〇三三 皇帝への道
~~~汝南~~~
「それでは私は肉の下ごしらえをしてきます。
ごゆっくりどうぞ……」
「劉安さん、いつも家を貸してもらってすまんのう」
「私も曹操と戦うお手伝いがしたいのです。
遠慮はなさらずに……」
「曹操め、袁紹と我々に挟み撃ちされてはたまらんと、
増援を送ってきたようだに」
「袁紹よりは楽に潰せるアタイたちを、
先に潰そうってんでしょ。的確な判断ね」
「それにしても、こうして劉辟さんと一緒に戦ってると、
わしらまで黄巾賊になった気がするのう」
「あんたは黄巾党に入ったんじゃなかったのか?
俺はそのつもりだったんだがに」
「わしは恐れ多くも皇族の末裔じゃぞ!
黄巾賊になんか入るものか」
「献帝陛下と同じ劉姓ってだけで
皇族になれるなら、俺も皇族だに」
「ははは。違いないのう。
それにしても劉辟さんはつくづく変わった人じゃな。
皇族なのに黄巾賊に入るわ、
曹さんとこにいる青州黄巾軍にも加わらんわ。
袁紹さんに味方せず、青州黄巾軍に加わってりゃ
楽できたんじゃないんか?」
「そりゃそうだに。たとえばあんたらをふん縛って
曹操のもとにつれてけば、莫大な褒美がもらえるだに」
「!」
「あっはっはっはっはっ。…………冗談じゃろ?」
「ギリギリで冗談だがに。
俺は劉姓だからってだけじゃなく、陛下を守るために戦ってるだに。
黄巾賊に入って世直ししようとしたのも、
曹操に逆らってるのもそのためだに。
だから、俺と同じく陛下のために戦ってるあんたは殺さないし、
青州黄巾軍にも加わらないだに」
「ふーん。意外と熱い男なのね、あんた」
「惚れたのか張さん」
「悪いけどアタイ好みの面相じゃないわ。
……ギリギリだけどね」
「さあ、新鮮な肉が焼けましたよ。
たくさんありますから召し上がってください……」
「おお、これは美味そうじゃな!」
「そういえば劉安、奥さんはどうしたのよ?
最近見かけないけど体調でも悪いの?」
「ええ。すこしね。ご覧のように……」
「は?」
「劉辟! 曹操軍が攻めてきたぞ! それも今までにない大軍だ!」
「やれやれ。落ち着いて飯も食わせてくれんだに」
「ち、ちょっと待っとくれ。せめてこの肉を食べ終わるまで――」
~~~汝南~~~
「ぐわあああっ!!」
「劉辟さん!」
「こ……ここまでだに。り、劉備。あんたは無事に逃げるだに……」
「アンタ、陛下を守るんでしょ!
こんなとこで倒れていいの!?」
「その役目は……あんたらに任せるだ……に……」
「クックックッ。黄巾賊の首領は討ち取った。一気に蹂躙するのだ」
「敵は浮き足立っているぞ! かかれいッ!!」
「朱霊のヤツ、共闘したこともあるってのに遠慮なしね!」
「あいつにそんなことは期待できないだろ。
さあ、早く逃げるぞ」
「し、しかし曹操軍の中を突破して
袁紹と合流するのはもう不可能です」
「そうじゃ、今度はどこに逃げればいいんじゃ?
だいたいどこまで逃げてもわしは
曹さんに追い掛け回されとるんじゃぞ」
「じゃあ張繍みたく曹操に降る?
アタイたちは張繍みたいに多くの兵を持ってないし、
同じように許されるとは限んないけど」
「はっはっはっ。そんな一か八かの博打は御免こうむりたいですな」
「と、とりあえず背後に逃げるのだ。
まだ背後に敵は現れていな――ぎゃあああああっ!!」
「俺たちに手抜かりはないぜ!
劉備! どうやらここがお前の死に場所のようだな!」
「そ、曹仁が背後に現れたアル! 退路がないアル!」
「劉備! アンタがぐずぐずしてるからよ!」
「わしはここで死ぬのか……? 劉辟さん……」
「先輩! こっちッス!」
「趙雲!?」
「こっちに逃げるッス! 援軍が来てるッス!」
「え、援軍じゃと?」
「…………ッ!!」
「関羽ここにあり! 命の惜しくない者は前に出よ!
……と父は叫びたいのを我慢しています」
「関羽! どうしたのよその軍勢は!?
3千はいるじゃないの!」
「関羽将軍を慕い、黄巾賊の残党やら
ゴロツキやらが集まったんでさあ」
「劉辟が殺されたって?
それじゃあ仇討ち合戦と行こうじゃねえか!」
「この場は拙者らが引き受けた。
貴君らは荊州へ逃れられよ」
「ゴロツキ連中のつてをたどって、
荊州の劉表に渡りをつけたんだ。
劉表はあちこちから人材を集めてるからな。
喜んで迎えてくれるってよ! ありがたいな!」
「わ、わかった。荊州じゃな」
「自分が血路を切り開くッス! 先輩は後ろに続いて下さい!」
「おのれ関羽! 夏侯惇が危惧していた通りだ!
やはり我々の災いになったな!」
「…………ッッ!」
「関羽は曹仁将軍に任せろ! 我々は劉備を追う!」
「逃がすなよ満寵。追い詰め、切り裂き、屠るのだ」
「おどきなさい! 関羽とアタイがそろえば無敵なんだから!!」
~~~汝南 西~~~
「そうか……公ちゃんも死んじまったのか」
「公孫瓚先輩が亡くなって、自分は行き場を失ったッス。
でもその時、劉備先輩の言葉がよみがえりました。
だからここに来たッス。
先輩、今でも先輩は、いずれは皇帝になると思ってるッスか?」
「皇帝に……」
「正直、驚いたッス。死ぬほど大胆不敵なことを言ってるのに、
先輩の目には迷いも恐れも見えませんでした。
地位も兵も、失礼ッスけど力もないのに、
なんでこの人はこんなことが言えるんだろうと不思議でした」
「バカだからよ。
バカだから迷いも恐れも身の程も知らないの」
「バカでもいいッス。
自分は先輩と一緒に、バカな夢を追いかけてみたいッス。
だから先輩、もう一度聞かせて下さい。
まだ先輩は、皇帝になるつもりッスか?」
「なる。皇帝陛下に、わしはなる!」
「即答した……」
「……本当にバカね」
「あっはっはっ。でもそんなバカな夢が、
だんだんと実現に近づいてると思いませんか?
こんなに多くの人が集まり、曲がりなりにも兵も手に入れて、
曹操相手に戦いながらなんだかんだで生き延びています」
「集まったのはゴロツキばっかりだけどな」
「大将の劉備がゴロツキみたいなもんだもの。
しょうがないじゃない。
……ほら、関羽。アンタも何かこのバカに言ってやりなさいよ」
「…………」
「言わんのかい!」
「我が兄者への思いは言葉にできるものではない!
……と父は思っています」
「前から思ってたけど、それは関平が思ってることでしょ。
関羽はなーんにも考えちゃいないわよ。
劉備とおんなじバカなのよ」
「それじゃあバカなわしや関さんと最初から
ずっと付き合ってる張さんも、大したバカじゃな」
「アンタにだけはバカ呼ばわりされたくないわ!!」
「……なんだか随分とにぎやかなとこに入っちまいやしたなあ」
「たしかに騒がしい。だが、嫌いではない」
「曹操や袁紹に仕えるより、気楽そうでいいじゃないか」
「黄巾賊の雰囲気にそっくりだもんなこいつら」
「……やっと自分の居場所を見つけた気がするッス。
自分は皇帝になる劉備先輩を守る槍になって見せるッス!」
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かくして劉備は流浪の身に戻ったが、多くの仲間を手に入れた。
劉備は荊州で再起を図ることとなるが、それは後の話である。
一方、曹操と袁紹にはついに激突の時が迫っていた。
次回 〇三四 官渡の戦い




