〇二六 呂布、最後の戦い
~~~徐州 下邳城 曹操陣営~~~
「夏侯惇君が敗れたそうだね」
「薛蘭を討ち取って追撃を掛けたが、
高順の反撃を受けていったん下がっただけだ。
曹操様がからかってくるだろうから、
戦略的撤退だと言ってやれ、とのことだ」
「僕の嫌味が予測できるなら、まだ余裕はありそうだね。
援軍は必要ないだろうからそのままがんばれと伝えてくれたまえ」
「……また夏侯惇の血圧が上がりそうだな」
「荀攸君、下邳城の呂布君の様子は?」
「ときおり城門を開いて中から打って出てきますが、
我々に一撃を加えるとすぐに退却します。
そのため警戒して包囲の輪が少し遠巻きになっています」
「これだけ包囲が緩くなっては、
城内への補給を遮断することもできないぞ。兵糧攻めは無理だ」
「しかし相手が呂布君では怖がるなというのも無理だろう。
荀彧君、なにか打つ手はないかな」
「……あるにはありますが、
正直言ってあまり使いたくない手です」
「それなら遠慮なく言ってくれそうな郭嘉君に聞くとしよう」
「水」
「……なるほど水攻めか。
たしかに兵は呂布君を恐れるが、水は何者をも恐れない」
「しかし水攻めは兵はもちろん民をも苦しめます」
「呂布君ならばそのあたりの配慮はしてくれると期待できる。
僕たちも食料や薬、住居の確保など戦後の手当ては厚くしよう。
それでいいかい荀彧君?」
「あはは。もとより私は殿の考えに異は唱えませんよ。
ましてや殿はもう呂布との戦いではなく、その後のことをお考えだ。
戦の先のことを考え、敵の民のことまで思いやる。
もはや勝ったも同然ですな!」
~~~徐州 下邳城内~~~
「……jslas908ll;」
「私は島国で育ちました。水は友人であり、恐るべき敵でした。
しかしこのように水が悪意を持って
襲いかかってきたのは初めてです」
「これでは城外からの補給も、
外にいる高順たちとの連携も無理だ。
こっちから打って出ることもかなわねえ。八方ふさがりだ」
「いえ、兵の士気は高く、領民も今のところは落ち着いています。
木材を調達して小さな舟を造れば、状況を打開できます」
「……のんきなことだ。
舟ができあがる前に餓死するか、溺れ死ぬかに決まってる」
「侯成! やる前から諦めるな!
呂布将軍がいらっしゃる限り、逆転の目は常にあるのだ!」
「…………」
~~~下邳城内 侯成 自室~~~
「簡単な話だ。呂布がいなくなりゃいいんだ」
「俺たちはよくも悪くも呂布の武勇が頼りだからな。
呂布さえ倒れれば、ひとたまりもねえ」
「……だがあの呂布をどうやって倒す?
正味な話、俺たちや部下が何人集まっても
あいつを殺すのは無理だ」
「寝込みを襲ったらどうだ?」
「……それで殺せる自信があるならやってみろ」
「い、いや遠慮しとく」
「酒で酔い潰そうにも、
あいつは戦いの最中には一切飲まねえし……」
「待て! 誰だそこにいるのは!」
「話は聞かせてもらった。安心しろ、私は味方だ」
「お前も反乱に加わるつもりか?」
「反乱などするつもりはない。……いや、そうあわてるな。
わざわざ反乱など起こさずとも、呂布は殺せると言っているのだ」
~~~徐州 下邳城~~~
「shkllsai9779k!?」
「侯成に魏続、宋憲らが舟で城を抜け出し、敵に囲まれただと?」
「馬鹿な。これは罠だ。罠に決まっている!
奴らは曹操に寝返ったのです!」
「……jslsdf98jasoi」
「ミ、ミスター侯成は我々の窮地を救うため、
命がけで脱出したのかも知れません」
「呂布将軍! 彼らは不満を募らせていました。
これはあなたを陥れようと――」
「ksdflsdo;:k898」
「しかし彼らは私の部下です。そして私に助けを求めているのです。
それを見殺しにすることは紳士の行いではありません。
ましてや彼らは三人もいるのです!」
「将軍……あなたはどこまで馬鹿なのだ」
「sahjlla9787ksl;」
「みなさんに迷惑はかけられません。
私は単身で彼らを助けに行きます。
上手く私が帰ることができたら、戦いを続けましょう。
もし帰らなければ、ミスター曹操に降伏してください」
「……将軍! 私もおともします!」
「無論、私もです」
「…………」
~~~徐州 下邳城 曹操陣営~~~
「陳登君の言葉は本当だったようだね」
「ま、まさか呂布があのような見え見えの策にかかるとは」
「いかに呂布でもあれっぽっちの兵で、
それも水の上で何ができるものか。
ほれ、あっさり包囲されてしまったぞ」
「……愚かな」
「たしかに愚かだ。でも見たまえ。
彼らは裏切ったとわかりきっている侯成君たちを
救うために、本気で戦っている。
なんと愚かで、なんと美しい主従なんだろう……」
~~~曹操陣営 医務室~~~
「……ここは?」
「気がついたかい張遼君。ここは僕の陣営だよ」
「あんた、曹操だな。オレは捕らえられたのか……」
「手荒な真似をして悪かったね。
君は生け捕りにしたかったんだ」
「あんだけ殴られて生きてるほうが奇蹟だぜ。
……で、他の連中はどうした?
高順は? 陳宮は? 成廉は?」
「みんな死んだよ」
「そうかい。呂布将軍の後を追ったか。
侯成なんかに騙されてよ。最後まで大馬鹿野郎だよあの人は」
「呂布君が戦死したと聞くや、
君たちは戦意を喪失したみたいだね」
「あったりめーだ。
オレたちはあの人に惚れ込んでついてったんだからよ。
あの人がいなくなっちまったら何の意味もねーんだ。
侯成とか一部の馬鹿だけだよ、あの人に歯向かったのは」
「その呂布君を失って、君はこれからどうするんだい?」
「白々しいことを……。あんた、人材を集めるのが趣味なんだろ。
それでオレを生け捕りにして、
部下にしようって考えてやがるんだ」
「その通りさ。部下になってくれるかい?」
「へっ。呂布将軍とは別の意味で素直なヤローだ。
断りてーところだが、高順にも言われちまった。
お前はまだ若い。生き延びろ。
呂布軍の残党は侯成には任せられない。
お前が率いろ、ってな」
「…………」
「しかも高順のヤロー、オレを殴りやがった!
オレが無駄に抵抗して死なねえように、
あいつがオレを気絶させたんだ!
まったく、どいつもこいつもよ……」
「臧覇君も僕に降ってくれた。
今後は君と臧覇君に、呂布軍の残党を任せるよ」
~~~一日前 曹操陣営 牢獄~~~
「…………」
「気分はどうだい? 呂布君」
「!?」
「ああ、少しだけど君の国の言葉を話せるんだ。
若い頃に陳宮君と付き合いがあって、君の国の言葉を習ったからね。
ゆっくりなら理解できると思うよ。
二人きりだからのんびり話そうじゃないか」
「それではまずお願いがあります。
私の部下と、徐州の民を許してください。
この戦いは私が始めたもので、彼らに責任はないのです」
「わかった。許そう」
「ミスター侯成たちを厚遇してあげてください。
彼らは私に不満を抱きやむをえず寝返ったのです。
全ては私が悪いのです」
「わかった。厚遇しよう」
「ありがとうございます」
「それで、君はどうしたいんだい?
僕は君自身の話を聞きたいんだ」
「私は負けたのです。敗軍の将に語ることはありません」
「わかった。じゃあ君を解放しよう」
「それはいけません! ミスター曹操、私を斬りなさい。
私の存在はいつかあなたを危機に陥れます。
あなたは皇帝を擁し、覇道を歩むのでしょう?
それならば私の存在は邪魔なだけです」
「……何も恐れず、何も望まず、何も傷つけない。
そんな君がどう邪魔になると言うんだい?」
「私が一つだけ自負していることがあります。それはこの武勇です。
私の強大すぎる武勇を悪用しようと考える人は跡を絶ちません。
そうして私は故郷を去り、この地に流れ着いたのです」
「しかし、君の運命は変わらなかった」
「……知らない土地で過ごすためには誰かの助けが必要でした。
はじめはミスター丁原でした。彼を手伝いました。
彼が死に、ミスター董卓を手伝いました。
しかし彼は紳士ではありませんでした」
「君は斬れすぎる剣だ。
収めるべき鞘をも両断し、どこにも留まることができない」
「だから私を殺しなさいと言っているのです」
「わかった。殺そう」
「よくぞ決意してくれました。私はあなたを恨みません。
むしろ感謝しています。私を止めてくれてありがとうございます」
「ああ。呂布は死ぬ。ここで死ぬんだ」
~~~二日後 徐州西部~~~
「…………」
(呂布は死んだ。呂布と名乗っていた男はここで死んだ。
僕の前にいるのは、名前も知らない異人だ。
この国の皇帝に代わって命じる。異人よ、故郷へ帰りたまえ)
(…………アルトリウス、それが私の名です)
(わかった。アルトリウス、さらばだ)
「…………」
「将軍!」
「!?」
「本当にご無事だったのですね。
曹操を疑うわけではないが、
本当に我々やあなたを解放するとは思わなかった」
「だが、我々はもう死人だそうです。
死人に居場所はない、国外へ去れとのことだ」
「呂布将軍のお供ができるなら、
どこへなりとついていきましょう」
「…………」
「それなら成廉や高順殿にも、
将軍の国の言葉を覚えていただかないといけませんな」
「…………アーサー」
「え?」
「sadfhklsa98as;;jh」
「親しい者はアーサーと私を呼びました。
呂布と名乗っていた男は死んだのです。
ぜひこれからはそう呼んでください」
「わかりました。今後はそういたします」
「アーサー、我々はあなたに仕える騎士です。
あなたを王のように敬い、命をかけて守りましょう」
「アーサー王か。それはいい。
一度死んだ身の我々には恐れるものなどない。
アーサー王を本当に王位につけるまで盛り立てようぞ!」
(…………神よ、感謝します。彼らに出会えたことを)
「あ、化粧を取られるのですか?」
「ええ。もう自分を偽る必要はありませんから……」
~~~~~~~~~
かくして呂布は死んだ。
かつて呂布と名乗った男とその騎士はのちに伝説となるが、
それは別の話である。
一方、各地に割拠していた群雄たちにも滅びの時が訪れようとしていた。
次回 〇二七 世に英雄は二人きり




