〇三一 劉備 VS 関羽
~~~白馬城~~~
「そうか。まあ君たちに勝利までは期待していなかったから別に構わないよ。
この白馬城を守ってくれただけで十分さ」
「は、はい……」
「聞けば魏続、宋憲は敵将の顔良と張飛に討ち取られたとのこと。
俺に任せてくれれば今すぐ奴らの首を持ってきてやる!」
「おっと夏侯淵、抜け駆けは許さんぞ!
その役目を受けるのは俺こそがふさわしい!」
「待て待てお前ら、誰か忘れちゃいないか? 俺が先陣を――」
「おちつけ諸君!
功をはやるのはいいが、それにはもっとふさわしい男がおる。
そうですな殿?」
「さて、誰のことだろうね。
底意地の悪さに定評のある程昱君は誰を推薦するのかな」
「無論のこと、関羽である!」
「!」
「聞けば関羽の義兄弟、劉備と張飛は
袁紹軍の先鋒を命じられておる。
もし関羽と戦うことになれば……ククク、どうなるでしょうな」
「いいねえ、さすが程昱君だ。君らしい悪趣味な策だよ。
関羽君、戦ってくれるかい?」
「…………」
「今の拙者は曹操殿に仕える身。否も応もない!
命じられた戦場に臨むのみである! ……と父は思っています」
「それはよかった。じゃあ早速頼むよ。
関羽君を先頭に、右に夏侯淵君、左に曹仁君、
後詰めに夏侯惇君で攻撃を仕掛ける。
準備に取り掛かってくれ」
「………………」
~~~白馬 袁紹軍~~~
「敵の先鋒は関さんじゃと!? なんてこった……。
敵味方とはいえ関さんとは付き合いが長いし、
袁さんとの友情も裏切れんし。むむむむむむ……」
「んんー困ったわね。
アタイたち逆賊として曹操に追われてるから、
関羽がいるからって曹操に寝返ることもできないし。
――い、いやたとえばの話よ。
本当にそんなこと考えてないからね顔良」
「あいわかった! しからば劉備殿は後方に控えられよ。
曹操軍の相手は俺が引き受けようぞ!」
「いいのかい顔良さん?」
「劉備殿とその義兄弟の友誼厚きことは俺も伝え聞いている。
義兄弟があえて相争うことはない!」
「顔さん……」
「関羽は俺が蹴散らす!
劉備殿らには他の相手をお願いいたす」
「顔さん! わしは、もし顔さんが関さんを
殺すことになっても恨まんからな!
わしのことは気にせず、思いっきり戦ってくれ!」
(でも実際問題、あの馬鹿強い関羽に
顔良が勝てるのかしら……?)
~~~白馬 曹操軍~~~
「ぬおおおおおおおお!!」
「やはり袁紹軍は劉備を後方に下げてきましたな」
「そこまでは予想の範疇さ。
でもあの顔良君は予想よりも少しばかり強いね。
関羽君はもちろん曹仁君も苦戦してるじゃないか」
「兵力差が大きいからな。
だが曹仁の旦那なら必ず巻き返すはずだ」
「そう悠長なことも言ってられんぞ。
見ろ、劉備軍が迂回して夏侯淵、夏侯惇の陣を襲っている」
「フンガーーッ!!」
「補給部隊の韓浩から急報じゃ!
文醜に奇襲を受けたと!」
「ふむ。総崩れだねこれは」
「撤退」
「それしかないだろうね。
白馬を捨て延津まで退こう」
「退却! 全軍退却しろ!」
~~~白馬城~~~
「大戦果だ! 白馬城は落とし、補給物資も奪ってやった。
曹操め、我々を恐れて延津まで飛ぶように逃げおったわ!」
「わっはっはっはっはっ」
「フンガー、フンガー!」
「この分では本隊を待つまでもない。
補給物資の搬入が終わったら、
我々だけで曹操軍を揉みつぶしてやろうぞ!」
「おうとも! 袁紹様バンザーーーんん?」
「………………」
「げえっ! 関羽!」
「…………ッ!」
「ぐわあああああッ!!」
「ああっ! 顔さん!」
「フンガーーッ!」
「ッッ!」
「フンギャーーッ!!」
「さ、さすが関さん……。
二人をあっという間に倒しおったわ」
「…………」
「ま、まさか関さん。わしも殺す気じゃないじゃろうな」
「ち、ちょっとなによいまの絶叫は――って関羽!?」
「…………」
「兄者! そして張飛よ!
我らは今は敵味方に分かれた身の上!
本来ならばここで討ち果たすべきものだが、
今までの親交に免じ、この場は見逃そう!
白馬城を捨てて、いずこへなりと去られよ!
……と父は思っています」
「っていうか関さん、またわしの所に戻ってはくれんのか?」
「…………」
「拙者は曹操に救われた恩をいまだ返してはおらぬ!
約定の首二つは獲ったが、曹操に一言断らねば去ることはできぬ。
また縁あれば桃園の誓いを思い出す日も来よう。
今は涙をのんで別れようぞ! ……と父は考えています」
「!?」
「……いま関羽のヤツ、アタイたちのほうに
歩いてこようとしてたんだけど。
関平の言葉にすっごい驚いてるんだけど。
帰ってくる気まんまんだったんじゃないの?」
「いつまでうだうだやってんだよ」
「侯成さん!」
「フン。俺だっててめえらを殺してえのはやまやまだ。
だが関羽が見逃してやるってんだから反対もできやしねえ。
さっさと消えろよ」
「……なるほど、すべて曹操の策だったのね。
白馬城を落とされたのも、補給物資を奪われたのも計画通りってわけ。
城と大量の物資を奪ったら、しばらくは
本隊を待って白馬城に駐屯するもの。
すっかり安心しているところに、城内に抜け道を作っておいた
侯成が関羽を手引きしたってとこかしら」
「ご名答。謎解きが終わったら出て行きな」
「関さん……。早いとこ曹操に義理を果たして帰ってきてくれよ。
わしには関さんしかいないんじゃ!」
「空前の顔さんブームはどこ行ったのかしら」
「…………」
「いざさらばだ!
……と父は心で泣いています」
「関さーーーーん!!」
~~~白馬 北部 袁紹軍~~~
「ほう、顔良と文醜が討ち取られたか」
「やはり猪武者の彼らに先鋒は荷が重かったようです。
曹操の計略にかかり、あっさりと首を取られたとのこと」
「フン、あの二人が死んだところで大勢に影響はない。
我々の本隊が出れば済む話だ」
「……それは曹操を少し甘く見過ぎです。
兵力ではこちらが勝りますが、
曹操は何を仕掛けてくるかわかりませんぞ」
「田豊よ、臆病風に吹かれたか?
我らの総兵力は100万にも届くが、曹操軍は10万にも満たぬのだ。
いくら小細工を弄したところで覆せる戦力差ではない」
「第一、我々の戦は正攻法をもって良しとする。
名族たる袁紹閣下は正面から
曹操を押しつぶしてしかるべきなのだ!」
「うむ、よくぞ言った。名族もそう思っていたところである!
小兵の曹操に奇策はいらぬ。
正々堂々と受けて立ち、打ち破ってくれるぞ!」
「で、ですが――」
「まだ言うか貴様!
閣下、田豊の言葉は全軍の士気を落とすだけだ。
どうか処罰を下されよ!」
「うむ、名族もけしからんと思っていたぞ。
田豊、お前には蟄居を命じる! 頭を冷やすがいい」
「お待ちください! 田豊殿は我が軍の要です。
田豊殿なくしてこの戦に勝つことはできません!」
「ほほう、つまり閣下が田豊に蟄居を命じたせいで、
我が軍は負けると言うのか」
「そ、それは言葉の綾で――」
「閣下のお言葉に異議を唱えるとは、
反逆の意志があるということだな!
閣下! このような者に兵を与えておくのは危険ですぞ!」
(普段はいがみ合っているくせに、
田豊殿や私を陥れる時は結託しおって……)
「沮授よ。お前の今までの功績に免じ、処罰は下さぬ。
だがお前の兵は全て没収し、審配と逢紀に分け与えよう!」
(審配も逢紀も我が軍の勝利よりも、
自分の出世栄達だけを考えている。
これでは一丸となった曹操軍には勝てまい……)
「おい陳琳。誰かのせいで出鼻をくじかれてしまった。
景気づけに威勢のいい檄文でも書け」
「檄文……でございますか。
あまり得意ではありませんが、ご命令とあらば」
「曹操の悪逆無道さを知らしめ、
宣戦布告にもなる物を書けよ」
「かしこまりました」
~~~白馬城~~~
「……ふむ。これはたいした名文だね」
(殿の表情はいつもどおりだが……)
(あんな檄文、いや罵詈雑言を読んで怒らないわけがない……)
「全くもって呆れ返るしかないね」
「その通りだ!
こんな侮辱を受けて黙っていることはないぞ!」
「侮辱? なにか勘違いしているようだね。
僕が呆れているのは、袁紹君の人を見る目の無ささ。
こんな名文家にどうして檄文なんか書かせるんだい。もったいない」
「お、怒らないのかお前?」
「これは檄文でもなければ、僕に対する悪口でもないよ。
僕だけじゃなく父や祖父のことまで持ち出して、
まるで曹一族の三代記じゃないか。
それにこれだけ事細かに書けるということは、
よく僕の一族のことを調べ抜いた証拠だ。悪い気はしないね」
「そ、そうか……」
「この作者にはぜひ会ってみたいが、
それよりも張繍君が降伏を申し出てきたんだって?」
「曹昂や曹安民、典韋を
殺しておいてよくも抜け抜けと!
袁紹を片付けたら次はお前の番だと言ってやれ!」
「おいおい、物騒なことを言うのはやめたまえ。
降伏者を殺したりしたら、
もう誰も僕に降伏しようなんて思わなくなってしまうよ」
「ち、張繍の降伏を受け入れるのか」
「当たり前じゃないか。張繍君の擁する精強な騎馬軍団、
僕を欺いた賈詡君の智謀。
袁紹君との決戦を前にぜひ欲しい戦力だ。
君たちはそれをみすみす逃せって言うのかい?」
「と、殿に異存がなければもちろん我々は反対しません!」
「曹昂や曹安民、典韋が死んだのは僕の責任だ。
張繍君や賈詡君をそのことで責めるのはやめてくれたまえよ。
これからは仲間になるんだからね」
「わ、わかりました。
――それで殿、袁紹への対策は何かお考えですか?」
「袁紹君は百万の大軍を率いて悠々と南下しているそうだね。
正攻法で来られると兵力で劣る僕たちは厳しいな。
千の兵で一万の敵を破るのはたやすい。
一万で十万を破るのも可能だ。だが十万の兵で百万は倒せない。
袁紹君はいい選択をしたね」
「それではどうするつもりじゃ?」
「とりあえずこの白馬城は捨てる。
こんな小城では大軍を受け止められない。
戦線を下げて、黄河を盾に戦うとしよう」
「ずいぶん消極的な考えだな」
「あんな大軍を前にしては弱気にもなるさ。
でも僕はこの戦、できれば正攻法で勝ちたいと思っている」
「じ、十倍の相手に正面から勝つつもりですか」
「奇策が通じないんだからそうする他ないだろう。
でもこの戦いで鍵を握っているのは兵力じゃない。人の力だよ。
戦の中で多くの人材を鍛え上げ、新たな戦力を見出し、
兵力以外のところで袁紹君を上回るんだ」
「……抽象的な言葉で俺にはよくわからん」
「戦っていくうちにいずれわかるさ。
そういうわけで当分は辛抱が続くだろう。
ここが踏ん張りどころだ。
月並みな言葉だけど、各員の奮闘に期待するよ」
「…………」
「軍議中、失礼いたす。
すでに約定は果たしたと考える。これ以上の助力は無用。
我々は旧主のもとに帰ろうと思う。
……と父は考えています」
「ああ、約束通りに顔良君と文醜君、二つの首を挙げてくれたね。
関羽君、ご苦労だった。帰っていいよ」
「…………」
「約定を違えなかったこと、うれしく思う。
……と父も私も思っています」
「忘れるところだった。
劉備君はいま、袁紹君のもとにはいないそうだ。
僕らの後方、汝南で蜂起して袁紹君に
味方している黄巾賊のもとへ、援軍に向かったそうだ。
だから汝南へ行くといいよ」
「承知いたした」
「そうだ、呂布君が残していった赤兎馬を持って行くといい。
首二つのお礼だよ。いや、遠慮はしないでくれ。
荒馬すぎてどうせ誰も乗れないんだ。
関羽君はこの前試してみたら、難なく乗りこなせただろう?」
「…………w」
「しからば厚意は受けよう。
さらば曹操殿、今後は敵味方に分かれる定めだが
健勝を祈っている! ……と父は言いたそうです」
「ああ、元気でな関羽君、関平君。
張遼君、途中まで送ってあげたまえ」
「おう! 関羽の旦那、達者でな」
(……夏侯惇よ)
(ああ、みすみす関羽を逃せば、いずれ大きな災いとなる。
関羽を劉備のもとへ行かせはしねえ)
(すでに手は打っておいた。
五つの関門が関羽の道を阻むじゃろう……)
~~~~~~~~~
かくして決戦の時は間近に迫っていた。
しかし袁紹軍、曹操軍ともに内情には不安を抱えている。
一方、関羽は劉備のもとへ帰ろうとするが、その前には謀略の罠が待ち受けていた。
次回 〇三二 関羽千里行
 




