




